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幕間:ジーナ先生の個人授業

「この世界の情勢や歴史ですか? 当然知ってますわ。家庭教師のリヒャルド(じい)に学びましたから」


 ジーナ・ワーグナーが鼻高々に答える。

 彼女は元領主(ロード)で、現在は城代。

 ワーグナー家の第五十三代当主で、今では俺の配下。

 そう。俺が手に入れたのは城と領地だけで、ワーグナー家そのものではない。よく考えると俺たちはややこしい間柄(あいだがら)だ。まあ、俺は巻き込まれた(クチ)だけどね。


「リューキさまは、この世界のことを知りたいんですか?」


「そんなとこだ。領主(ロード)たるもの、自分の領地はもちろん、世界情勢も把握しておかないとな」


「リューキさま、偉いですわ! わっかりましたー。わたしが個人授業してさしあげます!」


 ジーナが元気な声をあげる。むんっと胸をそらし、どこかへ行ってしまう。

 しばらく待つと、地図やら古文書やら巻物やらを抱えて戻ってくる。なんだか妙に張りきっている。


 いやいや、そこまで本格的に準備しなくてもいいのに。空いてる時間にお茶でも飲みながら話してくれるだけで構わない。授業だなんて仰々(ぎょうぎょう)しくしなくても良いんだが。


「では始めます! リューキさま、はやく席についてください!」


「は、はいっ!」


 ジーナの勢いに思わず従ってしまう。ワーグナー城の大広間が、個人授業の教室に変わってしまった。なぜだ? 流れがジーナのペースになってる。俺が思ってたのと違う。


「ジーナ、そこまで堅苦しくなくても……」


「そこ! 騒がないの。授業中は静かにですわ!」


「はい……すいません」


 叱られた俺は背筋を正す。

 授業を受けるのは高校生のとき以来。もう十五年、いや十六年たつか。懐かしいがあの頃には戻りたいと思わない。学校の授業は退屈でしかなかった。


「今日はワーグナー城の歴史。ひいてはワーグナー家の歴史を説明しますわね!」


「ジーナ先生(せんせい)、よろしくお願いします」


「せ・ん・せ・い! なんて素晴らしい響き! わたし、がんばりますわ!!」


 ああ、やっちまった。ついうっかり、ジーナを「先生(せんせい)」と呼んでしまった。


 火に油を注ぐとは(まさ)にこのこと。いまさら取り消せるはずもない失言に、ジーナの目がキラキラ輝く。


 ふうっ、純粋(ピュア)な瞳がまぶしいぜ。

 俺たちは先生と生徒。もう後戻りはできない。


「コホン、では……そもそもワーグナー城とは初代ワーグナー卿が戦功の褒美として皇帝陛下より下賜(かし)されたローグ山に築城した山城で、プロイゼン帝国随一の堅牢さを誇る城です。ローグ山っていうのはこの地図のこの山のことで、帝国で三番目に高い山です。いまも地殻変動が続いていて、どんどん高くなってます。山の高さの記録はこっちの本に載ってます。けど、ワーグナー城は日当たりの悪い北斜面にあるので、城近辺の村々は農作物があまりとれないのよね。困ったものだわ。農業だけじゃなく、このあたりには産業らしい産業がないの。山を掘っても(ろく)な鉱物は取れないし。なので、武勇に優れた初代ワーグナー卿は近隣勢力を攻め、領地を切り取っていったそうよ。わたしの父、ギルガルド・ワーグナーが第五十二代当主になるころには、帝国全土の三分の一近くを勢力下におく大公爵になっていたわ。それがいまや、初代ワーグナー卿の最初の領地よりも小さくなっちゃった。寂しい話よね。でね、初代ワーグナー卿ってのが……」


「はい! ジーナ先生!」


「ほえっ? なんでしょうか?」


 俺は我慢できず、ジーナ先生の説明を止める。

 ひと息(ノーブレス)でいつまでも話し続けるジーナの説明はあっちこっち飛んで分かりにくい。彼女の肺活量がスゴイのはわかったが、要点を絞って話してほしいものだ。


「ジーナ先生。今さらですが、ワーグナー家は公爵なんですか? 公爵って、格式高い家柄(いえがら)ですよね?」


「そーでーす。父上は皇帝に次ぐ実力者でしたわ。いまでは名ばかりの公爵家ですけどねー」


「先生。差し支えなければ、なにがあったのか教えてくれませんか? 大公爵が落魄(らくはく)するにも原因があると思います」


「簡単に言えば、皇帝の跡目争いで負けた側についたからよ。裏切りにあった側といっても良いかしらねー。よくある話よ」


 ジーナ先生がさらっと答える。 

 他人事(ひとごと)のように話しているが、本音はどうだろうか。ワーグナー城を売り払うまで追い詰められたんだから、面白いはずなかろう。


「はい。他に質問がなければ授業の続きをします。初代ワーグナー卿は……」


 ジーナ先生の講義が続く。

 初代ワーグナー卿は勇猛なだけでなく信義に厚い男だったらしい。権謀術数(けんぼうじゅっすう)()け、硬軟使い分けて領地を拡大したことから、有能な男だったのは間違いない。


 ジーナ先生がひと息ついて水を飲む。昼過ぎに始まった授業は、すでに五時間は経過した。初代ワーグナー卿の功績は語りつくされたかに思えた。


「でね、こっからが面白いのよ! 実は初代ワーグナー卿って方は艶福家(えんぷくか)でもあって、政略結婚を繰り返して……」


 ジーナ先生のテンションが上がる。今までの話は単なる序章だったのか。この様子では、歴代ワーグナー卿の話が何日も続きそうだ。


 いや、だけどね。

 俺の目的は領主として領地運営に役立つ情報が欲しいのであって……


我が領主(マイ・ロード)、ジーナ様。そろそろ夕食の時間ですがどうされますか? こちらに運ばせましょうか?」


「エリカ、知らせてくれてありがとう。ジーナ先生、授業の続きはまた今度に……」


「リューキさまぁ! ここからが盛り上がるんですってば! エリカ、夕食はこっちに運ばせて!」


「ええっ! じゃあ、エリカも俺たちと一緒に夕食をとらないか?」


「嫌です! いえ、用事がありますので遠慮させていただきます!」


 エリカ・ヤンセンに逃げられる。

 さすがは女騎士(ナイト)といったところか、危機察知能力が高い。


 結局、俺は翌日の明け方近くまでジーナの個人授業を受けた。というか、そこで意識を失った。一晩かけても、ワーグナー家の二代目当主の途中までしか聞けなかった。二代目は凡庸な当主だったらしいが、それでもジーナの話は長かった。

 

 教訓:ジーナ先生の授業は時間を決めてから受けよう。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

今夜は窓から良い風が入ります。エアコンなくても気持ちよく寝られそうです。

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