第四十五話:フリーター、女騎士エリカに謝られる
俺は、エル姫と一緒に塔の六階にのぼる。いや、天井や壁があらかた崩れた場所は、もはや「階」とは呼べない。六階が持ち場だったミイロがかすり傷で済んだのは、奇跡以外の何物でもない。
「リューキよ。白磁の塔は五階建てになってしもうたのう」
「そうだな。それにしても、屋上にいたムイロだけじゃなくて、ミイロもよく生き残ってくれたよ。ほんと、ゴブリン族の頑丈さには感心する」
新しい屋上に立ち、周囲を眺める。夕陽を浴びて、塔の影が伸びる。影の先端は東の城壁まで届く。城壁の上に敵の気配は感じられない。今日の戦いでは、ダゴダネルの奴らもかなりの痛手を被ったはず。しばらくはおとなしくしているに違いない。まあ、推測というより俺の願望にすぎないけどね。
かわいらしい小妖精があらわれ、俺たちのまわりをふわふわと舞う。白い羽根の生えた精霊の化身は、エル姫の手の上にちょこんと降り立ち、なにやら話をする。
「次は誰の番じゃ? デボネアか……分かった。おぬしもご苦労じゃったな」
エル姫が小妖精に労いの言葉をかける。中性的な容姿の小人は、羽根を閉じ、膝を折り曲げてしゃがみ込む。ぽうっと柔らかく発光し、瞬時に姿が見えなくなる。代わりに細かい紙片がエル姫の手の上に残った。
「風の精霊のミネアは精霊界に還った。神紙の欠片を焚いてやろうかの」
エル姫が小妖精の抜け殻を火のなかにそっと入れる。紙片は一瞬で燃え尽き、細い煙が天高く昇っていく。そう。俺たちは役目を終えた神紙を燃やすために、塔の上にのぼってきたのだ。
一連の儀式に参加していると、まるで小妖精の亡骸を荼毘に伏しているような悲しい気持ちになってくる。が、実際にはそうではない。
かわいらしい小人の正体は、エル姫が神紙に精霊の魂を宿らせた仮初の姿。つまるところ、神紙は単なる容れ物に過ぎない。魂の抜け落ちた紙片は、着られなくなった古着のようなものだ。
それでも、エル姫は紙片を拾い集めては感謝の意味を込めて天に還すそうだ。エル姫にもかわいいところがあるじゃないかと思ってしまった。意外にセンチメンタルな奴だともね。
エル姫が新たな小妖精を召喚する。精霊界に還った風の精霊ミネアはおっとりした感じだったが、今回呼んだデボネアは元気いっぱいに飛び回る小妖精だった。同じ風の精霊でも、ずいぶんと性格が違うようだ。
巨大投石機を打ち破った戦いで活躍した炎の精霊三兄弟にも同様の印象を持ったが、精霊たちは意外と個性的なうえ、人間くさい存在なのだと思った。
「我が領主、エル姫さんや。ちと、良いが? 相談しだいことがあっでなあ」
階段を上ってきた兵站係のメイロが声をかけてくる。妙に真面目くさった顔だ。
「メイロ、どうした? 塔の修繕でなにか問題でも?」
「いんや、そっただことでねえ。まあ、見てもらえればわかるだ」
メイロに先導されるようにして、俺たちは三階に下りる。三階は俺の持ち場。俺の相棒、弩砲もある。
「我が領主。どうだあ、わかるかあ?」
三階に着くとメイロが謎かけのように聞いてくる。が、俺にはさっぱりわからない。
西の窓際に据え付けた弩砲はそのまま。籠に入れられて山積みされた黄金弾にも変わった様子はない。
「どうだって聞かれても、なにがなんだか?」
「おでも最初はそうだっただあ……でもなあ、タマを落っことしで気づいただあ」
メイロは黄金弾を籠から拾い上げ、床にそっと置く。丸い弾は、ゆっくりと動き出し、東の窓際の壁にぶつかるまで転がった。
「どういうことだ?」
「リューキよ。巨大投石機の攻撃は、塔が傾くほど凄まじかったようじゃのう……」
エル姫がため息を漏らす。大きなメガネの小さな微女が弱った顔を見せる。
「畜生! 今後、西側からの砲撃は最優先で潰すぞ!」
「リューキよ。塔がすぐに倒れるとは思えぬが、ワーグナーからの迎えは早く来てほしいものじゃのう」
「エル。心配するな、援軍は必ず来る! ところでエリカはどこだ? 塔が傾いたのを教えてやらないと」
女騎士エリカ・ヤンセンが姿を見せないのに気づき、俺は尋ねた。
