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自分のため、ヌイのため

「お前が階段でも引きずるもんだから、全身が痛い……」


 食堂まで連れてこられた。

 オレは手近な椅子に、強引に座らされる。

 木製の椅子が軋んだ。

「そこで待ってて。もし逃げたら、そのままネコに追われるネズミの気持ちを味わわせてあげる」

「お、おう……」

 ミッケの眼力に気圧され、オレはカクカクと頷いた。


「しかしミッケのヤツ、何だってんだ」

 がらんとした暗い食堂。

 かろうじて窓から、薄い月明かりが射し込んでいる。


 オレはそわそわした。

 早くヌイに会って復讐の算段をしたいのに、余計なところで水を差しやがって。

 ああ、苛々する。

 大体ミッケは偉そうなんだ。

 いや、オレも人のことは言えないが。


 目の前でコトンと音がした。

 顔を上げると、湯気立つ木製のマグカップを2つ、ミッケがテーブルに置いていた。

「どうぞ。冷めないうちに」

 ミッケもオレの対面に腰を下ろすと、マグカップを片方手に取った。


「寝てる火トカゲを起こして、温めてもらったの……って、何を呆けた顔をしてるの? 心配しなくても、普通の羊のミルクよ。毒なんて入ってないわ」

「いや……」

 オレは口をもごもごさせると、両手で包むようにマグカップを持ち上げた。

 いったいどういう心境だ?

 ミッケがオレに、わざわざホットミルクを?


「あんた、内心が思いっきり表情に出てるけど……。まあいいわ。砂糖シロップ入りだから飲みやすいはずよ」

「ああ……」

 疑念を残しつつ、オレはマグカップを口に運ぶ。


 む、甘い。

 羊のミルク特有の濃厚な味が、舌を滑り落ちていく。

 喉から胸に、温かさがじんわりと染み渡る。

 ミッケの様子を窺うと、満足そうな表情でマグカップを傾けている。

 オレは半分ほど飲んだところで、マグカップをテーブルに戻した。


「なあ、ミッケ」

「少しは落ち着いた?」

「……あ?」

 暗がりの中でも、ミッケの金色の双眸はよく映えた。


「あんた、何か大事なことを、ヌイ様に話すところだったんでしょう?」

「……まあ」

「あんな興奮した状態で」

「……」


 それでミッケの言わんとしていることを察した。

 オレが黙り込むと、ミッケは頬杖をついて、オレを見つめた。


「ねえジロー。あんた、弱いわよね」

 唐突な言葉に、オレはムッとして腕組みをする。

「だから、知恵を小賢しくやりくりすることで、これまでずっと生きてきた。そういう人間よね」

「……ああ」

「ジロー。あたし、あんたのそういうとこ、結構気に入ってる」


 ……こいつ、不意打ちだ。

 食堂が暗くてよかった。

 オレの頬は一瞬、間違いなく朱に染まった。


「でも、後先考えずに行動するあんたは、絶望的に頼りないわ」

「……うぐ」

「行動する前に。何かをする前に。まず冷静に考えようとする。それがあんたの、一番の武器でしょう?」

 そうしてミッケは、自分のマグカップを指に引っ掛けて立ち上がる。


「ヌイ様に知恵を貸してあげて。あたしたち魔物の一番の弱点は、そこだから」

 ああ。

 最終的にはヌイのため。

 それでもミッケは、こいつなりにオレを心配してくれたらしい。


「……ミッケ」

「ん?」

「……いや、おやすみ」

「ええ」


 素直に礼を言うのは癪に障ったので、オレは素っ気なく言葉を返した。

 ミッケは気にしたふうもなく、落ち着いた足取りで食堂から出て行った。

 オレはマグカップを口元に運ぶ。

 ミルクは温くなっていたが、まだ甘く美味かった。


 脈打っていた心臓は、すっかり落ち着きを取り戻した。

 憎悪はゆっくりと全身を巡っていたが、思考を麻痺させるような強い衝動は、もう消え去っていた。


「ヌイに知恵をか」

 ヌイは見返りもなく、オレに力を貸してくれると言った。

 ならば復讐に終始するのではなく、なるほど、ヌイの利益も考えるべきだ。

 一方的にヌイの力を利用するだけでは、あのエセ勇者と何も変わらない。


「いや」

 そうじゃない。

 ミッケのおかげで、冷静になれた。

 だから今こそ、今度こそ、きちんと自覚するべきじゃないのか?


 オレはもう、人間とか魔物とか関係なく、ヌイの力になってやりたいのだ。


 魔物の味方であり続けるという重い使命を、小さな背中にずっと背負ってきたヌイ。

 魔王でありながら、人間のオレに手を差し伸べてくれたヌイ。

 自分の下に集う者を、決して裏切らないヌイ――。


「このオレが、自分以上に、誰かのため……。まして、たった1人の女の子のためにだ」

 笑ってしまう。

 ああもう自覚した。

 悪い気分じゃない。


 復讐はする。

 それがひいては、ヌイのためにもなる。

 そういう計画を練ればいい。

 オレの目的はただの過程だ。

 ヌイが求める希望を、必ず実現させる――。


 睡魔に襲われるまで、オレは1人、食堂で思索していた。

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