【第26話 まんぷくキッチン】
「なかなか良い物件というのは無いものだ」
魔王ボンキュボンは手元の紹介物件リストの余白に自分なりに気になる要点をいくつも書き込んだ。
カクーノ国の首都トキョト。ボンキュボンはここに魔王城の出張所を作るべく適当な物件を探し歩いていた。もちろん、いつもの魔王としての姿ではなく人間の姿だ。出来れば他の者も同行させて意見を聞きたいところだが、魔王城には人間達に紛れ込んでもおかしくないような外見のものは少ない。それに加えて大事な物件は自分で見てみたいという気持ちもあって、ボンキュボン自ら出かけてくる。
「出来れば城と空間をつなげたいが、うまいことしないと王宮の魔法使いに見つかるしな」
王宮の魔法使いの腕は一流だ。以前は王宮から魔王城に向けて呪いをかけたこともある。侮れば足下を掬われかねない。
「急いでも仕方がない。時間がかかっても良い環境を探さなければ。それにしても、腹が減った」
某番組ならばボンキュボンの姿が三段階で引いていくところだ。
「店を探そう。食事環境も大事だからな」
あちこち見回しながら道を行く。ちょうど昼時なのでランチに出る人たちも多い。公園ではベンチで弁当を食べる人の姿もある。
繁華街とはちょっと外れた一角でボンキュボンは足を止めた。
「これは……めしや……のはずがない」
小刻みに首を横に振る。目の前にある「まんぷくキッチン」と書かれた看板が飾られた食堂はどこか古びた、飾りっ気のない「上流階級お断り」のような雰囲気。デザインこそ違うが、それはかつて彼女が人間と夫婦だったころ営んでいた定食屋「めし屋」を思い出させた。
他の店という選択肢は一瞬で消え、ボンキュボンは「営業中」と札のぶら下がった引き戸を開けた。
途端、ボンキュボンの顔面めがけて包丁が飛んでくる。その先端が鼻に刺さる寸前、彼女はそれを指で挟み取っていた。
「物騒なお通しだな」
店内では椅子やテーブルが倒され、柄の悪い男数人が、床に倒れた料理人らしき若い男を踏みつけている。
奥ではエプロンを着けた若い娘が震えているのを、初老の男が血走った目でかばっている。立ち位置からして、この男が柄の悪い男達に投げつけた包丁が外れ、ボンキュボンに飛んできたらしい。
別の隅では、他の客らしい作業着姿の男が数名、縮こまっている。
「すまねえな。お客さん。取り込み中だ。今日は別の店に行ってくれ」
奥で初老の男が目を血ばらせたまま、細身の包丁を構えた。
「その必要はないぜ」柄の悪い男の1人がボンキュボンの胸に視線を向け「あんたでいいや。楽しく酒の相手をしてくれよ」
とボンキュボンの腕を取る。
「ここは食事を取る店で、酒を飲んで騒ぐ店ではないと思ったが」
「いいじゃねえか。俺たちゃお客、神様だぜ」
「確かに、疫病神や貧乏神も神様には違いない」
逆に男の腕を取ると、ボンキュボンは男を引っ張り出すように店の外に後ずさった。何だ何だと蹈鞴を踏むように店の外に引っ張り出された男をボンキュボンは腕一本で持ち上げ、そのまま地面にたたきつけた! 白目をむいて気絶する男を尻目に
「お前達も外に出ろ。食事の邪魔だ」
中にいる柄の悪い男達を促す。中からは死角になってため、連中は先ほどの男が叩きつけられるのを見ていない。
「威勢のいい女だな。そういうのを無理矢理ものにするのが俺は大好きでね」
舌なめずりをしながら男達が外に出る。彼らが店内から死角に入った途端、鈍い音が男達の数だけ響いた。
3秒後。ボンキュボンは何ごともなかったかのように店に入ってきて
「食事をしたいが、できるか?」
倒れたテーブルや椅子を直す姿に、店主とおぼしき初老の男が唖然としながら
「いや……すまねえが店主がこの様じゃ」
倒れている若い男を見下ろし肩を落とす。
「お前が店主ではないのか?」
「去年まではな。今年に入って腕が思うように効かなくなっちまって、簡単な盛り付けと注文取りぐらいしか出来ねえ」
包丁を持つ手を見せる。その手は細かく震えていた。
「そこの娘は?」
「給仕専門さ。料理を勉強させているが、とても金を取るレベルじゃねえ」
