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魔王の側近

 意識が朦朧としている。

 視界がぼやけている。


 オレは何をしていたんだっけ?

 確か、広間で戦って……。

 ヌイが……。

 マグライアが……。


「……!」

 オレは跳ね起きた。

 途端に肩に激痛が走り、蹲る。

 そういえばユウに斬られたんだった。


「ここは……どこだ?」

 知らない部屋だった。

 オレが寝ている柔らかいベッド。

 サイドテーブル。

 衣装棚。

 あとは何もない。


「あたしの部屋よ。深夜だけどおはよう、ジロー」

 壁に寄りかかるように、ミッケが佇んでいた。

 途端に、矢継ぎ早に質問が思い浮かび、思考が追いつかずに眩暈がした。


「顔色がよくないわね。何かスープでも持ってくるわ」

「待て。ヌイは……ヌイは、どうなった?」

 オレが途切れ途切れに問うと、ミッケは顔を俯かせた。


 何だ、その反応は?

 復活したんじゃないのか?

 まさか……。


「ジロー」

 不意に扉が開き、長衣の寝間着を身に着けたヌイが姿を現した。

「ヌイ! 無事だったのか」

「ジロー」

 ヌイはベッドに駆け寄ると、オレの腕にしがみついた。


「ぬ、ヌイ……」

「ジローのおかげ」

「い、いや。わかったから、離れ……」

 ふるふると首を振り、ヌイはオレの腕を抱えて、ぴったりとくっついた。


「こんな調子で、ジローのことばっかり。嫌になっちゃうわ」

 ミッケが首を振って嘆息した。

 その足で、部屋から出て行こうとする。


「ああ、ミッケ。ついでに羊皮紙とペンも、持ってきてくれ」

「? ええ。あと、麦と野良豆のスープでいい?」

「助かる」

 ミッケが退出すると、部屋にはオレとヌイが残された。


「ヌイ……。生きててよかった」

「ん」

 無表情で見上げてくるヌイ。

 いつも通りの様子に、オレはようやく身体の力を抜いた。

 さすがに気恥ずかしくなり、右腕をヌイの抱擁から逃そうとして、違和感を覚えた。


「手が……ある?」

 指の動きがぎこちない。

 感覚が鈍く、拳を握れない。

 それでも斬り落とされたはずの右手が、確かにある。


「ミッケが、治癒の魔法でくっつけてくれた」

「何? あいつ、そんな魔法も使えたのか?」

「練習してた。私の胸の怪我も、治してくれた」

「……大したもんだ」

 素直に感心する。

 イメージの難しさと魔力の消耗量からいって、治癒の魔法は難易度が高い。


「ミッケから聞いた。ジロー、がんばってくれた」

「いやまあ、そもそも自分のためだしな」

「ん。でも、ありがとう」


 ヌイは当分、オレの腕を放してくれるつもりはないらしい。

 オレはもう片方の手で、ヌイの頭をゆっくりと撫でた。


 この柔らかい手触りも、下手をすれば二度と感じることはできなかった。

 そう考えるだけで背筋が凍るし、そうならなかったことに心の底から安堵した。


「ずいぶんと仲良しね。今日は許すけど」

 トレイに木皿を乗せて、ミッケが戻ってきた。

「はい、これ。羊皮紙はサイドテーブルに置くわね」


 オレはトレイごと受け取り、膝に乗せる。

 麦と豆が浮いたスープは、あまり湯気が立っていない。

 あえて温めにしてくれたようだ。


「ミッケ、いくつか質問がある」

「どうぞ」

「まず、ウサウサは? まさか死んじゃいないよな?」

「安心して。裏庭で休ませてるわ。両手に乗るくらい、小さくなっちゃったけど」

「おおかた、火で攻撃されたんだろう。無茶しやがる」


 それでも生きていた。

 オレは息をついて、左手でスプーンを握る。

「食べさせてあげましょうか?」

「勘弁してくれ……」


 げんなりするオレの様子に、ミッケは柔らかく目を細めた。

 今日のこいつは、どこかいたわってくれている雰囲気がある。


「そういえば、コカトリスは?」

「ちゃんと将軍の屋敷から、回収してきたわ。兵士に追い回されて苦労したけども」

「苦労だけで済んだなら、安いもんだ」

「全くね。あんたの人使いの荒さには、わりとまじめに殺意を覚えたわ」

「成功したんだから、大目に見てくれ。次に、マグライアは?」


「1日十本ずつ髪の毛が抜ける呪いをかけてやる、とか捨て台詞を残していなくなったわ」

「……まあいいか。それから、ガーゴイル像は?」

「原形を留めてなかったわね」


「やっぱりか。最後に、オレは何日寝てた?」