「エリカさまは一階にいるだあ。だいぶ、お疲れの様子だったでなあ」
「ムイロ、教えてくれてありがとう。てか、ムイロこそ大丈夫なのか? ついさっきまで瀕死の重傷だったのに」
「おでは大丈夫! 我が領主のメシのおかげで元気になっただあ!」
火煙師にして軍隊では斥候を務めるムイロが胸をドンと叩く。ゴブリン族は再生力が凄まじい。かと言って無理は禁物。彼ら四人にはあとでコンビーフの缶詰を配ってやろう。軍隊の救急用医療キットのようなものだ。ただしむやみに食べないよう釘も刺さねばいけない。彼らが食欲を抑えられるかは疑問だが、なにも手を打たないよりはマシだ。
ミイロたちは、かけがえのない仲間。生き延びる可能性を少しでも高めてやりたい。
エル姫と離れ、俺はひとりで螺旋階段を下りる。
一階に着くと、長椅子に横たわる女騎士エリカ・ヤンセンの姿が見えた。
彼女は両手を胸の前にそろえ、祈るような格好ですやすやと眠っている。それは、俺が心の中で「イヤイヤのポーズ」と名付けた姿勢。
なんというか……いきなりごちそうを出されたような気分になる。
違う、そうじゃない! 俺のバカ!
いまはどうやって塔の防衛戦を続けるかって話だろ!!
煩悩さんには、速やかにご退場頂かねば……
「いや……だめ……」
女騎士エリカ・ヤンセンの口から言葉が漏れる。妙に色っぽい。彼女は目を覚ましていない。夢を見ているようだ。ただし、あまり楽しくない夢のよう。ここは起こしてあげるべきだろうか。いや、彼女はたいそうお疲れの様子。もう少し寝かしておいてあげたい。
「やめ、て……おねがい……」
……エリカにお願いされてしまう。相手は誰だ? 俺の女騎士を苦しめる奴は何者だ? 違う、夢のなかの話だ。なんだそうか。さすがの領主も夢のなかは手出しができないね。いや、夢に限らない。ほんと、俺ってば何もできないじゃないか。畜生! このやり場のない怒りや悔しさをどこに持っていけば良いのだ。思いつかない。とりあえず、エリカを優しく起こしてやるか。さて、どうやる? 眠り姫の目を覚まさせる方法はひとつしか知りません。「キッスのことだあ!」 へへ、気のいいゴブリンたちを真似てみました。そう、キスのことです。では、エリカが目を覚まさないうちに急いで……いやいや、領主リューキさんよ、その考えはおかしいんじゃないか? 本末転倒ってやつだ。うう、仰る通りです。反論できません。全面降伏。けど、ちょっとならいいかもね。ちょっとってなんだ? 先っちょか? 先っちょってなんだ? ああ、フレンチ・キスのことね。はは、まんまと引っかかったな! フレンチ・キスとは実はディープなキスのことだ! な、な、な、なんだって!? そうとも、お前は誤解しているぞ! 先っちょだけのキスはバード・キスと言うのだ! へー、知らなかったな。勉強になりました。うむ、素直でよろしい。では早速……
女騎士エリカ・ヤンセンと目が合う。彼女は心配そうな表情で俺を見上げている。そればかりか、気づかないうちに、エリカは俺の手を優しく握ってくれていた。
「我が領主、大丈夫ですか?」
エリカにかけるはずのいたわりの言葉を、逆に俺がかけられる。妄想が暴走していた自分が情けない。俺は自分のことがもの凄く恥ずかしくなってきた。
エリカは起き上がり、何も言わずに俺を優しく抱きしめてくれる。
「どうした? 嫌な夢でも見たのか?」
「我が領主……申し訳ございません。私は女騎士失格です」
「なんの話だ?」
「主君を護るどころか、呪器の束縛に巻き込んでしまいました……私は眠っていたのではありません。私の鎧『鉄の処女』と話をしていたのです」
エリカの話を聞き、『鉄の処女』と会話したことを思い出す。
彼女の生命を救うために俺は契約を結んだが、代償が必要との話だった。詳しくはエリカに聞けとも言われたんだっけ。
さて、俺が払うべき代償とはいったいなんだろうか?
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