あっ……
「我輩に珍しい動物を持ってきたのは君たちかね!」
屋敷の入り口から、引き締まった巨躯の男が登場した。
年のころは初老で、白いあごひげがよく似合っている。
彼こそが目的の人物、ライ・ノッサ将軍だ。
頼み込んだとはいえ、旅の商人にも面会してくれるあたり、評判通り気さくな人物のようだ。
「ああ、ご苦労。もう下がっていい。さて、そのカゴのニワトリかね?」
将軍は使用人を下がらせると、目尻を和らげて身を屈めた。
ミッケが慌てて、カゴを差し出す。
「はっ、はい。黄金ニワトリといいまして、愛情を持って育て上げれば、この立派なトサカがいずれ黄金のような輝きを……」
気圧されたのか若干引きつった笑顔で、ミッケが口上を述べる。
将軍はますますカゴを覗き込んだ。
コカトリスはのん気に「コケー」と鳴いている。
「ほほう。知っておるだろうが、我輩は珍しい動物に目がなくてね。なるほど、これほど立派なトサカを持つニワトリを見るのは初めてだ。しかも、これはこれは、目もつぶらで可愛らしいではないかね」
「そっ、そうなんです。このニワトリは愛情に敏感なので、将軍様が手ずから餌やりを行うことで、誰よりも将軍様に懐いてくれます」
オレは黙って、ミッケと将軍のやり取りに聞き入っている。
いい感じだ。
打ち合わせ通りにきちんと、将軍自らの餌やりを勧めている。
「……というわけで、黄金ニワトリ、ぜひお納めください。もしよろしければ、お屋敷内までお運びしましょうか?」
「いやいや、それには及ばない。我輩が運ぼう。それにしても、惚れ惚れするほど見事なトサカだ。ちょっと撫でさせてくれたまえ」
将軍がカゴの隙間から手を入れる。
コカトリスがくちばしで、将軍の指をつついた。
「あっ……」
「あっ……」
「あ……?」
瞬きほどの間に、将軍は石像と化していた。
ぽかんと口を開けた顔、整えられたあごひげ、腰の剣、果ては靴先まで、見事なまでに硬く冷たい灰色となった。
「えっ……。あっ、ど、どうしよう……!?」
予想外の事態にミッケが混乱した。
オレも呆然としかけたが、慌てふためくミッケのおかげで、逆に冷静さを取り戻した。
「おお落ち着け! 入り口を覗け。屋敷の中を確認しろ」
いや、オレもどもった。
深呼吸を一つして、門のほうを振り返る。
大丈夫だ。
門番は屋敷に背を向けている。
「え、えっと。屋敷の中。玄関。誰もいないわよ。どうする?」
「まずは門番に気づかれないように、屋敷の中に将軍を運び入れるぞ。静かにな」
「う、うん」
オレとミッケは、抱えるように将軍の石像を持ち上げ……。
持ち上げ……。
「おっも……!」
「む、無理だ……。2人で持ち上げられる重さじゃない!」
「そもそもあんた貧弱すぎない?」
「魔法使いに何を期待してるんだ!?」
「ああもう、いっそここで蹴倒して破壊しましょう!」
「こんなところで門番にバレたら、計画自体が終わるからな!?」
ええい、言い争っている場合じゃない。
どうやら門番は職務に忠実で、大通りのほうだけを見張っているようだが、いつ気まぐれを起こすかわからない。
「ご主人様~」
足元を見ると、水溜りがうごめいていた。
ウサウサだ。
「お困りのようですけど~、大丈夫ですか~?」
「お前、勝手に水瓶から出て……いや、いいタイミングだ。偉いぞ、ウサウサ」
「えへへ~」
「どうするの、ジロー?」
「石像を傾ける。当然、足元に隙間ができるから、そこにウサウサを潜り込ませる。あとはウサウサが弾力体になれば、石像が僅かに浮く。オレたちが押して運ぶ。完璧だ」
「りょうかいです~」
「じゃあ急ぎましょう。んっ……!」
「ぬお……!」
オレたちは体重をかけて、石像を傾ける。
横倒しにならないように加減をするが、中々に神経を使う。
ウサウサが這いずるように、石像の足元に滑り込んだ。
「えい~」
間延びした掛け声とともに、スライム特有の水性体が弾力を帯びる。
「今だ、慎重に押していくぞ」
「ええ」
「ご主人様~重いです~」
「我慢しろ。屋敷内の居間あたりまで運ぶんだ」
「はいぃ~」
幸いにも、使用人には出くわさなかった。
屋敷の扉を潜り抜け、廊下を経て、オレたちは居間に石像を運び込んだ。
互いに背中合わせで座り込み、オレとミッケは盛大に息をついた。
「ご主人様~疲れましたぁ~」
「今更だけど、あんたの計画……綱渡りすぎる」
ウサウサとミッケが、口々に不平を漏らす。
かくいうオレも不安になってきたが、もちろん態度には出さない。
「結果、成功したんだ。細かい過去に囚われず、未来を信じることが大切だぞ」
「なぜかしら。いいことを言ってるように聞こえるわ……」
ミッケは遠い目をした。




