第十七話:フリーター、粗相する
ジーナ・ワーグナーが俺の名前を呼んでいるのに気づき、金庫室から外に出る。
「ジーナ、どうした?」
「リューキさま。グスタフが探してたよー」
「グスタフ隊長が? さっき領地割譲の件で報告を受けたばかりだが?」
見ると、オーク・キングのグスタフ隊長がずんぐりとした身体をいっそう縮こませて立っている。言いたいことはあるのに、口にするのが憚られるといった表情。ズケズケと物を言うタイプのグスタフにしては珍しい。
「グスタフ隊長、領内で新たな問題でも?」
「いえ、問題が起きたわけではなくて、その……」
「らしくないな。ハッキリ言ってくれ!」
「うぐっ、手当のことだ。ダゴダネルとの戦の直前、リューキ殿は時間がないといって適当に金貨を配ってしまったではないか。あんのじょう、取り分が少ないと文句を言ってきた奴らがいてな」
なにかと思えば、そんなことか。
未払いの手当を精算する際、時間を惜しんだ俺は一万Gをオーク兵全員に一気に配った。多めに持っていく奴がいれば、不足する奴も出て当然だろう。俺が決断した緊急措置だ。グスタフ隊長が口ごもることはない。
「で、いくら不足なんだ?」
「リューキ殿、本当に良いのか?」
「守備隊のみんなは懸命に戦ってくれた。特別手当を出してやれないのが申し訳ないくらいさ」
「すまねえ。実はな、二十二Gも足りねえんだよ」
「え? 二十二G?」
「わ、悪い。やっぱ、多すぎるよな! 忘れてくれ、オレの方でなんとかする」
不足額を聞いて、俺は「たった二十二G」と感じた。
対して、グスタフ隊長は「二十二Gも足りない」と深刻に捉えたようだ。
なんというか……金勘定の苦手な四百人のオーク兵が一斉に一万Gをつかみ取りして、誤差が二十二G。どんだけ正直者の集まりだ。ズルして多めに持っていった奴はほとんどいないんじゃないかと思った。
「すぐに金庫から出すよ」
「リューキさま。わたしにもお金ください」
「はあ!? ジーナに小遣いなんかやらんぞ! 金が欲しけりゃ働け! バイトでもしろ!」
「違います、戦で痛めつけられた村の復興のためです。ブリューネ村の焼け落ちた食糧貯蔵庫の建て替えに五十G、シュテア村の半壊した牛小屋は十五G。諸々あわせて、百八十Gかかってます」
ジーナが真顔で答える。純粋に領民を思っての金の無心だった。
いきなり叱ってスマンかった。ほれ、このとおり謝る。けど、大事な話を切り出すときはもう少し言葉を足してほしい。ジーナは言葉が多いときと少ないときのギャップが激しすぎる。
「復興費用はすべて領主が払うのか? いや、払いたくないわけじゃなくて、この世界はどういうルールなのか知りたいだけだ」
「ワーグナー家の伝統です。家訓にも『豊かなるときは分け与え、苦しいときはわかちあう』とあります。よその領地では、戦に勝てば領主だけが潤い、領民は戦の勝ち負けに関係なく飢えるだけですけど」
ジーナが淡々と語る。
ふざけた振る舞いばかりするジーナだが、ときどき感心させられる。こういう点は素直に見習いたい。
「あわせて金貨二百二枚か。ジーナ、ついてこい」
「はーい、わっかりました-」
「リューキ殿、すまねえな」
グスタフ隊長を外に待たせ、俺とジーナは金庫室に入る。
ジーナと一緒に金貨を数えていると、「プシュゥー」と守護龍ヴァスケルの呼吸音が聞こえてくる。
え? なんで? ヴァスケルの呼吸音を聞くのは今日二度目だ。瀕死の守護龍は一日一回しか呼吸しないはずなのに。
俺は立ち上がり、奥の壁際に横たわったヴァスケルを見る。
守護龍の姿勢は仰向けのまま。だが、身体の大きさは半分くらいに縮んでいる。長かった尻尾も短くなり、ほとんど身体の陰に隠れてしまっている。ポテッと膨らんでいたお腹は引き締まり、くびれまでできている。間違い探しで出題されれば、秒速で答えが出るくらい明白な変化が起きていた。
「リューキさま。金貨二百二枚数えました-」
「よし。ジーナ、えらいぞ」
「えへへ」
「ところでジーナ。ヴァスケルの身体が小さくなってるけど、大丈夫かな?」
「ほえ? ふお、ふおおおー! リュ、リュ、リューキさま! ヴァスケルさまが覚醒しつつありますわ!」
覚醒? ヴァスケルが目を覚ますのか? じゃあ、ホントに栄養ドリンクが効いたのか?
