表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/108

第四十五話:フリーター、女騎士エリカに謝られる

 俺は、エル姫と一緒に塔の六階にのぼる。いや、天井や壁があらかた崩れた場所は、もはや「階」とは呼べない。六階が持ち場だったミイロがかすり傷で済んだのは、奇跡以外の何物でもない。

 

「リューキよ。白磁(はくじ)の塔は五階建てになってしもうたのう」


「そうだな。それにしても、屋上にいたムイロだけじゃなくて、ミイロもよく生き残ってくれたよ。ほんと、ゴブリン族の頑丈さには感心する」

 

 新しい屋上に立ち、周囲を眺める。夕陽を浴びて、塔の影が伸びる。影の先端は東の城壁まで届く。城壁の上に敵の気配は感じられない。今日の戦いでは、ダゴダネルの奴らもかなりの痛手を(こうむ)ったはず。しばらくはおとなしくしているに違いない。まあ、推測というより俺の願望にすぎないけどね。


 かわいらしい小妖精(フェアリー)があらわれ、俺たちのまわりをふわふわと舞う。白い羽根の生えた精霊の化身は、エル姫の手の上にちょこんと降り立ち、なにやら話をする。


「次は誰の番じゃ? デボネアか……分かった。おぬしもご苦労じゃったな」


 エル姫が小妖精(フェアリー)(ねぎら)いの言葉をかける。中性的な容姿の小人は、羽根を閉じ、膝を折り曲げてしゃがみ込む。ぽうっと柔らかく発光し、瞬時に姿が見えなくなる。代わりに(こま)かい紙片がエル姫の手の上に残った。


風の精霊(シルフ)のミネアは精霊界に(かえ)った。神紙(しんし)欠片(かけら)()いてやろうかの」


 エル姫が小妖精(フェアリー)の抜け殻を火のなかにそっと入れる。紙片は一瞬で燃え尽き、(ほそ)い煙が天高く昇っていく。そう。俺たちは役目を終えた神紙(しんし)を燃やすために、塔の上にのぼってきたのだ。


 一連の儀式に参加していると、まるで小妖精(フェアリー)亡骸(なきがら)荼毘(だび)()しているような悲しい気持ちになってくる。が、実際にはそうではない。

 かわいらしい小人の正体は、エル姫が神紙(しんし)に精霊の魂を宿らせた仮初(かりそめ)の姿。つまるところ、神紙(しんし)は単なる()(もの)に過ぎない。魂の抜け落ちた紙片は、着られなくなった古着(ふるぎ)のようなものだ。 


 それでも、エル姫は紙片を拾い集めては感謝の意味を込めて天に(かえ)すそうだ。エル姫にもかわいいところがあるじゃないかと思ってしまった。意外にセンチメンタルな奴だともね。


 エル姫が新たな小妖精(フェアリー)を召喚する。精霊界に(かえ)った風の精霊(シルフ)ミネアはおっとりした感じだったが、今回呼んだデボネアは元気いっぱいに飛び回る小妖精(フェアリー)だった。同じ風の精霊(シルフ)でも、ずいぶんと性格が違うようだ。

 巨大投石機(カタパルト)を打ち破った戦いで活躍した炎の精霊(イフリート)三兄弟にも同様の印象を持ったが、精霊たちは意外と個性的なうえ、人間くさい存在なのだと思った。

 

我が領主(マイロどん)、エル姫さんや。ちと、良いが? 相談しだいことがあっでなあ」


 階段を上ってきた兵站(へいたん)係のメイロが声をかけてくる。妙に真面目くさった顔だ。


「メイロ、どうした? 塔の修繕でなにか問題でも?」


「いんや、そっただことでねえ。まあ、見てもらえればわかるだ」


 メイロに先導されるようにして、俺たちは三階に下りる。三階は俺の持ち場。俺の相棒、弩砲(バリスタ)もある。


我が領主(マイロどん)。どうだあ、わかるかあ?」


 三階に着くとメイロが謎かけのように聞いてくる。が、俺にはさっぱりわからない。


 西の窓際に()え付けた弩砲(バリスタ)はそのまま。(かご)に入れられて山積みされた黄金弾(おうごんだん)にも変わった様子はない。


「どうだって聞かれても、なにがなんだか?」


「おでも最初はそうだっただあ……でもなあ、タマを落っことしで気づいただあ」

 

