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Death of the Academia 〜十二人の生徒達が紡ぎ世界を巡る英雄譚〜  作者: 鈴夜たね
追憶の海底に眠る、向き合うべき過去の姿編【アラリック編】
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Memory and Time: Mirage or Reality(メモリー・アンド・タイム:ミラージュ・オア・リアリティ)

十二人の生徒が命を賭けて挑むデスゲーム×学園ストーリー


土、火、水、風の四属性をメインに、学園の闇に気付いた四人の生徒達。


リオライズが母親との幸せな日常、復讐に人生を捧げた六年間。

そして目指すべき新たな目標を見つけた——


そして明かされるアラリックの過去。

感情を表に出すことが少ない、青年の人生とは——


《Death of the Academia》をお楽しみください

まだ六歳で幼いながらも、既に大人びた気配を纏っていた。

首元まである、橙色のニットセーターを身に着けて、今日も彼は秘密基地の片隅で、剣の稽古を終えた後、課題を解き終え、小さな石ころを磨いていた。


カレンダーが棚の上にかかり、開かれたページには「一月」の文字。

窓辺は結露が水のように垂れ、窓枠には淡い水色の雪が積もっていた。

白く舞い上がる吐息。

鼻と耳はうっすら赤く、細い指先が小刻みに震えている。



“今”のアラリックは、その光景に目を奪われた。


ただのお遊びかと思ってたけど、鍛錬の一環だ。

“極寒の中で、敵と戦うこともある“戦闘中、如何に震えずに正確な動きで相手を排除できるかの特訓……

マスターは凄い。


――だけど、死んでしまう。

僕が殺したのか、誰かに殺されたのかは分からない。

でも、追憶の海底でこの記憶が見れるということは、残酷な未来が待ち受けているのを示唆しているのだから……



過去の情景では、降り積もる雪の中、師であるヴァルロスが基地に帰ってきていた。


『おかえり、マスター』


石磨きの手は止めずに、“過去の”アラリックがそう言って迎える。

ヴァルロスは扉を閉め、棚の上のカレンダーに目をやると、静かに呟いた。


『一か月後には、六歳の誕生日か……』


一月十二日。

その次の月「二月十二日」は、アラリックの誕生日。

毎年その時期になると、訓練の難易度は格段に跳ね上がり、全て乗り越えた暁には、誕生日プレゼントとして盛大に祝ってもらっていた。


今年の課題には、六属性に関する問題が出されていた。

六歳は、属性に目覚める節目の年でもあったからだ。


『この区域は、土属性と水属性の魔力に目覚めやすいと言われている。……貴様は、石磨きを気に入ってやっているが、何か意図があるのか』


その言葉に、布を動かしていた”過去の”アラリックの手がようやく止まる。

ヴァルロスを一瞥し、首を傾げて思案した後、静かに答え始める。


『水は、もともと輝いてる。でも土属性は、もっと輝けると思います』


磨かれた石を見つめながら、感慨深く続ける。


『光と闇以外の四属性は、それぞれ得意と不得意があって、土属性は水に強く風に弱い。――僕は、マスターと稽古する時間が一番好きです。いつかこの石も、毎日みがき《磨き》続ければ輝く日が必ず来る』


