ミッケとの会話
質素な居間だった。
柄のないテーブルクロスを被せた、木製のテーブル。
年季の入った皮張りのソファ。
あちこちに空きのある戸棚。
薪のない暖炉。
いかにも将軍の人柄を表しているようだが、本人はすでに石になっており、黙して語らない。
扉を軋ませ、ミッケが居間に戻ってきた。
「どうだった?」
「使用人は5人しかいなかったわ。気絶させて厨房に放り込んだけど、殺さないの?」
「今回の計画とは無関係だからな」
「いいけど、甘いわね。あんたのほうは?」
オレはソファに身を沈ませて、窓の外を見遣った。
「門番に伝えておいた。将軍と夕食を共にすることになったってな。しばらくは大丈夫だろう」
「そ。これからどうするの?」
「それなんだが、ウサウサ」
「はいぃ~」
オレが呼ぶと、床でうごめいていた水性体が盛り上がる。
「手はずは覚えているな? 先に王城に忍び込んでおいてくれ。こうなれば今夜、大臣の暗殺も決行する」
「わかりました~」
「ウサウサ」
「はい~」
何と声をかけるか迷ったが、ウサウサは無条件でオレを信頼し、命令を実行するだけだ。
「兵士に見つからないことを最優先にすれば、お前ならやれる。大丈夫だ」
結局、無難な助言に落ち着いた。
それでもウサウサは、嬉しそうに身体を弾ませた。
「お任せください~」
扉の隙間から這い出ていくスライムを見送って、オレは一息ついた。
「心配?」
「ロープを結ぶ練習なら充分に積ませた。問題ない」
「でもいきなり今日やるのね。将軍がああなっちゃったから、仕方ないけど」
「日をずらすと、警戒されて難易度が跳ね上がるからな。将軍暗殺がバレていない今が、最大の好機だ」
「石になっただけで、まだ死んではいないんじゃない?」
ミッケが、石像となったライ・ノッサ将軍に近づく。
「石化を戻す方法なんて、あたしは知らないけど。探せば、もしかしたらあるかも」
「そうだな」
わかってはいる。
が、気が進まない。
「ねえ、ジロー。この将軍は、あんたの復讐とは関係ないのよね?」
「まあな」
「そ」
ミッケは石像をホウキで突いた。
「おい!?」
オレは腰を浮かせたが、遅かった。
将軍の石像は派手に倒れ、鈍い音を立てて、首や腕がへし折れた。
「これで万が一、石化が解けても、復活は有り得ないわね」
「血も涙もないな、お前」
「あんたも魔王城への道中で、魔物を殺したこと、何度もあるでしょう? そのときは良心の呵責とか感じた?」
「……いや」
「そういうことよ」
再びソファに沈み込み、オレは沈鬱に息を吐いた。
「奥方は先立っているが、確か遠方の領地にご息女がいたはずだぞ。あと使用人にも好かれてたはずだから、恨まれるかもな」
「構わないわ。大体、人間の将軍なんて、あたしたちからすれば怨敵みたいなものだし」
「それもそうか……」
人間と価値観が違うことは充分に理解しているが、それでもミッケの潔さが、オレには少し妬ましい。
覚悟は決めているものの、ブゼラ大臣を前にして、オレは本当に手を下せるのか……。
思案の海から意識を引き戻すと、ミッケが荷物袋から、着替えの使用人服を取り出しているところだった。
どうせオレが見ても気にしないだろうが、いちおう気を利かせて後ろを向く。
「商人服、そんなに嫌だったか?」
「少なくとも、着慣れてる服のほうが落ち着くし、気合も入るわね」
背後から衣擦れの音が聞こえる。
オレも自分の荷物袋から、水袋と布を取り出した。
「同感だ。ここからは気の持ちようが、成功の一助になるからな」
布を湿らせ、自分の顔を拭く。
顔料が落ちると、やはりすっきりした気分になる。
ついでに見習い商人服を脱ぎ去り、綿のチュニックとズボンに着替える。
「あんたにとって、人間ってそんなに価値があるの?」
唐突な質問に、オレは振り返りかけた。
ミッケの白い肌着やドロワーズが垣間見えて、慌てて視線を戻す。
「えっとね。あんた、アマニール王国に手酷く裏切られたでしょ? でもまだ未練がありそうに見えて」
「まあな……。確かに、人間大好きってわけじゃない。むしろ人間不信に近い状態に、陥ったことさえある」
「それは想像できるかも」
「とはいえ田舎の親兄弟だって、世話になった魔法研究所の所長だって、あとまあ数少ない大切な友達だって、全部、アマニール王国にいるんだぞ? そんな中で、自分の居場所がなくなるってのは、普通の人間には耐えられることじゃない」
「やっぱり友達少ないんだ」
「そこに言及するな。頼むから」
ミッケが可笑しそうに笑う。
オレは憮然としながら、チュニックの上から麻のローブを纏った。
やはり魔法使いの正装は、こうでなくては。
「よし、っと。やっぱり使用人服はいいわね」
今度こそ振り返ると、ミッケが大層ご満悦の表情を浮かべていた。
その場で回ると、長めのスカートがふわりと舞った。
「見慣れた格好がそばにいるってのは、多少なりとも緊張が和らぐな」
「ジローって気が小さいから」
「うるさいな。少し寝て、体力を温存しておく」
「ええ。あたしは、カゴのコカトリスが騒がないように、パンくずでもあげてるわ」
オレはソファに寝そべって目を閉じる。
途端に全身が重く感じた。
思った以上に気が張っていたらしい。
「そうね。捨てたものじゃない人間もいるわね……」
まどろみの狭間でミッケの声を聞きながら、オレは眠りに落ちた。




