ウサウサの特訓
「ヌイ様、大丈夫かしら」
「その台詞、何日も前から延々聞いてるぞ」
裏庭でウサウサの特訓をしながら、オレはミッケに言葉を返す。
ウサウサは「うぅ~」と情けない声を上げつつ、ロープ結びに四苦八苦している。
水性の身体には厳しい作業だ。
「ヌイ様が自分から、人間の町を滅ぼしに行くなんて、初めてだもの。心配にもなるわ」
「そこまで不安なら、ミッケも着いていけばよかったじゃないか」
「ヌイ様か私、どっちかはこの城にいないと、何かあったときに困るでしょう」
「それもそうか」
「ヌイ様に限って滅多なことはないと思うけど、でも魔王城の外だし」
「信じてないのか?」
「信頼と心配は別物よ」
「そういうもんか」
「今日あたり帰ってくるのよね?」
「順調に行けばな」
「ね。ヌイ様、大丈夫かしら」
「……」
オレはもうミッケを放置して、ウサウサの特訓に集中することにした。
「そうじゃない。人間の手の形を、真似するんだ。水の身体に無茶言ってるとは思うが、なるべく手の部分を硬くしてな」
「はい~」
「で、ロープを手のひらに乗せて、先端を指と指で摘んで、こう結ぶ」
「は、はいぃ~」
「違うって言ってるだろう。この馬鹿」
「うぅ~、ぐすっ……」
「ああいや、悪かったから泣くな。どこに目があるのか知らないが」
「う~。がんばりますぅ~」
オレは語調を和らげて、ウサウサを励ます。
「この計画の鍵は、お前が握っている。オレたちはそれだけ、お前に期待してるんだ」
「ご主人様~……」
「お前を信用しているぞ、ウサウサ」
「はっ、はいぃ~!」
ぱああと輝きそうな雰囲気を醸し出し、ロープ結びに熱を入れるウサウサ。
単純なヤツだ。
しかし素直で努力家だ。
オレはしもべに恵まれた。
「ねえ、ジロー。ヌイ様が帰ってくるのって、今日よね?」
「だからさっき聞いた。いい加減に落ち着け。ヌイが戻ってきたら、次はオレたちが王都に出発するんだぞ?」
「そうだけど……。あっ、あれは! ヌイ様! おかえりなさいませ」
浮かれたミッケの声。
視線を巡らせると、城内からヌイが、黒衣を揺らしつつ姿を現した。
平然とした様子だ。
「ただいま。鉱山、壊滅した」
「よかった……。ヌイ様、お疲れ様でした」
「ん」
ミッケは心から安堵しているようだ。
幼いヌイが魔王城に来たときから、ずっと面倒を見てきたと言っていたが、なるほど納得できる光景だ。
というか過保護だ。
「ヌイ、お疲れ。順調にいったか?」
「うん」
自分の仕事ぶりを誇りもしない。
淡々としている。
魔王として、当たり前の行動なのだろう。
「次は、ミッケとジローの番」
「お任せください。必ず成功してみせます」
「ああ。オレの計画は完璧だ」
「つくづく見栄っ張り。ついでにあんた、細かいことをかなり根に持つ性分でしょう? 最近わかってきたんだから」
「物覚えがいいと言ってくれ」
とはいえ暗殺計画なんて、初めての試みだ。
態度くらい、自信満々を演じないとやっていられない。
「ともかくヌイとミッケは、少し休むといい。オレはもうしばらく特訓を続ける」
「ええ。また明日ね」
「ジロー。がんばって」
「おう」
2人を見送ると、オレはウサウサに向き直った。
「少しずつよくなってるな。成功するまで付き合うから、難しいところがあったらちゃんと聞くように」
「はい~」
ウサウサを見守る。
オレは手のひらを握り締め、拳を作った。
僅かに震えている。
喉が渇いていた。
「ご主人様~」
「どうした?」
「きっと成功しますよ~」
「根拠ないだろう」
「何といっても~、ご主人様の計画ですから~」
……。
「生意気な」
「ご主人様に作られましたので~」
「……こいつめ。礼なんぞ言わないからな」
「えへへ~。がんばりましょう~」
オレたちの特訓は夜更けまで続いた。




