第四十九話:フリーター、再会を喜ぶ
女騎士エリカ・ヤンセンが奮戦する。
狭い螺旋階段で、巨漢のホブゴブリンを、ひとり、またひとりと仕留める。一進一退どころか、じりじりと押し返す。
「我が領主! あっちゃこっちゃから、敵がやってくるだあ!」
ガレキだらけの塔の屋上。
火煙師ムイロが発する警鐘に、俺は四方に目を凝らす。東の方角から接近する敵兵は認識済み。ジークフリード軍に追われるダゴダネルの敗残兵だ。加えて、西、南、北の方角でも、土ぼこりが舞いはじめた。遠目には分からないが、かなりの数の軍勢のようだ。
「まさか、ダゴダネルの増援か?」
「リューキよ、そうではなさそうじゃ! ダゴダネルの軍勢には違いないが、ボロボロじゃからのう」
エル姫があっさり答える。彼女は長い円筒状のものを目に当てている。
「エル、それは?」
「『遠眼鏡』という便利な道具じゃ。遠くのものが大きく見えるのじゃ。ほれ、おぬしに貸してやるぞよ。これは普通の道具ゆえ、神器の適性が皆無なリューキでも使えるであろう」
「……ありがとう。助かるよ」
エル姫に身もふたもない言い方をされるが、俺は聞き流す。俺も大人になったものだ。
「よいよい。世話の焼ける旦那様じゃのう」
世話女房のような言い方をされてしまう。早くも尻に敷かれそうな感じだ……
でもまあ、よく考えたら、皆さんお姉さま方。そう。姉さん女房でいらっしゃるからな。ああもう、好きにしてくれ!!
「北と西の敵兵は……ゴブリン族の軍勢に追われているようだな」
「我が領主! きっど、おでだちの仲間が立ち上がったんだあ!」
ミイロたちが喜びの声を上げる。同族間の争いが絶えないゴブリン族だが、ダゴダネルに虐げられていた同胞の蜂起は嬉しいようだ。
「南は……おかしいな? 黒鎧の敵兵を同じ黒鎧の兵が追いかけているぞ?」
「なんじゃ? 仲間割れでも起こしたかのう?」
「わからん。とりあえず、俺たちもやれるだけのことはやって……」
ズシン!
衝撃音とともに足元が揺れる。塔の外壁に何かがぶつかったようだ。
屋上から転落しないよう四つん這いになり、下をのぞきこむ。
塔の西。
大きな丸太を抱えた黒鎧の集団が、塔の外壁に突進するのが見えた。
ズシン!
単純だが有効な破壊の手段。裏を返せば、螺旋階段の攻防ではエリカに敵わないと認めたようなもの。
ただ、残念ながら弩砲や弓の攻撃が封じられたいま、塔外の敵を追い払う手立てはない。
「崩れた石壁のガレキをぶつけてやれ! 少しでも時間を稼ぐんだ!」
皆で力を合わせ、片っ端からガレキを投げつける。別に敵を撃ち倒せなくてもいい。破壊工作を妨げれば良いのだ。
「チッ! 往生際の悪い奴らだ……てめえら! ひるむんじゃねえ!! 大槌で塔の壁をぶっ壊せ!!!」
ブブナが作戦を変更する。
大槌を持つホブゴブリンがわらわらと集まり、石造りの外壁を叩き始める。個々の破壊力はたいしたことはないが、とにかく数が多い。
白い塔に集まる黒鎧の集団は、まるで砂糖に群がる黒蟻のよう。女王蟻のために懸命に動きまわる働き蟻みたい。とはいえ、淫魔ブブナはホブゴブリン兵の生命をこれっぽっちも顧みない。俺は、敵ながらホブゴブリンたちが哀れに思えた。
そんなことを言ったら、女騎士エリカに「甘い!」と叱られるだろうけどね。
「我が領主! 目ぼしいガレキがなくなっちまっただあ!」
「壁や床の石を剥がせ! 塔が四階建てになろうが三階建てになろうが構わん!」
「わかっただあ!」
メイロは石造りの壁を引き剥がして、ひとつ数十キロはありそうな石を次々投げ落とす。さすがは鉱山で働く鉱夫だ。力強い。
ズンッ!
