計画開始
昼下がりの王都は騒々しい。
北の空に慣れた目には、陽光が眩しかった。
「今更だけど、あんたってほんと、突拍子もない計画を思い付くわね」
人の行き交う大通りで、ミッケはまだぶつぶつ言っていた。
荷車を引きながらも息の切れた様子はない。
「もちろん、これで上手くいくかもしれないわよ? でも、どうしてあたしが商人の格好なんて……」
そして不満の内容はもっぱら、オレが着させただぼだぼの商人服に終始していた。
ついでに荷物袋も背負っている。
まあ確かに、お世辞にもセンスがいいとは言えない。
「服にゆとりを持たせて、恰幅のよさを示すことが、商人にとっては一種のステイタスだ。さっきも説明したじゃないか」
「人間って変なところにこだわるんだから……」
「お前だって、こだわりでホウキを持ってきてるだろう。商人には不釣合いだってのに」
「ホウキはいいの」
かくいうオレは、地味な色合いの見習い商人服だ。
同じ荷車を押しているのに、なぜかオレだけ腰が痛い。
ミッケの体力を少し分けてほしいものだ。
「で、ライ・ノッサ将軍の屋敷はどっちだっけ?」
「この大通りをもう少し進んだら、左に折れる。で、町外れまでひたすら真っ直ぐだ」
「それにしても、賑わってるわね。日頃から買い出しに行く町ほど多種多様じゃないけど、いろんなものが売ってる」
「さすがに交易都市と比べたらな。とはいえ王都の品揃えも、悪いもんじゃないぞ」
「そうね。あ、あの青銅の瓶、ヌイ様の予備のインク入れにどうかしら」
ミッケはもう機嫌が直りつつあるようだ。
単純なヤツだ。
まあオレも、ミッケが楽しそうにしているぶんには、悪い気分じゃない。
大通りを左折し、町外れまで荷車を進めると、ほどなくして鉄柵に囲まれた石造りの屋敷が見えてきた。
「あそこが将軍の住まいだ」
「へえ……。屋敷っていっても、思ったよりは小さいのね?」
「ああ。豪華絢爛を絵に描いたような貴族たちには、もう少し見習ってほしいもんだな」
屋敷の門には、2人組の門番が立っていた。
どちらも革の鎧を着込み、鉄製の槍を携えている。
「おーい、止まれっ」
門番の片割れが声をかけてきた。
オレたちは素直に荷車を止める。
「商人だね。どこから来たんだい?」
話しかけてきたのは、人のよさそうな門番だ。
もう片方の門番はむっつりと黙り込んでいる。
役割が決まっているのかもしれない。
「東のソンドラ村からです。この王都に、動物を売りに来ました」
ミッケがにこやかに対応する。
何だこいつ演技上手いぞ。
しかしホウキだけが明らかに浮いている。
門番も妙な顔をした。
「ほー、動物をねぇ。珍しいな、ちょっと見せてくれるかい?」
「ええ、どうぞ」
ミッケが荷車を覆っていた布を取り払う。
小さな木製のカゴがいくつもあらわになった。
「ふーん、平凡な草原猫に、ぶちリスに豆豚に……おっ、こりゃあ珍品だね。こんなに立派なトサカのニワトリは初めてだ。こっちの壷は、ただの水瓶かな」
「えへへ。……それで、珍しい動物好きの将軍様に、ぜひお納めいただければと。いえっ、ほんとに純粋な贈り物で、他意は全然!」
門番たちは、オレがジロー・アルマだと気づいた様子はない。
ミッケが正体不明の顔料や塗料で、顔の印象をかなり変えてくれたおかげだ。
町娘たちは日々こうして化けているのだと、身をもって実感した。
「……ただ将軍様のお気に召せば、この町でも上手くやっていけると思うんです。両親も他界してしまって、あたしたちにはもうこの商売しか……。どうかお願いします」
ミッケの熱意に押し負けたのか、門番の1人がやれやれといったふうに、屋敷の入り口まで伝言に行ってくれた。
遠目に見ていると、入り口から若い使用人が出てきて、門番と言葉を交わしている。
やがて門番が戻ってきて、「失礼のないようにね」とオレたちを通してくれた。
ミッケとオレは頭を下げて、ニワトリのカゴだけ運び出す。
荷車はさすがに入れない。
そう、これこそが計画だった。
このニワトリ――もちろんコカトリスだ――を献上し、将軍にかいがいしく世話をしてもらう。
あとは放っておいても、コカトリスが将軍を石に変えてくれる寸法だ。
更に、時間を置いてからこっそりと、ウサウサが屋敷に忍び込む予定だ。
経過観察と、役目を終えたコカトリスの回収が必要だからだ。
「完璧な計画だ……。我ながら頭脳の冴えが恐ろしい……」
くぐもった笑いを漏らすオレを、ミッケが気味悪そうに見つめた。




