表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/50

潜入

 目覚めは自然だった。


 変な角度で寝たせいか、首筋が若干固まっているが、身体は軽くなっている。

 オレは立ち上がって肩を回した。


「おはよう。夜だけど。すぐに出る?」

 ミッケが身を屈めて、窓の外を窺っていた。

 すでに日没は過ぎ、夜の帳が下りている。


「ああ。ここからは時間との勝負だ。準備はいいか?」

「あんたの覚悟以外はね」

「……大丈夫だ。手はず通りに行くぞ」

「ええ」


 オレたちは窓の木板を押し上げ、屋敷の裏庭に出た。

 足音を立てないよう細心の注意を払い、屋敷を囲う鉄柵に近づく。


「まだ門番がいるわ」

「あいつらは交代制だから、一日中いる」


 オレは腰紐から杖を引き抜き、小声で「キリ」と唱えた。

 周囲に夜霧が発生し、闇をより色濃くする。

 ミッケが一足飛びで、柵の上に飛び乗る。

 何度見ても、魔物の身体能力には驚かされる。


「さ、早く」

「助かる」

 差し出されたミッケの手を借り、オレも柵上によじ登った。

 十数歩の距離を隔てて、門番が「霧が出てきたなあ」とぼやいた。


 夜霧に姿を溶け込ませながら、オレたちは柵を乗り越えた。

 身を低くし、2人して夜の王都を駆け抜ける。


「どうして裏路地じゃなくて、表通りを行くの?」

「表通りを歩くような、真っ当な人間は、夜は出歩かないのが普通だ。裏路地のほうが酔っ払いとかに出くわす」

「へえ……」


 やがて、王城を囲む城壁が、そびえ立つように視界に入る。

 おぼろげな月明かりのおかげで、路地脇の樽や木箱にぶつかる心配もない。

 途中で物陰に身を潜め、見回りらしき兵士をやり過ごす。

 城門と城下町を結ぶ跳ね橋は、当然ながら上がっていた。


「もう半周だ。城の側面から侵入する」

 小声でやり取りをし、オレたちは歩調を緩めた。

 より慎重に足音を殺しながら、水堀に沿って移動する。


「このあたり?」

「ああ」

 目の前に堀が横たわっている。

 暗くて視認は難しいが、水がゆるやかに流れている。


「飛び越えられない?」

「バッタかよ」

 オレは杖を正眼に構え、呼吸を整える。

 ここは万が一にも失敗できない。

 普段より時間をかけて、頭の中にイメージを思い描く。


「ヒョウガ」

 硬いものがひび割れるような音が、断続的に響く。

 急に空気が冷え込んだ。

 目の前の水が凍りつき、橋のようになった。


「しばらく保つ。頼んだ」

「任せて」

 オレは滑りつつ危なげに、氷の橋を渡り切る。

 城壁に両手をつき、両足を踏ん張る。

 ミッケが軽快に、後に続いた。


「やっ!」

 ミッケが気合とともに、オレの背中を踏み台にし、高々と飛び上がった。

 そのまま静かに、城壁の上へと舞い降りる。

 ドレススカートを華麗にはためかせる姿が、月光を背負って映えた。


「何をぼうっとしているの。ほら」

 下ろされたホウキの柄にすがり、オレも城壁の上に引き上げてもらう。

 と、一日の終わりを告げる鐘が、厳かに鳴り始めた。

 夜の静寂に乗って、重厚な音色が王都中に響き渡る。


「いい時間だ。見ろ、城の上層の窓からロープが下りてきた。ウサウサのヤツ、上手くやってくれたな」

 オレの指差す先を見上げ、ミッケは嘆息交じりに頷く。


「まあ、ここからあんたは、楽をするんだけど」

「ロープで壁のぼりなんて、常人の所業じゃない。ミッケだからこそ可能なんだ。頼りにしている」

「悪い気はしないけど、素直に喜べないわ」


 ミッケはオレを無造作に抱えると、城壁から飛び降りた。

 さすがに足音が響いたが、幸いにも見回り兵に聞き咎められた様子はない。

 城の壁に素早く駆け寄り、改めて見上げる。

 8階の窓だ。

 高い。


「ホウキをお願い。落としたら死ぬまで殺すからね」

「ミッケがホウキを大事にしてるってことは、必要以上に伝わってきた」

 オレはホウキを受け取ってから、ミッケの首に腕を回し、背中にぶら下がる。

 ミッケに背負ってもらう形だ。


「ていうかあんたも落ちないでよ。助けてあげられないから」

「善処する」

「んっ……よしっ!」

 ミッケは一度、深呼吸をすると、ロープを握って壁を上り始めた。


「ふっ、ふっ、ふっ……」

 一呼吸ごとに、足で壁を蹴り、両手でロープを繰って登攀していく。

 いいリズムだ。

 背中の揺れが激しくて、喋ると舌を噛みそうだ。


 これはオレの推論になるが、魔物は身体を動かす仕組みからして、人間とは若干違うのかもしれない。

 人間は体力を消費して身体を動かす。

 魔物は体力のほかに、生まれもっての魔力まで、身体の動作に流用できるのだろう。


 そうであれば、平均的な魔物がおしなべて、平均的な人間よりも身体能力に優れている事実に説明がつく。

 つまり身体に備わっている魔力という第三資源を、そのままでは活用できないあたり、人間という種族は効率が悪いわけだ。


「ついたわ」

 ミッケの声で、オレは思考の世界から現実に引き戻される。

 石壁を切り抜いたような窓が、眼前にぽっかりと口を開けていた。

 ロープが垂れており、窓板はすでに開いた状態だ。


「……ジロー、早く。ロープに掴まったままって、結構きついから」

「わかった」

 苦労してミッケの身体を這い登るが、支えがないためどうにも難しい。

 断じて過失だが、手が何か柔らかいものに触れた。


「ひゃっ」

「すまんわざとじゃない本当だから押すな揺らすな死ぬ死ぬ!」

 落ちたら正しく冗談では済まない。


 ミッケが睨んでくるので、オレは自分の身体をそそくさと窓に押し込み、そのまま室内に転がり込んだ。

 続いてミッケも侵入する。


「ふう……」

「はあっ……はあ、はあ……」

 使われていない倉庫のような部屋だった。

 埃っぽい戸棚やテーブル、木製の衣装掛けが乱雑に放り込まれている。

 オレは緊張から、ミッケは疲労から、肩を大きく上下させた。

 さしものミッケも無尽蔵の体力とはいかないようだ。


「ご主人様~。おつかれさまです~」

 今回の、もう1人の功労者が、足元でどろどろしていた。


「うむ。重そうな本棚の足に、ロープを上手く結びつけているな。タイミングもよかった。ウサウサ、いい仕事をしたぞ」

 オレが褒めてやると、ウサウサは「えへへ~」と水性の身体をのたくらせた。

 撫でる頭がないのが残念だ。


「ミッケもよくがんばってくれた。ここからが本番だが、いけるか?」

 ホウキを返す。

 ミッケは金髪を無造作に後ろに流した。


「どっかの変態のせいで、ねぎらわれても嬉しくないけど、もう平気よ」

「だから悪かったって」

「……いいけど。で?」

「ああ。ウサウサ、大臣は今どこにいる?」

「あっちの~えぇと~、執務室ってところにいます~」

「1人で?」

「はい~」

「上出来だ」


 オレとミッケは頷き合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