「ぐわあっ!」
ガツン!
「ぎええっ!」
白磁の塔が平屋になりそうな勢いで石を放り続けるが、ブブナは撤退しない。むしろ、一層兵をけしかける。
畜生! ここが正念場というやつか。
ズシッ、ズズズズシンッ!!
硬いものが押し潰されるような音が響く。あまり聞きたくもない嫌な音とともに、塔は一段と傾斜する。俺も堪え切れずに尻餅をついてしまう。
「きゃああ!」
エル姫の叫び声が響く。こんな状況で不謹慎だが、普通の女の子っぽい悲鳴で妙に安心した。
「た、た、助けてくれなのじゃ!」
声はすれども姿は見えない。否、エル姫の細っこい腕が屋上の縁に辛うじて見えている。塔が傾いたはずみで、屋上から落ちそうになったようだ。
「エル! いま行く!」
「リューキ! 早く来てくれなのじゃ! 手が滑る……」
間一髪。俺の手がエル姫の服の首根っこをつかむ。ずいっと上に持ちあげる。
ガンッ、ガガンッ!!
黒鎧のホブゴブリン兵は少しの猶予も与えてくれない。ここぞとばかりに塔の石壁に大槌を振るう。
耳障りな破壊音がするたび、塔の傾きが大きくなる。塔の内部に配下の兵が残っていることなど、ブブナはお構いなしのようだ。
塔はミシミシと断末魔の悲鳴をあげはじめる。パニックに陥ったのか、エル姫が全力でしがみついてくる。「大丈夫だ」と、俺は懸命になだめる。
突然、激しいつむじ風に襲われる。砂埃が舞い、思わず目をつぶる。風に巻き上げられた石の欠片が頬に当たって痛い。塔の下から怒号のような悲鳴が聞こえる。代わりに石壁を打ち壊す音は消えていた。
おそるおそる目を開ける。厚い雲に覆われたように、あたりは薄暗い。
エル姫とミイロたちが絶望の表情で天を仰いでいる。
女騎士エリカ・ヤンセンだけが、安堵の表情で立っていた。
俺は、ひと言文句を言うために立ち上がり、上を向く。
「ヴァスケル! 遅いぞ!」
「なんだい! 久しぶりに会えたのに、そんなに怒んなくてもいいじゃないか!」
「もちろん会えて嬉しいさ。待ち焦がれていたからこそ、余計にハラが立つんだ」
「なんだかよく分かんないけど。あたいに会えて喜んでいるんだね?」
「当り前さ!」
塔の屋上。
守護龍モードのヴァスケルが頭を下げてくる。俺は龍の頭をなでてやる。ミイロたちゴブリンたちの表情は固まったまま。エル姫は……白目を剝いて気を失っている。うむ、あとでキチンと説明してやらねばなるまい。
「我が領主。ヴァスケル様との再会は喜ばしいのですが、このままでは塔の崩壊に巻き込まれてしまいます。まずは塔から脱出致しましょう」
「そうだな。ヴァスケル! 俺たちをジーグフリードの元まで運んでくれ!」
「リューキやエリカはいいけど、そのチビッ娘とゴブリンたちも一緒かい? そんなに大勢じゃあ途中で落っことしちまうよ……おっと、アイツがいたんだった」
守護龍ヴァスケルの動きにつられて、東の空を仰ぐ。
こちらに向かって飛んでくる白いモノが見える。女騎士エリカ・ヤンセンの愛馬、天馬シルヴァーナだ。
「シルヴァーナちゃん! 来てくれたのですね!!」
エリカが愛馬に向かって大きく手を振る。
遠眼鏡を使わずとも、天馬の喜ぶ様が分かった。
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