表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/50

ミッケとの会話

 質素な居間だった。


 柄のないテーブルクロスを被せた、木製のテーブル。

 年季の入った皮張りのソファ。

 あちこちに空きのある戸棚。

 薪のない暖炉。


 いかにも将軍の人柄を表しているようだが、本人はすでに石になっており、黙して語らない。

 扉を軋ませ、ミッケが居間に戻ってきた。


「どうだった?」

「使用人は5人しかいなかったわ。気絶させて厨房に放り込んだけど、殺さないの?」

「今回の計画とは無関係だからな」

「いいけど、甘いわね。あんたのほうは?」

 オレはソファに身を沈ませて、窓の外を見遣った。


「門番に伝えておいた。将軍と夕食を共にすることになったってな。しばらくは大丈夫だろう」

「そ。これからどうするの?」

「それなんだが、ウサウサ」

「はいぃ~」

 オレが呼ぶと、床でうごめいていた水性体が盛り上がる。


「手はずは覚えているな? 先に王城に忍び込んでおいてくれ。こうなれば今夜、大臣の暗殺も決行する」

「わかりました~」

「ウサウサ」

「はい~」

 何と声をかけるか迷ったが、ウサウサは無条件でオレを信頼し、命令を実行するだけだ。


「兵士に見つからないことを最優先にすれば、お前ならやれる。大丈夫だ」

 結局、無難な助言に落ち着いた。

 それでもウサウサは、嬉しそうに身体を弾ませた。

「お任せください~」

 扉の隙間から這い出ていくスライムを見送って、オレは一息ついた。


「心配?」

「ロープを結ぶ練習なら充分に積ませた。問題ない」

「でもいきなり今日やるのね。将軍がああなっちゃったから、仕方ないけど」

「日をずらすと、警戒されて難易度が跳ね上がるからな。将軍暗殺がバレていない今が、最大の好機だ」

「石になっただけで、まだ死んではいないんじゃない?」

 ミッケが、石像となったライ・ノッサ将軍に近づく。


「石化を戻す方法なんて、あたしは知らないけど。探せば、もしかしたらあるかも」

「そうだな」

 わかってはいる。

 が、気が進まない。


「ねえ、ジロー。この将軍は、あんたの復讐とは関係ないのよね?」

「まあな」

「そ」

 ミッケは石像をホウキで突いた。

「おい!?」


 オレは腰を浮かせたが、遅かった。

 将軍の石像は派手に倒れ、鈍い音を立てて、首や腕がへし折れた。


「これで万が一、石化が解けても、復活は有り得ないわね」

「血も涙もないな、お前」

「あんたも魔王城への道中で、魔物を殺したこと、何度もあるでしょう? そのときは良心の呵責とか感じた?」

「……いや」

「そういうことよ」

 再びソファに沈み込み、オレは沈鬱に息を吐いた。


「奥方は先立っているが、確か遠方の領地にご息女がいたはずだぞ。あと使用人にも好かれてたはずだから、恨まれるかもな」

「構わないわ。大体、人間の将軍なんて、あたしたちからすれば怨敵みたいなものだし」

「それもそうか……」


 人間と価値観が違うことは充分に理解しているが、それでもミッケの潔さが、オレには少し妬ましい。

 覚悟は決めているものの、ブゼラ大臣を前にして、オレは本当に手を下せるのか……。


 思案の海から意識を引き戻すと、ミッケが荷物袋から、着替えの使用人服を取り出しているところだった。

 どうせオレが見ても気にしないだろうが、いちおう気を利かせて後ろを向く。


「商人服、そんなに嫌だったか?」

「少なくとも、着慣れてる服のほうが落ち着くし、気合も入るわね」

 背後から衣擦れの音が聞こえる。

 オレも自分の荷物袋から、水袋と布を取り出した。


「同感だ。ここからは気の持ちようが、成功の一助になるからな」

 布を湿らせ、自分の顔を拭く。

 顔料が落ちると、やはりすっきりした気分になる。

 ついでに見習い商人服を脱ぎ去り、綿のチュニックとズボンに着替える。


「あんたにとって、人間ってそんなに価値があるの?」

 唐突な質問に、オレは振り返りかけた。

 ミッケの白い肌着やドロワーズが垣間見えて、慌てて視線を戻す。


「えっとね。あんた、アマニール王国に手酷く裏切られたでしょ? でもまだ未練がありそうに見えて」

「まあな……。確かに、人間大好きってわけじゃない。むしろ人間不信に近い状態に、陥ったことさえある」

「それは想像できるかも」


「とはいえ田舎の親兄弟だって、世話になった魔法研究所の所長だって、あとまあ数少ない大切な友達だって、全部、アマニール王国にいるんだぞ? そんな中で、自分の居場所がなくなるってのは、普通の人間には耐えられることじゃない」

「やっぱり友達少ないんだ」

「そこに言及するな。頼むから」


 ミッケが可笑しそうに笑う。

 オレは憮然としながら、チュニックの上から麻のローブを纏った。

 やはり魔法使いの正装は、こうでなくては。


「よし、っと。やっぱり使用人服はいいわね」

 今度こそ振り返ると、ミッケが大層ご満悦の表情を浮かべていた。

 その場で回ると、長めのスカートがふわりと舞った。


「見慣れた格好がそばにいるってのは、多少なりとも緊張が和らぐな」

「ジローって気が小さいから」

「うるさいな。少し寝て、体力を温存しておく」

「ええ。あたしは、カゴのコカトリスが騒がないように、パンくずでもあげてるわ」


 オレはソファに寝そべって目を閉じる。

 途端に全身が重く感じた。

 思った以上に気が張っていたらしい。

「そうね。捨てたものじゃない人間もいるわね……」


 まどろみの狭間でミッケの声を聞きながら、オレは眠りに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