ボンキュボンは倒れている若い男のそばにかがみ込み、彼の手を取った。その手をじっくり見ては軽くなで
「若いが腕は良いようだな」
「あたりめえだ。ガキの頃からじっくり仕込んだんだ。おかげで料理は店を任せられるほどになったが、それ以外はからきしになっちまった。ちょいと柄の悪い奴にど突かれただけでこの様だ」
そこへ外からお昼を告げる鐘が鳴り響いてきた。
「せっかくの飯時に。今日は閉めるしかねえか」
「下ごしらえは出来ているのだろう。私で良ければ調理場に立つが」
ボンキュボンが立ち上がり髪をまとめ、どこに持っていたのか三角巾を取り出し頭に巻く。
「安心しろ。調理師免許は持っている。持ち歩いてはないが」
心の中で(200年近く前の免許だがな)と付け加える。しかしボンキュボンは今の城の城主となってからも、時折自炊しているし、たまには城の厨房に立って働く魔物達の食事を作っているので腕は落ちていないと自負している。
勝手に厨房に立つと、立つ鍋の中で焦げている肉炒めを手早く捨て、改めて作り始める。
娘が「お父さん」と初老の男を不安げに見つめるのに、彼は「黙ってろ」とごけ答えた。
「私はこの店は初めてなので、この店ならではという料理も味も知らない。それらはメニューから外すか、そばに来てアドバイスしてくれ」
言われた店主は無言のままボンキュボンのそばに立ち、鉄鍋を振るう彼女の手つきを凝視する。目を離さないまま
「煮込み料理はある程度出来ているからそいつを出せば良い。焼き物揚げ物中心でやれ。揚げ物の仕込みはあらかた済んでいる。麺はそこの棚だ。料理によって使う麺が違う。それはわしが指示する」
「頼む」
2人の様子に、娘が料理人である兄を支えて奥に引っ込んでいく。今まで隅で小さくなっていた客達も倒れた椅子やテーブルを直していく。
料理する姿を真剣に見つめる店主に、手際よく一品仕上げたボンキュボンは「味見を」と小皿にとって出す。
それを口に入れ、しばらくもぐもぐしていた店主はやがて飲み込むと彼女を見つめ
「名前は? 『あんた』じゃ悪い」
「ユボンだ。ボンキ・ユボン」
それはボンキュボンが人間と夫婦になって定食屋をしていた頃の名前だった。もちろん調理師免許もこの名前で取っている。
「そうか。わしのことは単に『おやじ』と呼べ。客はみんなそう呼んでいる」
戻ってきた娘に
「料理が出来たぞ。持って行け。これから腹を空かせた労働者どもがぞろぞろゾンビ見てぇにやってくるんだ。さっさとしろ!」
元気を取り戻した父の姿に、娘は「はいっ!」と元気よく返事をして出来た料理の皿に手を伸ばした。
「いちいちアドバイスする暇はねぇ。あんた自身納得の味付けで出してくれ。客が文句を言ったらわしが相手する」
そう言うと娘の手伝いに出て行く。
「おらおら、店が狭いんだ! 相席は嫌だ等という奴はほっぽり出すぞ!」
おやじの怒鳴り声が厨房に聞こえてきた。ボンキュボンの鉄鍋を握る手に力がこもる。自身の空腹はすっかり忘れていた。
2時間近く過ぎ、ようやく客が途絶え一息つけた。
(久しぶりだな、体が充実している感じだ。気持ちいい)
水を口にしてボンキュボンが微笑む。休む間もなく調理を続けていたせいで軽い疲労感はあるが心地よかった。かつて定食屋のおかみ時代に連れ合いと一緒に働いていた頃を思い出した。
「せっかく飯を食いに来たのに、あんたには悪いことをしたな。残りもんでわるいが、厨房に残った材料で好きなもんを作って食ってくれ。もちろん代金なんざいらねえ。今日はこれで店じまいだ」
おやじが娘に店じまい命じると、服から頭をさすりながら料理人が出てきた。
「馬鹿野郎。一発ぶん殴られたぐらいでのびてんじゃねえ! おかげでユボンさんにとんだ手伝いさせちまったじゃねえか」
「そう言うなおやじさん。料理人に必要なのは喧嘩の強さではない。なんなら腕に自信のある人間を用心棒兼従業員として雇ったらどうだ」
「そんな都合の良い奴なんざいるか」
店主が吐き捨てるように言った時だ。店の扉が大きく開くと、顔が無様に腫れ上がった男達が駆け込み
