復讐 ―ブゼラ大臣―
ウサウサが扉の隙間から、這いずるように部屋に侵入して錠を上げた。
すかさずミッケとオレが、立て続けに突入した。
「なっ、何者じゃ!?」
執務室の豪奢な椅子に、でっぷりとした中年の男がふんぞり返っていた。
頭頂部だけ髪が薄い。
衣服は上物の絹をしつらえている。
こいつがブゼラ大臣だ。
「ホノオ」
「ぎゃあっ!」
「死にたくなければ騒ぐな」
「うっ……」
見せしめにデスク上の羊皮紙を燃やしてみせたら、大人しくなった。
ブゼラ大臣は、中途半端に腰を浮かせたまま、額から脂汗を流している。
「ミッケ、扉を閉じてくれ。ウサウサは外の監視だ」
「ええ」
「はい~」
オレはデスクに詰め寄ると、杖を突きつけた。
意識せず目つきが険しくなる。
そう、眼前にブゼラ大臣がいる。
オレを謀った憎き元凶の1人だ。
「久しぶりだが、もちろんオレを覚えているだろうな?」
肥えて脂の浮いた顔で凝視され、オレは嫌悪と憎悪で手が震えた。
「……まっ、まさか、元宮廷魔法使いのジロー・アルマ!」
「その節は大変世話になった」
オレの剣呑な声色を察したのか、ブゼラ大臣が「ひっ」とすくみ上がる。
「ちっ、違うんだ! ワシは国家反逆罪など反対したんだ! き、貴様の仲間だ! 勇者ユウ・ラシアリスにそそのかされて……」
「御託はいい。そのユウ・ラシアリスと、ついでに戦士セン・ザンコウの居場所を教えろ。命が惜しければな」
今回の計画は、大臣と将軍の暗殺が主軸だ。
しかし聖剣シバを握られている以上、あの2人も放置しておけない。
オレの問いかけに何らかの希望を見出したのか、ブゼラ大臣の分厚い唇が、引きつりながら笑みを作った。
「ほ、ほほう! あ、あの2人の居場所が知りたいんじゃな? そ、そうだろうなあ。魔王の秘密を暴かれたからには、気が気ではなかろう」
「……どういう意味だ」
オレは杖の先を、ブゼラ大臣の額に押し付ける。
大臣の顔色が一気に青ざめた。
「まっ、待てっ! さ、先に約束しろ! 元宮廷魔法使いの誇りに誓って、わ、ワシを助けると……!」
反吐が出る思いだ。
いくら政治能力が優秀でも、権力と保身を最優先にする一国の大臣。
肥え太った図体が、ブゼラ大臣の本質を表しているように見えた。
「……いいだろう」
「ほっ、本当だろうな!? そっちの使用人の女は、貴様の部下か? そいつも……」
「仲間だ。だが約束する、お前に手は出さない」
背後のミッケが、小さく息を呑む気配がした。
オレの返答に、ブゼラ大臣はしゃくりあげるような笑い声を立てた。
「けっ、賢明じゃな! そうじゃろう! ワシの情報一つで、貴様の大事な魔王は……」
「だが余計な口を叩けば、オレもうっかり手が滑りそうだ」
「……っ。ゆ、勇者ユウ・ラシアリスめが、いつだったか報告してきおったわい。あの城には必ず、魔王を無敵たらしめている仕掛けがある。それを見破れば、魔王は倒せると!」
やはりか。
ヌイが、ユウやセンを生かして帰したことが、ここにきて裏目に出るとは。
「わ、ワシは、し、仕方なくじゃぞ! 仕方なく、部下を魔王城に送り込んで調べさせた。そして突き止めたわい。守りのガーゴイル像とやらを破壊すれば、魔王は無敵ではなくなるんじゃろう?」
まさか……。
オレの背筋を冷たいものが流れ落ちる。
「……その部下は、どんなヤツだ?」
「と、盗掘屋に扮した魔法使いじゃ」
――!
オレが取り逃がした、あの魔法使いだ。
自業自得なんてものじゃない。
オレの失敗が、よりにもよって、魔滅の矛となってヌイに返ってくるとは。
だが平静を保て。
自虐も後悔も後回しだ。
今、最も必要な質問を、オレは繰り返した。
「ブゼラ大臣。ユウ・ラシアリスと、セン・ザンコウは、今どこにいる」
「し、しばらく前に、何百人もの兵士を引き連れて、魔王城に向かったわい。今頃ちょうど、到着しておるはずじゃ」
完全な入れ違いだ。
失敗と不運の相乗が、最悪の結果をもたらす。
……いや、早計だ。
間に合わないと決まったわけじゃない。
ヌイが負けると決まったわけでもない。
今やるべきことは、一刻も早く、魔王城に戻ることだ。
「ブゼラ大臣、協力感謝する。ところで元宮廷魔法使いの誇りにかけて、お前の命を助けようと思うが――」
「くっ、苦しゅうない。は、早くどこぞに姿をくらませ……がぼっ!」
オレは杖の先を、ブゼラ大臣の口にねじ込んだ。
「よく考えたら宮廷魔法使いに未練はないし、つまるところ、そんな誇りはもうなかった。奇しくもお前のおかげだな、大臣」
ブゼラ大臣の顔面が、青を通り越して土気色になった。
滝のような汗が、脂肪まみれの首を伝っている。
杖をきつく握り締める。
胃が収縮し、何かがせり上がってくるような錯覚。
人の命を奪うことに対する、生理的な拒絶反応だ。
子どもの頃に焼き殺したいじめっ子と、全身を震わせるブゼラ大臣の姿が重なる。
一瞬だけ瞑目し、オレは自分の意思で、魔法を紡いだ。
「イカヅチ」
ブゼラ大臣のでっぷりした身体が、手足が、何度も跳ね、やがて動かなくなった。
絶命したその口から、薄い煙が立ち昇った。
オレは杖をブゼラ大臣の服で拭うと、振り返った。
ミッケがいる。
扉の向こうにはウサウサもいる。
感慨や自己憐憫に浸るのは、全てが終わった後でいい。
「脱出だ。急ごう」