そう言ってアラリックは、石を天に掲げる。

目にかざして覗き込むが、拾ってから数日しか経っていないそれは、まだ灰色で黒ずみ、何も映すことはなかった。


『今はまだ、何者にもなれない。だけど……ただの四属性の持ち主が、光のような輝きを手に入れたら……かっこいいなと思ったんです』


希望と願いに満ちていた空気は、一転して重く沈んだ。

次に“過去の”アラリックが口にしたのは、ずっと胸の内に抱えていた問いだった。


『それで……弟のようだい《容体》ですけど、どうでした……?』


エルリック・オーレル。

生まれてすぐに心臓の病を抱え、最先端の医療を受け続けていた弟。

“過去の”アラリックは、一瞬だけヴァルロスの顔色をうかがった。

しかしその顔は、いつもより険しさが宿る表情で——一斉に心の奥から、不安が押し寄せた。


ヴァルロスは無言で帽子を脱ぎ、病院で聞いたままの結果を、率直に伝える。


『エルリック・オーレルの手術は――成功した』


重かった空気が、一瞬にして消え去った。


“過去の”アラリックの目が見開き、張り詰めていた緊張が、そっと氷のように溶けていった。


続けて、ヴァルロスは静かに告げた。


『貴様と違って、運動には一定の制限がかかるだろうが……属性の開花も、頭脳面も、問題はない。普通の人生を送れる見込みだ』


そして、彼は撫でるように石を磨きながら、もう一つの疑問を口にする。


『エルリックが帰ってくるのは、いつくらいになるのでしょうか……?』


『今年の春には、戻れるはずだ。――その間も、鍛錬を怠るな』


“過去の”アラリックは、瞳を輝かせながら石を見つめた。

その光の奥には、“兄”としての強い決意が、静かに宿っていた。


その日から、丘の上での訓練だけではなく、凍てつく寒さと、絡み合う枝葉が迷路のような森の中で稽古が始まった。


限られた狭い空間で、如何に敵の攻撃を躱し、最小限の力で相手を翻弄するか。


“過去の”アラリックは、属性を持つという目的とともに、その場に応じた動きや剣の振り方も、格段に成長していた。

こうして、剣技の特訓が終わり、毎日出される課題もクリアすると、空いた時間で石を磨く。


気付けば、「二月十二日」アラリックの六歳の誕生日前夜となっていた。

一か月間磨き続けた石は、透明な光を帯び、まるで空を映すように澄んでいた。


そっと手に取って観察すると、微かに脈打つような光のゆらぎが見えた。


大人びた雰囲気を出しながらも、子供心も忘れてはいない。

“過去の”アラリックは、属性が手に入るのが楽しみで、夜遅くまで起きていた。


『アラリック……消灯時間から二時間過ぎているが、どういうつもりだ』


ふっと壁掛け時計を見ると、針は十一時を指していた。

ヴァルロスから指摘を受けた彼は、開き直ったように言葉を紡いだ。


『だって、十二時を回って日付が変われば、もう六歳でしょう……? だから――』


最後の言い訳をしようとした瞬間、こめかみに思い切り杖を立てられた。


『駄目だ。貴様が産まれたのは、「十二日の午前:六時三十分」。寝不足で属性開花に挑み、失敗でもしたらそうするつもりだ……』


ヴァルロスの言葉には一理あった。

睡眠をしっかりと決められた時間に取り、決められた時間に起きて、最高の状態で剣を振る。


杖が下がり、アラリック自身も静かに考えを巡らせた。


『確かに、一つの甘えで、ずっと目指してきた夢が消えるのは……いやです。明日は、変わらず早く起こしてくださいね……』


ゆっくりとヴァルロスが頷くのを見届けて、“過去の”アラリックは二階の階段を上がっていった。

明日、自分が“何者かになる”その瞬間を、信じながら。



太陽が昇り始め、外にはまだ冬の名残の冷たさが漂う。

場面は丘の上へと移り変わる――


風が穏やかに流れ、二人は向き合う。

緊張で空気が張り詰める中、“過去の”アラリックがずっと磨いていた石ころをヴァルロスが、手渡した。


『貴様が磨いていた石は、私が土属性の魔力を注いでおいた。今回の属性開花と、今後魔力を扱うのにおいて、必要になる代物だ……』


鏡のように澄んだ石は、魔力を帯びて徐々に変化し、やがてオレンジ色に輝くトパーズへと姿を変えていた。


掌の上、トパーズは脈動するように淡く光っていた。

それは、まるで大地の心音。

どこまでも静かで、どこまでも力強い。


一瞬だけ、ヴァルロスと目が合うと、それ以上の言葉は交わさなかった。


“過去の“アラリックは、本能のままに目を瞑って自分が土属性として、どのように成長するかを想像した。



一番不思議だったのは、過去に思っていた感情も心も一切聞こえなかった情景の中。

“今の”アラリックは、当時の自分がもっと素直で格好いい理想の姿を想像しているのが、自分の脳内に映像として流れ込んできていた。


十八の姿、それでも今とは全く違う自分。

嘲笑ではなく、まっすぐで飾らない笑顔。

正常な世界で学び、誰かに教え、愛し、家庭を築いて老いていく——


そんな、穏やかで誠実な人生。


『この時の僕はまだ、外の世界の真実を知らない。貴方と一緒に暮らしていくのが、未来だったとしても……いつかは――』


「今と同じ結末を辿っていた」

“今”のアラリックは、そう口を開こうとしたが、言葉を飲み込んだ。


その瞬間――大地のように眩い光が情景を包んだ。



【追憶の海底:丘の上にて】


『これが……土属性のまりょく?《魔力?》』


“過去”のアラリックの体を、土煙のような魔力の竜巻が包み込む。


やがて、竜巻が収まりヴァルロスが口を開く。


『どうだ……人生初めての属性を手に入れた気分は……?』


自分の両手を眺めて、指を動かしてみる。

右は変わらず指の動きは、いつも通りだったが、少しだけ左手の指の動きが、ぎこちなくなっていた。


『左手がおもい《重い》です。まりょく《魔力》を取り込む前より、何か乗っている気がします』


『目で見るより、実践した方が良さそうだな……』


そして、二人は丘の下に無限に広がる海の前に立ち、早速“過去の”アラリックが、左手を海に向けて魔力を込めると、掌に大地のような魔方陣が描かれた。


すると一瞬。

されど確かに、硬質な大地の破片が矢のように飛び出し、水面を切り裂いて「ボチャン」と沈んだ。


あまりの速さに、呆然と立ち尽くす“過去の”アラリック。

寡黙な師が、何も言わずに頭に手を置く——


言葉以外で褒めてくれたことなど一度も無い。

その温もりだけで、胸がじんと熱くなった。


幸せな空間を彩る情景を見せられていた、“今の”アラリックにとっては、この後の日常が断片的に蘇りつつあった――

最後まで読んで頂きありがとうございました

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