「丸1日よ」

「む……。なら急ごう。ヌイ、早速で悪いが、休戦提案書をしたためてくれ。王城が混乱のただ中にあるうちに、送り付けたほうがいい」

「ん」

 名残惜しそうにして、ヌイがようやくオレの腕を解放した。

 羽根ペンを取り、サイドテーブルに向き直る。


「さしあたり、アマニール大陸を南北に二分して、北側を魔物の領域とするって条件を盛り込もう」

「あら。ジロー、中部と南部が人間の領域じゃなかったの? 二分することにしたの?」

「いいや。あえて、相手が受け入れにくい条件を押し付けて、相手が交渉を持ちかけてきたら、こっちが少し譲歩してやる。最終的には、大陸北部が魔物の領域になるだろう」


「回りくどくない?」

「いくら弱腰とはいえ、相手は一国の王様だ。さすがに面子ってものがある。こっちが譲歩の姿勢を見せることで、相手も納得して休戦を受け入れやすくなる」

「でも王様が、始めから休戦の提案を突っぱねてきたら?」

「アマニール王は馬鹿じゃないから、そこは大丈夫だ。大陸を全部よこせとか提案したら、そりゃあ無理に決まってるが」


「ふぅん……。交渉ってめんどくさいのね」

「まあな。ミッケはもう休んでくれていい。少し疲れてるように見える」

「そ? まあ、今日はお言葉に甘えるわ」

 立ち去ろうとしたミッケが、「あ」と足を止める。

 何だか、そわそわし始めた。


「どうした?」

「えっとね、ジロー。ちょっと聞きたいんだけど……」

「ああ」

「その……。あのとき、何て言った?」


 ……?

「ミッケ、歯切れが悪いぞ」

「だから、つまり……。王城で、ブゼラ大臣があんたに尋ねたでしょう? あたしのこと、誰かって」

「ああ、そういえば」

「……」

「……」


 ミッケが、オレのほうをちらちらと窺っている。

 まあ、何だ。

 確かにオレの本心ではある。

 個人的には、面と向かって口にする言葉じゃないと思うんだが、これだけ期待に満ちた顔をされるとな。


「あー、その」

「ええ」

「仲間って言った」


「……本当に?」

「本当に」

「そ、っか」

 ミッケは何やら、ご満悦の様子だ。


「ふふっ……。仲間、かぁ」

 嬉しそうに口元を綻ばせると、ミッケは足早に部屋から出て行った。


 そうだよな。

 ヌイは魔王だし、他の魔物はミッケの部下のようなものだ。

 仲間なんて、望んで得られるものじゃなかったに違いない。


「ジロー」

 視線を落とすと、羽根ペンの先をインク瓶に浸したまま、ヌイが悩んでいた。

「王様宛の書簡の書き方、わからない」

「こっちは魔物だぞ? そんなものは適当でいい。魔王が差出人で、アマニール王に提案があるってことがわかれば充分だ」

「ん」


 ヌイがペン先を、羊皮紙に走らせていく。

「そうだな。許可なく相手の領域に踏み込んだ者に対しては、正当な条約に基づき、これを迎撃する権利を行使できる。次に……」

 オレの助言を受けて、条文を記していたヌイが、ふと手を止める。


「ヌイ?」

「ジロー。魔物が襲われない大陸。永遠に続く?」

「無理に決まってる」

「そう」

 あっさり答えるオレに、納得したように頷くヌイ。


「永遠の平和なんて、人間同士でも不可能だからな。まして異種族では有り得ない」

「うん」

「だから、この休戦協定が破られそうになったら、何らかの手を打つ。それが破られそうになったら、また次の手を打つ」

「ん」

「平和ってのは何であれ、そういったつぎはぎの積み重ねで、成り立つもんだ」


「ジロー」

「ああ」

「これからも、力を貸してくれる?」

 黒曜石の双眸を真っ直ぐに向けて、ヌイが見上げてくる。

 オレは考える素振りをした。


「そうだな。条件がある」

「条件?」

 ヌイの大きな瞳が、僅かに揺れた。

 不安を感じたのだろう。

 唇の端を釣り上げて、オレは告げた。


「オレを魔王の側近にしてくれ」


 誰にも話したことのない、ささやかな、オレの見栄とこだわりだ。

 何せこの城に来た当初に、オレはミッケを見返すため、魔王城における地位の向上を誓った。

 下働きに甘んじるオレじゃない。


「うん」

 大して悩む様子もなく、ヌイが受け入れる。

「でも、どうして?」

「オレだって自室を持ちたいし、白パンを食べたい」

「……」


 一瞬、きょとんとして。

 それからヌイは、小さく笑った。

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