 メイロは黄金弾(おうごんだん)(かご)から拾い上げ、床にそっと置く。丸い(タマ)は、ゆっくりと動き出し、東の窓際の壁にぶつかるまで転がった。


「どういうことだ?」


「リューキよ。巨大投石機(カタパルト)の攻撃は、塔が傾くほど凄まじかったようじゃのう……」


 エル姫がため息を漏らす。大きなメガネの小さな微女(びじょ)が弱った顔を見せる。


畜生(ちくしょう)! 今後、西側からの砲撃は最優先で潰すぞ!」


「リューキよ。塔がすぐに倒れるとは思えぬが、ワーグナーからの迎えは早く来てほしいものじゃのう」


「エル。心配するな、援軍は必ず来る! ところでエリカはどこだ? 塔が傾いたのを教えてやらないと」


 女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンが姿を見せないのに気づき、俺は尋ねた。


「エリカさまは一階にいるだあ。だいぶ、お疲れの様子だったでなあ」


「ムイロ、教えてくれてありがとう。てか、ムイロこそ大丈夫なのか? ついさっきまで瀕死の重傷だったのに」


「おでは大丈夫(でえじょうぶ)! 我が領主(マイロどん)のメシのおかげで元気になっただあ!」


 火煙師(かえんし)にして軍隊では斥候を務めるムイロが胸をドンと叩く。ゴブリン族は再生力が凄まじい。かと言って無理は禁物。彼ら四人にはあとでコンビーフの缶詰を配ってやろう。軍隊の救急用医療(ファースト・エイド)キットのようなものだ。ただしむやみに食べないよう釘も刺さねばいけない。彼らが食欲を抑えられるかは疑問だが、なにも手を打たないよりはマシだ。

 ミイロたちは、かけがえのない仲間。生き延びる可能性を少しでも高めてやりたい。


 エル姫と離れ、俺はひとりで螺旋(らせん)階段を下りる。

 一階に着くと、長椅子に横たわる女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンの姿が見えた。

 彼女は両手を胸の前にそろえ、祈るような格好ですやすやと眠っている。それは、俺が心の中で「イヤイヤのポーズ」と名付けた姿勢(ポーズ)

 なんというか……いきなりごちそうを出されたような気分になる。


 違う、そうじゃない! 俺のバカ!

 いまはどうやって塔の防衛戦(タワー・ディフェンス)を続けるかって話だろ!!

 煩悩(ぼんのう)さんには、速やかにご退場頂かねば……


「いや……だめ……」


 女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンの口から言葉が漏れる。妙に色っぽい。彼女は目を覚ましていない。夢を見ているようだ。ただし、あまり楽しくない夢のよう。ここは起こしてあげるべきだろうか。いや、彼女はたいそうお疲れの様子。もう少し寝かしておいてあげたい。


「やめ、て……おねがい……」 



……エリカにお願いされてしまう。相手は誰だ? 俺の女騎士(エリカ)を苦しめる奴は何者だ? 違う、夢のなかの話だ。なんだそうか。さすがの領主(ロード)も夢のなかは手出しができないね。いや、夢に限らない。ほんと、俺ってば何もできないじゃないか。畜生(ガッディム)! このやり場のない怒りや悔しさをどこに持っていけば良いのだ。思いつかない。とりあえず、エリカを優しく起こしてやるか。さて、どうやる? 眠り(スリーピング・)(ビューティー)の目を覚まさせる方法はひとつしか知りません。「キッスのことだあ!」 へへ、気のいいゴブリンたちを真似(まね)てみました。そう、キスのことです。では、エリカが目を覚まさないうちに急いで……いやいや、領主(ロード)リューキさんよ、その考えはおかしいんじゃないか? 本末転倒ってやつだ。うう、(おっしゃ)る通りです。反論できません。全面降伏。けど、ちょっとならいいかもね。ちょっとってなんだ? 先っちょか? 先っちょってなんだ? ああ、フレンチ・キスのことね。はは、まんまと引っかかったな! フレンチ・キスとは実はディープなキスのことだ! な、な、な、なんだって!? そうとも、お前は誤解しているぞ! 先っちょだけのキスはバード・キスと言うのだ! へー、知らなかったな。勉強になりました。うむ、素直でよろしい。では早速……



 女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンと目が合う。彼女は心配そうな表情で俺を見上げている。そればかりか、気づかないうちに、エリカは俺の手を優しく握ってくれていた。


我が領主(マイ・ロード)、大丈夫ですか?」


 エリカにかけるはずのいたわりの言葉を、逆に俺がかけられる。妄想が暴走していた自分が情けない。俺は自分のことがもの凄く恥ずかしくなってきた。


 エリカは起き上がり、何も言わずに俺を優しく抱きしめてくれる。


「どうした? 嫌な夢でも見たのか?」


我が領主(マイ・ロード)……申し訳ございません。私は女騎士(ナイト)失格です」


「なんの話だ?」


「主君を(まも)るどころか、呪器(じゅき)束縛(そくばく)に巻き込んでしまいました……私は眠っていたのではありません。私の鎧『鉄の処女(イゼルネ・ユンフラウ)』と話をしていたのです」


 エリカの話を聞き、『鉄の処女(イゼルネ・ユンフラウ)』と会話したことを思い出す。

 彼女の生命(いのち)を救うために俺は契約を結んだが、代償が必要との話だった。詳しくはエリカに聞けとも言われたんだっけ。

 

 さて、俺が払うべき代償とはいったいなんだろうか?

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