Memory and Time: Crackmask in the Fall(メモリー・アンド・タイム:クラックマスク・イン・ザ・フォール)
十二人の生徒が命を賭けて挑むデスゲーム×学園ストーリー
土、火、水、風の四属性をメインに、学園の闇に気付いた四人の生徒達。
リオライズが母親との幸せな日常、復讐に人生を捧げた六年間。
そして目指すべき新たな目標を見つけた——
そして明かされるアラリックの過去。
感情を表に出すことが少ない、青年の人生とは——
《Death of the Academia》をお楽しみください
ベッドに横たわったエルリックは、静かな寝息を立てて、顔色も少しだけ元に戻っていた。
そして、左手に感じた強大な魔力。
“大人の”アラリックも気付いたのか、拳を強く握り締めて、催促するようにヴァルロスへ帰還を促した。
『マスター。この後の稽古は一人でやるので、今日はもう帰って下さい』
十二年共に過ごした師を、あえて遠ざけるように放った言葉だったが、意外にも返答は早かった。
何か言い訳をして、留まるかと思っていたヴァルロスは、あっさりと“大人の”アラリックの要望に応えた。
『……分かった。ではまた明日、出向くとしよう……』
杖を突く「コツコツ」という音は、徐々に薄れていく。
その時、階下で母とヴァルロスの話し声が聞こえた。
しかし“今の”アラリックが、階段を降りた時には、既に師の姿が見えることはなかった。
数十分後。
“大人の”アラリックが、中々訓練に行かないことに心配した母が、二階のエルリックの部屋へ赴いた。
『アラリック……稽古行かないの? ……無理しないで、休んでも良いからね』
エルリックの傍らで、左手首を抑えてじっと座っているアラリック。
母の優しげな声に、その場で顔が動くと、感情の影を感じさせぬまま、低い声で言葉を返した。
『そうだね……ありがとう。——少し、外の空気を吸ってくる。多分そのまま剣術の訓練に行くと思うけど……』
俯きながら、母を横切る。
その時、最後になるかもしれない母の顔を“大人の”アラリックは、見ることなく一つの言葉を紡いで自宅を後にした。
『じゃあ……行ってきます。エルリックのことは、頼みました』
それが、彼にとって母に向けた最後の言葉だった――
そして、静かな風に当たりながら街の中を少しだけ歩いた。
入り口とは反対の壁へ行き、左手を眺めていると、一匹の子猫の鳴き声が聞こえた。
『ニャー』
黒と白のバイカラーな毛並みに、つぶらな黄色の瞳が特徴的だった。
鳴き声に気付いて、“大人の”アラリックは子猫の方へ顔を向ける。
すると、足元へ顔を擦るように懐いてきた。
『ニャーオ、ニャー』
腰を屈めて、じっと子猫を見据える。
震える左手。彼は、思い切って顎を撫でた。
『ミャー、ミャー』
その子猫は満足そうに、お腹を見せたりして甘える素振りをしていた。
気のせいだったと、安堵の表情を浮かべる“大人の”アラリック。
だが“今の”アラリックには、この後に何が起こるか、嫌というほど分かっていた。
再び頬の割れるような音が、目元まで登ってくるのを感じながら……
刹那、子猫の体がびくりと震えた。
次の瞬間、音もなく、命は途絶えた。
僅かに顔に付いた返り血と、左手の中で無残に転がる子猫の首。
血に染まる左手、胴体と切り離された子猫から流れる出血。
彼の思考は――止まった。
何が起きたのか、理解が追いつかない。
『………え……?』
あまりの恐怖に、喉が固まり、音にならなかった。
無意識に左手を地についた瞬間——地面が呼応するように輝いた。
魔法陣から、三本の岩柱が出現し、その光景に“大人の”アラリックは走り出す。
ルエヴァ―ラは、入り口と反対側からでも街に出られることを知っていたのだ。
“今の”アラリックは、二年前の自分の声が聞こえ続ける。
“まずい……しくじった。今まで、暴走なんて一度もしなかったのに……何故、今になって。いや、そんなことより魔力を止めないと。
属性魔力は、解除できなかった……! どうしたら良い……マスターに一人で剣技の稽古やるって……約束したのに“
狭い洞窟のような暗がりを抜けながら、暴走する左手の魔力を抑えようと、足を止めなかった。
そして真っ先に向かったのは、自分達が作った基地がある丘の下だった。
階段に辿り着き、壁に手をついた瞬間だった。
魔力の暴走が制御を超え、丘の斜面に沿って、無数の土の刃が一斉に噴き出す。
まるで、逃亡の道を塞ぐかのような土の檻だった。
残された時間が限られていると察した“大人の”アラリックは、躊躇なく土の刃を踏み台にし、丘の上へと駆け上がった。
落ち着いた場所で、再び力の制御に神経を集中させる。
しかし、一向に左手から帯びる属性魔力は収まらなかった。
諦めかけたその時、視界の先に一本だけ聳え立つ大木が映る。
“大人の”アラリックは、そこに全魔力を放出して事態を抑え込む——最後の手段を思いついた。
左手を抑えつけながら、大木に向かおうとした瞬間、ヴァルロスが目の前に姿を現した。
『属性魔力の暴走か……』
突然の師の登場に、落ち着きながらも何処か焦りが混じる声で、“大人の”アラリックは、再びヴァルロスを遠ざける。
『……“帰れ”と言ったはずです。すぐに収まる……巻き込まれる前に、離れてください』
ヴァルロスの制止を振り切って、構わず大木へ歩みを進める。
——だが、希望を断ち切るかのように、ヴァルロスの手が左腕を掴み、言葉を放った。
『無駄だ。今回の暴走は……“殺意に満ちた魔力”によるものだ』
ヴァルロスが静かに、アラリックの左掌に目を落とす。
次の瞬間——
掌が震え、そこから轟くように巨大な土の刃が放たれた。
『……っ。違う………本気で人を殺そうとなんて思ってない……!』
一歩、わずかに身を引くだけで、ヴァルロスはその一撃を受け流した。
土の刃は、風を切る音を残してそのまま空へ姿を消した。
『勿論理解している……しかし、貴様は目を付けられたのだ……』
『……誰に?』
“大人の”アラリックの問いに、ヴァルロスは何も答えなかった。
ただその代わりに、一人の師として、一つの“使命”を静かに託した。
『“その理由も分かる時が来る。いずれ”六属性を束ねる代行者を名乗る者に出会うことがあれば、その時――この歪んだ世界の謎を解き明かすのだ”』
呆然とする“大人の”アラリックに、自分の着けていた左手の白い革手袋を渡した。
ヴァルロスの足元に、まるで“絶望”そのもののような橙色の魔法陣が浮かび上がる。
『何度挫折しても、泣いても良い。願いが叶い、勝利するまで戦い続けろ』
その言葉を最後に、魔法陣が起動し、幾千の土の刃がヴァルロスを容赦なく貫いた。
その光景に、ひたすら涙を流すことしか出来ない“大人の”アラリック。
やがて、ヴァルロスは宙に吊るされたように動きを止めた。
その土の刃は赤く染まり、滴る血が、静かに“大人の”アラリックの世界を染め変えていくようだった。
革手袋を握り締めたまま、大木に身を預けて頭を抱える。
“叫び”さえ、痛みとともに押し殺された。
『………どうして……っ、どうして!』
“今の”アラリックも分かっていた。
そして左頬の一部が、遂に「ピシリッ」と砕ける音を立て、
そこから零れるように、ビードロのような涙が伝っていた——
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