「いた。あの女です!」ボンキュボンを指さし「女だからって遠慮はいりません。のして脱がしてかわいがってやってください!」
声をかける方を見ると、店の前に数人の屈強な男達が剣や斧を手に立っている。
「あいつら、戻ってきやがった」
立ち上がりかけたおやじをボンキュボンは制し
「こいつら、暴力性はありそうだ。人間性は皆無らしいが」
店の外に出ると、男達が取り囲んでくる。先ほどボンキュボンに伸された男達は遠巻きにして
「気をつけてください。女のくせにめちゃくちゃ強いです!」
ボンキュボンは得物を構える男達を見回し
(こいつらを叩きのめすだけなら簡単だが、また来られても困る。殺したら問題になるし……出来れば正体は知られたくない。魔王が作った料理を提供したなんてことがバレたら、この店に迷惑がかかる)
思案していると
「……腹減ったぞぉ」
「あんたがもたもたしているからじゃない。ランチタイムはとっくに終わっちゃったわよ」
聞き覚えのある声がした。見るとおなじみの勇者(男)、戦士(男)、戦士2(女)、魔法使い(女)、賢者の勇者パーティ。
「ちょうど良いところに来た」ボンキュボンが弱々しい顔を作り「勇者様、助けてくれ」
声をかけられた勇者達が、相手が一瞬後、相手がボンキュボンだと気がつくと
「ええぇぇぇぇっっ! どうしてお前がここにいる⁈」
驚き後ずさる。逃がすものかとばかりにボンキュボンは勇者達に駆け寄る。その姿は助けを求めるか弱き美女のようだ。もちろん演技である。
「あの人達がお店で暴れて困っているんです。勇者達のお力で彼らを懲らしめてください」
いつもと違う口調と表情に唖然とする勇者パーティに、ボンキュボンは男達に見られない位置で表情を戻し
「お前達が何もしないなら私がここで暴れることになる。町中だぞ。それでも良いか」
良くないとばかりに勇者達が青ざめた。
「てめえら。そのお客さんに何かしたら承知しねえぞ」
店から出てきたおやじが男達に包丁を突きつける。威勢は良いがどう見ても勝ち目はない。
「おやじさん、大丈夫だ。そんな連中、この勇者様達が懲らしめてくれる」
大声で叫びながら指さされ、勇者達もさすがに言葉を失った。
「何を戸惑っている。やつらよりお前達の方がずっと強い」
「気楽に言うな。向こうも強そうだぞ」
少なくとも体格は向こうの方ががっしりしている。傷だらけの体、使い込まれた武具といかにも百戦錬磨の強者風だ。
「私は幾度もお前達と戦い、その力をよく知っている。その私が、お前達は奴らより強いと言っているのだ。信じろ」
「ちょいと気に入らないけど、信じてあげるよ」
戦士2が斧を手に前に出る。
「相手の強さは戦った奴が一番よく知っているものだしね」
「仕方ない」
勇者も前に出て物陰から成り行きを見つめている野次馬達を見回すと剣を構えた。
「少なくとも、こいつらが善人ではなさそうなのは周囲の目でわかる」
戦いは1分で終わった。
「さすが勇者だ。この調子で魔王ボンキュボンもぶっ倒してくれや。お代はいらねえ。腹一杯食ってくれ」
店内。勇者達の前には様々な料理が山となって彼らをもてなしていた。体が動くようになった料理人が、厨房で働いている。
「そういえば、ユボンさんの姿が見えませんが。お知り合いなんでしょう。お礼をしたいので改めてお店に来るようお伝えください」
娘の言葉に勇者がひくついた笑顔を見せる。彼らが戦っている間に、いつの間にかボンキュボンは姿を消していた。
その頃、ボンキュボンはトキョト役所で資格試験のパンフレット置き場にて
(さすがに200年前のままではまずいな。新しい調理技術も学んでおきたいし)
調理師免許試験の応募用紙を手に取った。
(おわり)
今回の舞台はトキョトの街。ということでボンキュボン以外の魔王城の人達はお休みです。この世界の食べ物、無国籍という場聞こえは良いですが結構いい加減です。料理名はできればこの世界の名前にしたかったのですが、作品自体がゆるい、コメディよりなのと、読者がイメージしやすいよう「もともとはこの世界の言語で書かれているが、読者が読みやすいよう日本語に意訳している」ことにしています。




