第九十二話:フリーター、ドムドムの秘密に触れる
「おい、起きろ!」
扉が開けられ、乱暴な声に起こされる。声の主は逆光でよく見えない。
扉から差し込む朝陽に目を細めながらシルエットをうかがうと、不意の闖入者はドワーフと異なり、背が高く細身な身体つきなのが分かった。
「えと、あなたは?」
「黙れ! 質問するのは私だ! キサマは本当にワーグナーの領主なのか?」
声の主が居丈高に問いてくる。神経質そうな声は、やたらと甲高くてうるさい。朝も早よから不愉快だ。さてさて、どうしようかね?
1.素直に答える。
⇒なにやら面倒くさそうな相手だ。事を荒立てずにやり過ごした方がよいかな。
2.逆ギレする。
⇒この手の輩はどこまでもつけ上がる。ビシッと言い返すのもひとつの手だね。
「グロスマン! 貴公、ここで何をしておる! ワーグナーの客人の世話役は私だ。関係ない貴公は出ていってもらおう!」
答え:3番の「ドワーフのヤン・ビヨンドが介入する」でした。
てか、こんなのクイズでもなんでもないね。はは。えろうすんません。
「関係ないとはなにごとだ! 私は皇帝特使だぞ!」
「だから? リューキ殿はマリウス様をお救いくださった方。無礼は許さぬ!」
陽光に目が慣れてくると、部屋の前で二組の集団が対峙しているのがわかる。
右手にいるのはヤン・ビヨンド。
彼の背後には屈強なドワーフの戦士たち十人ほどが大斧や剣を構えている。
左手は皇帝の特使だと主張するグロスマン。五十代くらいのヒト族の男だ。
グロスマンはヒト族の仲間を五人引き連れている。誰も武器を携えておらず、見てくれも貧弱だ。
うむ。どう考えてもドワーフの一団の方が強そうだね。
「ヤン・ビヨンド! この男がワーグナーの領主ならば、帝都ニルンベルグに連れていく! 連れの女と小人族も一緒にな。わかったな!」
「リューキ殿の身柄をどうするかは族長が判断される。貴公ではない!」
「くっ、まあいい。はたして族長のゲルト・カスパーが何と言うかな? いや、お前たちが信奉する精霊様はどうだろうな?」
捨てゼリフを吐き、グロスマンが立ち去る。仲間の男たちも悪態をつきながら従う。あとに残るドワーフ族は、グロスマンたちの背中をにらみつける。
うむうむ。どう考えても両者は仲が悪そうだね。
「申し訳ない。みっともないところをお見せした。ところで族長が戻られました。リューキ殿に会いたいそうです」
「わかった。すぐに案内してくれ!」
ヤン・ビヨンドの昨夜とは異なる態度に戸惑いながらも小部屋を出る。屈強なドワーフたちに囲まれて、石造りの廊下を進む。廊下のT字路を右に折れ、その先の十字路を左に折れると広い廊下にぶつかる。なかなか大きな建物だ。
広い廊下を進む途中、下働きらしきドワーフ族の女たちとすれ違いざま、彼女らのヒソヒソ話が耳に入る。
「精霊様だわ! マリウス坊ちゃんが仰ってた通りね!」
「あんなにかわいらしい精霊様、はじめて見たわ」
「いいなあ、私も精霊様とお近づきになりたい!」
まるで街中で芸能人を見かけた一般ピーポーのような発言。話題の中心は、俺の左肩に座る風の精霊デボネアのようだ。そういえばマリウス少年もデボネアの存在に興奮していたのを思い出す。
「ヤンさん。ドワーフは精霊が好きなのか?」
素朴な質問を投げてみる。
「まさかそう問われるとは……リューキ殿は精霊様を深く信奉したからこそ、加護を受けられているのではないのか?」
本気で驚くヤンに返す言葉がない。てか、精霊の加護とはそういうものかと再認識する。俺はドムドムやデボネアを雑に扱いすぎていたかもしれないね。はは、反省だな。
