Aqua Hand in Joker: Memory Epilogue(アクア・ハンド・イン・ジョーカー:メモリー・エピローグ)〈前編〉
十二人の生徒が命を賭けて挑むデスゲーム×学園ストーリー
仲間達の力を借りて、どうにか生還することが出来たネリカ。
記憶持ちとなったばかりの彼は、謎めいた世界と学園に苦言を零した。
一方、崩壊したコロシアムで見たものは、想像を凌駕する光景で——
《Death of the Academia》をお楽しみください
「ネリカ! アラリック! どこだ、どこにいるんだ……!」
遠くで、ヴェイルの呼び声が聞こえる……
僕は…………ここに、いるよ………………
グラン先生の捨て身によって、コロシアムごと僕等は、巻き込まれた。
体中が悲鳴を上げ、僕は限界を迎え始めていた。
うつ伏せの状態で倒れ込み、心臓が圧迫して呼吸が苦しい。
かろうじて、視線だけは自由に動き、辺りを探り始める。
「これは…………箱?」
石の壁——
全身を包み込み、守るように囲われている。
棺のように細長く、僕の身長と同じくらいの石製の箱。
「次、そっち持ち上げろ。……慎重に行けよ」
段々と近くなってくる、ヴェイルの声。
瓦礫を退ける音も次第に近づく——
一歩一歩、足を進める度に金属の擦れるような音と、重い石を力いっぱい動かす音。
尽きかけた力を何とか絞り出し、石の箱を必死に叩いて存在を知らせる。
「こっちか?」
「あぁ……………間違いない」
アラリックは、救出されたんだ……良かった。
ヴェイルもいるってことは……あの時、待ち構えていた魔獣を倒してここへ……来てくれたんだよね?
安堵する気持ちが胸いっぱいに広がる。
突如——
箱が解けるようにゆっくりと開かれ、光が差し込んだ。
数分しか暗闇を感じていなかったのに、眩しさで瞼を細めた。
「いたぞ! ネリカだ」
ヴェイルが、瀕死になっている僕の首筋へ手を当て、脈があるかを確かめる。
彼の肩を借りて、不安そうなアラリックの瞳も微かに見えた。
「息してるぞっ――ちゃんと生きてる……!」
他の生徒達も、その声に釣られるように足音を響かせて集まってくる。
最初に、僕の顔を覗き込んだのは――長く離れていた家族と再会したかのような、満面の笑みを浮かべていたリオライズだった。
「ネリカさん……!」
その声と同時に、背を支え、手を取ってゆっくりと上体を起こしてくれる。
温もりが掌から伝わった瞬間、僕は改めて――あの攻撃から本当に生き残ったのだと実感した。
リオライズ、本当に無事で良かった。
そうか……ヴェイル達のことを助けてくれたのは、もしかして……
「乗ってください!」
身を屈めて、背を向けてくるリオライズ。
自然とその背中に腕を回すと、温かさに吸い込まれるように体を預けた。
「じゃあ。ネリカの治療、頼んだぞ」
「頼まれたっす!」
ヴェイルの声を背に、リオライズは僕を連れて、風を切りながら、崩壊したコロシアムを離れた――
だけど、外に出た瞬間、僕は目を疑った。
……外では一切の崩壊が起きていなかったからだ。
「どうして、被害がコロシアムだけで済んでるの? それにここ五階なのに……転落しないで済んだ理由は何?」
疑問が次々と浮かび、ひたすらリオライズに問いかける。
嫌な顔ひとつせず、一階に続く階段を下りながら淡々と答えてくれた。
「俺は、二つの可能性を考えています」
「二つ……?」
リオライズは、何かを思い出すかのように一瞬視線を遠くへ投げた。
カルテットデスゲームが始まる前……「別の試験を受けている」とグラン先生は、言っていた。
その時に、何かを感じ取ったのかもしれない。
「一つは——“グラン先生が最後の最後に改心した”という説です」
改心……? あの人は最後まで僕に抗い、僕と戦っていた。それでも、本当にそうなら……コロシアム以外に被害がなかった理由にも納得がいく。
「二つ目は——結晶化さんの仲間。“光の力で、ネリカさん達を助けてくれた“という説です」
結晶化さんの仲間……人影も見えた。
他にどんな人がいるかは、分からなかったけど……最後まで見守ってくれてたのかな?
「俺も、まだまだ手探りの状態なんで、正確なことは何一つ言えないっす。でも——今は、ネリカさんが休むことが第一です」
「うん。ありがとう。僕達のこと、助けてくれて」
掠れた声でそう告げると、胸の奥に溜まっていた緊張が、少しだけほどけた気がした。
そして、リオライズが寮室の扉を開ける。
一日も経っていないはずなのに、漂う空気の匂いも、柔らかな明かりも、すべてが懐かしく感じる。
――ようやく戻って来れた。この部屋に。
一方、コロシアムに残った八人の生徒は、それぞれの属性魔力や武器を駆使し、瓦礫の海をかき分けながらグランとフラーナの姿を探していた。
風属性のゼオンが、重く巨大な瓦礫を軽々と吹き飛ばし、攻撃力に優れたレンリーやサイラスが、細かく粉砕していく。
その光景は、秩序と混沌が混ざり合うようだった。
選別が秩序と信じている者と、混沌の世界だと考えている者のように——
ヴェイル達は、荒れ果てたコロシアムを、ただ黙って見つめながら、呟いた。
「この状況……場合によっちゃ、こいつらが敵になることも有り得るかもしれねぇな……」
「そもそも、どう説明するか考えないと。記憶持ちじゃない人間が、信仰していた神——《先生》の死を知ったら……」
死ぬ? グランは死んだのか? あいつが命を落とすとは到底思えない。
だが――これだけ探しても姿が見えないってことは……
「神が……グランが死んだら、レンリー達の記憶はどうなるんだ?」
思わず声が震えた。
ストリクスはその言葉に目を見開き、何かに気付いたように息を呑む。
咄嗟に視線をアラリックへと向けると、こいつは全てを悟っているかのような眼差しで、他の生徒達をただ見ていた。
その時、ゼオンの声が空気を裂いた。
「おい……これは——っ! 来てくれ、お前達!」
風が奔る。
ゼオンの魔力に導かれ、瓦礫の合間を抜けると——目にしたものは、衝撃だった。
「これは……グラン……なのか?」
視界に飛び込んできたのは、首が不自然に百八十度へ折れ曲がり、下半身は既に消失した、涙を一筋だけ流したままの無惨なグランの亡骸だった。
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