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覚悟

 休憩がてら、オレとミッケは裏庭まで足を伸ばしていた。


 ヌイは眠くなったとかで昼寝の真っ最中だ。

「ご主人様~」

 井戸の横に置いてある木桶から、呼び声がする。

 ウサウサの住処だ。


「調子はどうだ?」

 オレが木桶を覗き込むと、中の水がぷるぷると揺れた。

「調子はいいです~。ご主人様のおかげです~」

「相変わらず間延びしてるわね、この子」

 オレの肩越しに、ミッケも木桶を見下ろす。


「そう言ってやるな。ウサウサの役割は、ここから重要になってくる」

「どういうこと?」

「大臣と将軍を暗殺する話だ。そう上手くいくと思うか?」

「いかないの?」

「酒場の吟遊詩人が歌う、物語の英雄なら、都合よくいくだろうよ。愛と勇気があれば、何だって達成できるからな」

「あたしたちは、どっちかっていうと、逆の立場ね」


「ああ。だから都合のいい奇跡や偶然なんて、僅かでも期待してはダメだ。綿密な計画と、不測時における臨機応変な対応が、全ての正否を左右する」

「世知辛いわね……。具体的には?」

「王城の下調べが、一番手間取る。城に侵入して、大臣の執務室や寝室、その部屋に大臣がいる時間、見回り兵の周回時間、ロープのある倉庫の場所などを調べ上げる。オレが王城にいた頃と同じ配置なら楽だが、楽観視すべきじゃない」


「もしかして、ウサウサに侵入してもらうのね?」

「うむ。知らない人間からすると、スライムなんてただの水溜りにしか見えない。下手な動きをしなければ、まずバレないだろう。扉や家具の隙間も通れるしな」

「そう考えると、この子すごいわね」


 ミッケが感心したように、また木桶を覗き込む。

 ウサウサは静かにしている。

 こうしてみると、透明ではないものの、本当に水にしか見えない。


「そう、すごいんだ。暗殺ってのは難易度こそ高いが、オレたちに有利な要素の一つがこれだ。魔物が暗殺に関与するなんて、人間からすれば発想の埒外だからな」

「ていうかいっそ、ウサウサに大臣を殺してもらえば?」

「こいつを褒めておいて何だが……。暗殺の実行という、最も重要な行為を、この間延びしたウサウサに任せるのか?」

「ま、まあ……そう言われると、かなり不安だけど」


 当の本人は、木桶の中で大人しくしている。

 オレたちが大事な話をしていると察したのだろう。

 よくできたスライムだ。


「それに、これは個人的なわがままになるが。オレ自身の手で、ブゼラ大臣に復讐をしたいんだ」

 オレは拳をきつく握った。

 王都で兵士に追われ、国家反逆者だと告げられたときのことを思い返す。

 冷静さを取り戻した今でも、憎しみの気持ちは心に深く根付いている。


「ジロー」

 唐突に呼ばれた。

 顔を上げると、ミッケがオレを、睨むような視線で見据えていた。

「一度だけ確認するけど。あんた、人を殺せる?」


「何だ、今更そんな……」

「復讐なんて、結局のところ自己満足。暗殺だって自分の都合。わかってるでしょう?」

「それは」

 オレは目を伏せた。


 理解している。

 裏切られたからといって、人を殺していい理由にはならない。

 昔、半ば事故で人を殺めたことはあったが、明確な意思と目的をもって人を殺したことはない。


「あたしが言えたことじゃないけど。でもあたしたち魔物と違って、真っ当な人間にとっては、そこが超えてはいけない壁でしょう?」

「……その通りだ」

「だからジロー、確認させて」

 それは最後の一線で、オレを信用していいのかという問いだ。


「あんたは、どこまでも自分の都合で人殺しになれる? 相手にも家族や友達がいるってことを、ぐだぐだ言い訳しないで受け止められる? これから人並みの人生を歩めなくなっても、自分で納得できる?」

 ミッケの言葉は鋭利な刃だ。

 ぼかしておけば楽な部分を、深々と抉ってくる。

 オレは心臓を締め上げられている気分になり、自分の胸に爪を食い込ませた。


 ただ、それでもオレは。

「……なれる」

 声が掠れた。


 もちろん復讐のためだ。

 自分のためだ。


 しかし、それだけが動機であれば、確固たる覚悟は得られなかったかもしれない。

 今のオレには、もう一つ理由がある。

 昨晩の決意を、心の中で復唱した。


「なれる」

 オレは返答を重ねる。

 今度は、声は掠れなかった。


 ミッケは少しの間、オレの目を覗き込んでいたが、「そ」と肩を竦めて空気を弛緩させた。

「まあ、裏切られて濡れ衣まで着せられたんだし、どうあっても許せないものね。野暮な質問だったわ」

「全くだ。……じゃあまず、計画の概要から伝えるから、ウサウサもしっかり聞くんだぞ」

「ええ」

「はい~ご主人様~」

 ヌイのためだとか、いちいち口に出す必要はない。


 オレはミッケとウサウサに、やるべきことを説明していった。

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