「もちろんさ! 俺は精霊様のおかげで生きているようなものだからね!」
「やはりそうでしたか! ……昨晩は申しわけないことをしました。リューキ殿の肩におられる小さなお方が精霊様とは思わず、とんだ失礼をしました」
俺のテキトーな相槌に、ヤンは真摯に反応する。彼の熱っぽい視線は俺の左肩に座るデボネアに注がれたままだ。
「ヤンさん、気にしないでください」
「おお……寛大なお言葉、感謝申し上げます。私のことはヤンと呼び捨てにしてください。ところでマリウス様の話では、リューキ殿に加護を与えているのは風の精霊様だそうですね。我々カスパー家のドワーフ族は土の精霊様を信奉していますが、風の精霊様とて偉大なる精霊様。うらやましいかぎりです」
ヤン・ビヨンドが答える。
髭もじゃの顔からは表情が読めないが、その目には憧憬の色が浮かんでいる。
なんというか、土の精霊ドムドムを畜生剣呼ばわりしてるのは黙っていた方が良さそうだと思った。
◇◇◇
一晩過ごした建物を出ると、山すそに沿って広がる村の全容が一望できた。ドワーフ族が住む石造りの住居は質朴だが頑強そうに見える。家々の煙突から昇る細々とした白い煙は朝飯の支度をしているのだろう。対して、いかにも鍛冶場といった感じの建物の煙突から昇る黒い煙は、金物や武具の類を鍛造している証なのだと思った。
「リューキ殿。こちらへ」
ヤンに先導されて村のなかを進む。
すると、否が応でも目に留まるモノがあった。
「なんですか、これ? ハニワですか?」
「ハニワ? その石像は土の精霊のドムドム様ですよ」
「ドムドム様だって!?」
馬車がすれ違えるほどに広い大通り。
そのメインストリートのあちらこちらに、つり目顔のハニワの石像が点在する。いや、ヤン・ビヨンドの説明通りならドムドムの石像だ。石像の顔は、俺が泥人形に描いたドムドムと目元以外はソックリだった。
「ヤン。これは?」
「この石像は『溶岩流を喰い止めるドムドム様』です。およそ四百年前、ローグ山で大噴火がありました。村が溶岩流にのまれかけたとき、ドムドム様が山肌に深い溝を掘り、溶岩流の流れを変えて、村を救ってくださったのです」
ヤン・ビヨンドが熱っぽく語る。
俺には『クワを振り上げて畑仕事に精を出すドムドム』にしか見えないが、ドワーフ族にとっては伝説的なワンシーンのようだ。実際、ヤンの配下のドワーフたちはウンウンとうなずいているし、幾人かの目は潤んでもいた。
「……さすがはドムドム様だな。で、あっちは?」
「あの石像は『鉱夫たちを救うドムドム様』です。およそ二百年前、ローグ山の鉱山の奥深くで大規模な落盤事故が発生しました。二十名の同朋たちの生命を救ってくださったのがドムドム様です。私の父もそのひとりでした。ドムドム様は私にとっても英雄なのです」
ヤンの語りがさらに熱くなる。
石像は、俺的には『髭面の男たちにもみくちゃにされるドムドム』に見える。何かの罰ゲームみたいだ。けどまあ、これも感動的な物語の一幕なんだよね。
<むっ、リューキ殿。ついに知られてしまいましたか……どうか笑ってくだされ>
<ドムドム、なにを言うんだ! これほど讃えられてるなんて凄いじゃないか! ついでにいえば、俺が描いたドムドムの顔はビックリするほど実物に似てたね>
<むおっ! リューキ殿! 全然違いますぞ! 石像の顔の目元はキリリと勇ましいではござらんか! リューキ殿の描かれた顔はタレ目でいまにも泣きそうな表情でござったぞ!>
<え!? そこが大事なの!?>
<むおっ! 戦士たるもの、見た目で舐められてはいけないですからな!>
腰に下げた畜生剣がガッチャンガッチャン鳴る。土の精霊のドムドムは興奮状態。ドムドムのこだわりが俺には理解できない。