「リューキさまっ! なにやらかしたんですか? 白状なさいませ!!」
「ひと聞き悪いこと言うなよ。元気が出る飲み物を飲ませただけだ。俺の世界の薬でジーナの風邪が早く治ったように、栄養ドリンクも良く効いたのかもな」
もしかして、一気に十本も飲ませたのはやりすぎだったかな? でもまあ、身体の大きなドラゴンだし、大丈夫だろう。
俺は守護龍ヴァスケルに近づき、お腹によじ登る。ヴァスケルのお腹がくびれたぶん、楽にまたげた。うむ、安定感がだんぜん良くなった。ひんやりと冷たかった肌はほんのり温かい。鉄のように硬かった皮膚は弾性の高いゴムのような張りが感じられた。
「ひいいっ! リューキさまぁ! 早くおりて下さい!」
「大丈夫。落っこちないように、しがみついてるから」
「そういう意味じゃないですー!」
騒ぐジーナを放っておき、俺は守護龍の胸に耳を当てる。
トクン………トクン………
微かに心音が聞こえる。どうやら本当に覚醒しつつあるようだ。
トクン……トクン…トクントクン
脈が徐々に早くなる。目覚めの刻は近そうだ。
「ジーナ! ヴァスケルが起きそうだ。ようやくLord・Dragon・Knightが勢揃いするな!」
俺は守護龍の身体から滑り降りる。
ジーナは俺には目もくれず、必死にヴァスケルに話しかけている。
「ヴァスケルさま! 怒らないでください! リューキさまに悪気はありません。姐さまを元気にしたいだけです! リューキさまは『ドラゴン・ライダー』です。姐さまと仲良くやれると思いますわ!」
姐さま?
「ジーナ。聞き違いかな? ヴァスケルを『姐さま』って呼んでた気がするが?」
「間違ってません! ヴァスケルさまは姐さまです!」
「てことは、ヴァスケルは雌の守護龍なのか?」
「リューキさま! いまさらなにを仰ってるんですか? どこをどう見てもヴァスケルさまは女性でしょう!」
ジーナに叱られてしまった。
えろうすんません。
俺はあらためてヴァスケルの全身を見る。
うむ、どこをどう見ても性別は分からない。いや、腰のラインは女性らしい丸みを帯びているように見えないこともない。ほかには……うん? 手足の爪には赤い塗料がついている。もしや、ネイルってやつか? おう! なんてこった! お洒落な守護龍さんじゃないか。
「ジーナ、さっきからヴァスケルに話しかけてるけど。もしかしてヴァスケルは言葉が分かるのか?」
「リューキさま、あたりまえですわ! 龍は何万年も生きる神獣。そのなかでも、ヴァスケルさまは古龍の末裔。身動きは取れなくても、わたしたちの会話はぜんぶ理解してます!」
なるほどなるほど。そうでしたか。大変失礼致しました。
ヴァスケルの姐さんが身動きできない間に、俺は身体によじ登ったり、べたべたしたり、胸に耳を当てて心臓の音をきいたり、挙句に口を無理やりこじ開けて栄養ドリンクを飲ませたり、あとはなんだろう?
とにかく神獣と称される相手に敬意の欠片もない対応をしまくっていた。
「ヴァスケル……さん。その、なんというか……ごめんなさい」
ヴァスケルに頭を下げる。
俺の背後ではジーナ・ワーグナーがすごい剣幕で怒っている。さすがに反論できない。
守護龍ヴァスケルの閉じられたままの目から、ひとしずくの涙がこぼれる。不謹慎にも美しい涙だと思った。
金庫室の扉を叩く音がする。
オーク・キングのグスタフ隊長が呼んでいる。
俺たちはとりあえず金庫室を出ることにした。
あとに残るはヴァスケルの姐さんひとり。
近々、嵐が起きる予感がした。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。




