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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
149/171

信ずるもの 16

 拙い暗号文に、深い海色の瞳が驚きに見開かれる。

 自分の命を投げ打ってでも、私をテッラに送り帰すつもりだったレジデ。

 そんな彼に、残されたカードはもう無い。

 ならばこの現状を打破出来るのは、猟犬のフォリアだけだ。


 ――フォリアと組織は、私をここから連れて帰るつもりだった。

 ――ならば、取り合えずフォリアが逃げ出すことは可能。

 それが私達二人の、昨夜の見解だ。


 術者の片割れであるフォリアさえ逃げれれば、レジデの命も延命される。

 私の体内時間が戻るまで、教団側はレジデを殺すというリスクはとらないだろう。

 三人同時に逃げる事が、ほぼ不可能な現状で、レジデは彼の知る抜け道や、様々な情報を私の背中の治療魔法に託したのだ。


『私が施した治療魔法の上に、フォリアのリバウンド防止の呪がかけられています。魔法陣の呪を少しだけ変化させるくらいなら、現状でも出来るかも知れません。一度解読したフォリアが、その差異に気がついてくれれば……。』

 レジデが言った、その言葉の意味は分からない。

 けれども、二人しか分からない手紙を、私の体に託した事だけは分かった。


『フォリア・そしき・にげる・ひとり』

 恋人同時が睦みあっているように見える、ギリギリの仕草で、フォリアに暗号を紡ぐ。

 でも……、髪の色が変わるほど魔力疲労を起こしている彼に、魔法陣を解析する――手紙を読む力が残っているのだろうか。

 表情の硬いフォリアに、小さく指先で問いかけても、答えは無い。

『よむ・つらい?』

 やはり――…、相当辛いみたい。

 小さく首をかしげ、目で問いかける私に返るのは、沈黙ばかりだ。

 

 ――やっぱり、ひと寝入りして体調を整えてからの方が良い。

 少し気まずい位の、長い沈黙に耐え切れなくて。

 上がりっぱなしの鼓動と動揺を落ち着かせるために、一度大きく息を吐く。

 寝台に肘を突いて、上体を起こしながら――、そうしてから自由になった手で、乱れた髪をかきあげた。


 突然。

 いきなりその腕を、強く引かれた。


「……わわっ。」


 横に引かれた腕にアンバランスな体勢は反転し、シーツの上にうつ伏せになるよう、ひっくり返される。

「……。」

 乱暴な仕草に、不快そうな舌打ちの音。

 振り向くまでも無く、無言のままのフォリアの、一挙一動が信じられない位に重い。

 ええと。

 ――どうやら今、解読する気みたい……?

 ぎしりと音を立てて、背中に覆いかぶさるように、フォリアは体勢を変える。

 無言のままの彼に、衝撃から立ち直って、慌てて協力しようとして……、もう一つの壁にぶち当たった。


 ――解読の場合は……。どこまで、脱ぐ……べき?


 ここには治療結界も、魔術を補助するための道具も、一切無い。

 だから、昨夜のように――そして、アンバーの娼館でリバウンド防止魔法をかけたように、素肌に直接触らなければいけなくて。

 けど流石に……。

 この現状で、上半身全部脱いで、肌を触られるのは――。

 辛いって言うか……、ありえないだろ。


 落ち着かせようとする気持ちと、肌のささくれ立つ神経が、思考を鈍くする。

 ――解析だけなら、そこまで肌を晒す必要、無いよね。

 暫く考えて、――これでも出来るんじゃなかろうかと、自分で腰紐をしゅるりと緩めて、大きく衣紋を抜くように、襟ぐりを後ろに引いた。


「………。」


 夜の寒さに、肌が小さく震える。

 要は素肌を触れれば良いはずだよね?と、居た堪れない空気のまま、馬乗りになるよう覆いかぶさったフォリアに、これで良いかと顔だけで後ろを振り返る。

 すると、表情の無く、無言で見つめるフォリアと目があった。


 どこと無く、冷たい表情。

「――…。」

 視線を外せないまま――。

 ゆっくりと。

 首筋に顔を埋めるように、フォリアがうつ伏せの私の上に、身体を重ねる。

 レジデと違った、剣を持つ男の硬い、かさついた手のひらが、肩先に引っかかっていた服を、ぐいと引き下げる。


「――…ふっ」


 羞恥と重苦しい空気に耐え切れずに、寝台に顔をうずめる。

 肩甲骨まで剥き出しになった背中に、落とされたフォリアの唇。

 首筋をくすぐる彼の髪にぞわりとした感覚を感じて、ぎゅっと目をつぶった。


 リバウンド防止の呪を施した時とは違って、フォリアの唇は、その場からピクリとも動かない。

 ぞわりぞわりと、身体の中を小さく駆け巡る感覚を、フォリアの冷たい視線を思い出して、沈静させる。


 あまりに昨夜がショックだったのか。

 それとも、立会いがいない分、肌が自然と温もりを求めるのか。

 時折揺れる髪が、重ねられた肌が感じる筋肉の動きが、いっかな落ち着かない感覚を与え続ける。


 ――思い出すなっ!


 自分を強く叱咤しても、素肌の感覚は尖ったままで。 

 

 凍ったように動かない彼の邪魔にならないように、静かに深呼吸する。

 どれだけ経ったのだろう――。

 ふいに、言葉に出来ないような振動を感じるのと、低い声で

「くっ」

 と、小さく呻いたフォリアが、私の横に自分の体を投げ出すのが同時だった。


「だ、大丈夫――?!」

 小さく掠れた声で、慌てて問いかける。

 すると、少し苦しげな乱れた呼吸の合間、低く短い返答の声がかえった 

 まるで精神世界から、無理矢理弾き飛ばされたようなフォリアに、色々な意味で不安になって顔を覗き込む。


 返信出来なくても、せめて有益な情報だけでも、汲み取れたのだろうか……。

 ――レジデからの手紙は読めた?

 そう、小さく暗号で問う。

 それに視線だけで大丈夫だと私に教えた彼は、何ていうか……不機嫌で。

 

 もしかして、怒っている?


 先ほどと同じ、表情の無い顔なんだけど……ちらちらと、瞳の奥に暗い感情が見え隠れした気がする。

 困惑する私をよそに、フォリアは一度大きく息を吐いて乱れた呼吸を整える。


 ――まぁ……。

 ――疲労の所に、無理矢理読ませられたら不機嫌にもなるか。

 背中を向け、肌蹴た前をあわせながらも、気まずくて――。

 何でもない事のように、振り向きざまに

「どうしましょう?読んだよって分かるように、何か印でもつけますか?」

 と、フォリアにしか聞こえないほどの声で、小さくおどけた。


 けれども。

 冗談めいたその発言に、何が触発されたのかは、分からない。

 ただその一言に――剣呑な光を宿していた瞳の上に、強い感情が乗った。


 いきなり引かれた帯が立てる、高い衣擦れの音。

 寝台の上に投げ出された衝撃と混乱。


「えっ!……!!」


 剥き出しの首筋に、フォリアの唇が明確な意思を持って落とされる。

「――っ!?」

 もう一度大きく肌蹴た襟元から、フォリアの掌が滑り込むのと、首筋に濡れた舌先の感触を感じるのとが、同時だった。

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