ヤン・ビヨンドに従い、大通りを更に進む。円形の広場に差し掛かると、屋台やらステージやらを準備中なのが目に留まる。
「ヤン。あれは?」
「祭りの準備です。今日から『春のドムドム祭り』からはじまります。このような状況でなければリューキ殿にもお楽しみいただきたいのですが……」
「ええまあ、仕方ないですね」
俺は残念そうな顔をする。もちろん本心ではない、残念そうなフリだ。てか、『春のドムドム祭り』って……
俺はこみあげてくる笑いを懸命に抑え込んだ。
<むおっ、リューキ殿。本当に笑うなぞ、ヒドイでござる、あんまりでござる!>
<悪い! さすがに祭りまで開かれてると思ったら、ついね>
ヤン・ビヨンドに連れられて大きな建物に入る。建物には太い煙突が三本あり、真っ黒い煙がモクモク昇っていた。
「ヤン。ここは鍛冶場だろ? 俺たちは族長に会いに行くんじゃないのか?」
「その通りです。族長はここにいます」
鍛冶場の作業場。五十平米ほどある空間はムッとする暑さ。二十名ほどの屈強なドワーフの男たちが無駄口ひとつ叩かずに作業をしている。
焼けた長い棒状の金属をふたりの男が交互に打っている。ガキーンッ! ゴキーンッ! と金属が叩かれる音が響く。飛び散る火の粉が肌を焦がすが、誰も気にする素振りを見せない。
「族長! リューキ殿をお連れしました」
「おう! ご苦労!」
大槌を持った男がこちらを向く。族長のゲルト・カスパー自ら鍛造作業をしていたようだ。マリウスの探索で朝まで洞窟にいたはずなのに、タフな男だ。
「貴公がリューキ殿か! 息子のマリウスが世話になりましたな!」
ゲルト・カスパーが頭を下げてくる。身体を起こすと俺と同じくらいの背丈なのが分かった。ドワーフのなかでは大男の部類に入るだろう。
「息子に聞いた。リューキ殿は洞窟トロルをひとりで打ち倒したそうだな。領主たるもの、それくらいの力がなくてはいかん! 愚息にも見習わせたいものだ」
「マリウス君は暗い洞窟のなかで勇敢でしたよ」
「ふっ。リューキ殿は若いのに気配りもできるようだな。だが私には不要だ。マリウスは軟弱者で、あやつがリューキ殿に渡した短剣も貧弱なモノだ。私自ら礼品の剣を鍛えているゆえ、しばしお待ちくだされ」
「剣をいただけるのですか? うれしいのですが、実はお願いがあります。俺の身内が洞窟のなかで行方不明です。カスパーとワーグナー両家の争いが絶えない現状は理解してますが、捜索に力を貸していただけないかと思いまして」
「その件はマリウスに聞いた。ジーナお嬢さんなら既に……」
ドンッ! と乱暴に扉が開かれる。
見ると、皇帝特使のグロスマンが入り口に立っている。グロスマンの背後に立つのは、見覚えのある二頭身の物体だった。
「ゲルト・カスパー! ワーグナーの領主の身柄を渡してもらうぞ! よもや反対はすまいな。キサマらの信奉する土の精霊ドムドム様も私に賛同しておるぞ!」
「なんだと!?」
グロスマンに従う二頭身の物体を見る。身の丈二メートルほどの物体は、どこからどう見てもハニワだ。但し、カスパー家の村に建立された石像によく似た、つり目顔のハニワだった。
「そ、そんな……ドムドム様がそのような決断をするなど……」
族長のゲルト・カスパーが言葉を失う。族長の腹心、ヤン・ビヨンドも同様。
俺は思わず腰に手を伸ばして、畜生剣が存在するのを確認する。
蒸し暑い鍛冶場のなか、俺はドワーフたちとは違う意味で困惑してしまった。
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