ヌイの任務
「ん……」
「ヌイって寝起きは弱いんだな」
「だいじょうぶ」
3階に押しかけ、昼寝中――もうとっくに日は暮れていたが――のヌイを叩き起こしたのがついさっき。
着替えを済ませたヌイが、テーブルを挟んでオレと向かい合っている。
「ミッケは?」
「今日は長いこと、時間を取ってもらったからな。何やらはりきって掃除をしている」
「そう」
ヌイは眠そうに目を擦る。
ゆるやかに波打つ黒髪は、今はあちこち跳ねて見る影もない。
「あー、何だ。話は簡単に済ませるから、また寝ていいぞ」
「だいじょうぶ」
口調もぼんやりしている。
「とりあえずヌイには、鉱山の町を一つ潰してもらうが、あとはこの城で待機してくれればいい」
「ん。どこ?」
「一つだけ、山脈の北部に突出している鉱山がある。明らかに魔物の領域に食い込んでいる」
「そこって」
「ああ。以前ヌイが、オレに話してくれたな。人間が鉱山を作るために、コボルトの集落を滅ぼしたことがあるって。まさにそこだ」
「どうすれば?」
ヌイはまだどこか夢うつつだが、それでも飲み込みの速さは相変わらずだ。
「鉱山の機能を停止させる。鉱夫や守兵は適当に追い払えばいいから、坑道の破壊を優先してくれ」
「うん」
「坑道の入り口だけ埋めてもダメだぞ。奥から破壊するんだ。採掘用の設備や機具も、できれば潰しておいてくれ」
「わかった」
「現地での方法は任せるが、ヌイの力なら、正面突破でも問題ないだろう。この鉱山を潰せば、魔物の領域内に、人間の町は存在しなくなる」
「大臣と将軍の暗殺は?」
「オレとミッケでやる。これにはヌイは関わらなくていい」
ヌイが小首を傾げた。オレは説明を続ける。
「王都だと、運悪く勇者ユウに遭遇する可能性がある。聖剣シバを持つ勇者は、魔物の天敵だからな。ヌイも例外じゃない」
「でも」
「魔王城にいれば、守りのガーゴイル像のおかげで魔王は無敵だ。心配はいらない」
「あ……。ばれてた」
首を縮めるヌイ。
オレは得意げに、にやりとして見せた。
「ミッケはあれを、厄除けと呼んでいたがな。まさにヌイにとっては、厄を除けてくれる、有り難い仕掛けだったわけだ」
「うん。守りの魔法を、物にかけることで、長持ちさせてる。でも魔王城の中だけ」
「充分だ。無尽蔵の魔力が本当に羨ましくなる」
「私も、ジローが羨ましい」
「あん?」
「魔物にはない知恵」
「ああ……」
ヌイから羨望を受けると、背中がむず痒くなる。
「誰だって万能じゃない。魔王も人間も、そこは同じだ」
「ん」
オレは右手を差し出した。
ヌイがきょとんとする。
「オレに力を貸してくれ」
ヌイはオレの手をしばらく見つめてから、小さな手を、そっと重ねた。
「私に知恵を貸して」
「任せろ」




