乾燥した心
夜が更けていた。
ヌイの自室で、事の顛末を話し終える。
ミッケが眦を釣り上げた。
「とんでもないわね。人間が卑劣なのは知ってたけど、そこまでやる!?」
「魔物は邪悪なのは多いが、卑劣なのってあんまりいないよな。最終的には、力押しが多いし」
妙に感情の冷めている自分を、自覚していた。
オレは平たい口調で、ミッケに答える。
というかこいつ、オレのことで怒ってくれるんだな。
「人間がずるいだけよ。それより、ジロー。実際に、そこまでできるものなの?」
オレは椅子の背もたれに、深く背を預けた。
木がぎしりと音を立てる。
ヌイはベッドに腰掛けたまま、大人しく耳を傾けている。
「できるというか、実際にやられた」
「じゃなくて。いくら何でも勇者1人の告げ口だけで、国家反逆罪なんて適用できるの? すごい罪なんでしょう?」
「勇者の名目があったところで、普通なら難しい。しかしブゼラ大臣が、全面的に協力すれば、話は別だ」
「どういうこと?」
オレはがりがりと頭をかいた。
「以前の話だが、オレは王城で、宮廷魔法使いをしていたことがあった。魔法研究所からの成り上がりでな」
「えっ」
ミッケが耳を疑った。
ヌイも面食らっているようだ。
まあ当然か。
「別に大した役職じゃない。ようは王様の助言役だ。何かを決定する権限とかはない」
「……あんた、それで王国とか偉い人のことに、詳しかったのね」
「ああ。ただし権限がないとはいえ、王様の相談に乗り、助言をする役だ。王城内での影響力は、それなりにあった」
「大臣あたりの反感を買いそうね」
「まさにな。事実無根の不祥事をでっち上げられて、オレはブゼラ大臣に、王城を追い出された」
ヌイが「ずるい」と呟くのが聞こえた。
「ブゼラ大臣は、前にも話したが、地位と権力に執念を燃やす人間だ。王様を除けば、自分が一番偉くないと気が済まない」
「いっそ大臣が、王様になればいいんじゃないかしら」
「王族の血を引いていないから、無理なんだ」
「ああ……」
「で、オレは失意のどん底に落ちて、しばらく田舎に引きこもった。宮廷魔法使いの座は、自分の力で初めて勝ち取った栄光だったから、そりゃあ塞ぎ込んだ。そこで偶然、勇者ユウと出会い、人生やり直さないかとそそのかされて、魔王討伐に旅立つことにした」
「勇者の口車に乗せられた」
「うぐっ」
ヌイの指摘が容赦ない。
反論の余地はないので、オレは説明を続ける。
「だからまあ、ブゼラ大臣にとっては、オレをアマニール王国から、完全に排除するいい機会だったに違いない。喉に引っかかった小骨は、いくら小さくても、抜いておくに越したことはないからな」
「にしては、思ったより取り乱してないのね? 小心者のジローらしくないわ」
「冷静さがオレの信条だからな」
嘘だ。
人前で醜態を演じたくないという見栄だ。
そうしてオレは立ち上がる。
思考にかかった霞は消えていない。
疲れていた。
「どこ行くの?」
「少し歩いてくる」
ヌイとミッケの何ともいえない視線に見送られ、オレは部屋を後にした。
2階に下りると、ウサウサが見回りのゴブリンたちと、楽しそうに世間話をしていた。
珍しいこともあると思ったが、よく考えれば魔物同士、共通の話題があっても不思議じゃない。
「あ~、ご主人様~」
こっちに気づいたウサウサが、水性体を触手のように伸ばし、手を振るような仕草をした。
「またお話しましょう~」と、おっとりした口調でゴブリンたちに別れを告げ、オレの足元まで這いずってくる。
「何話してたんだ?」
「ふふ~」
顔がないため表情は不明だが、声と身体を弾ませている。
「ご主人様の作った干し肉が~、美味しいって~、ゴブリンさんに評判なんです~」
「ああ、あれか。そういえば塩だけじゃ味気ないから、ハーブも振った覚えがある」
「何だか嬉しくなっちゃって~」
主のことで単純に喜ぶ姿に、オレは口元を緩めた。
「ご主人様は~、だいじょうぶですか~?」
「オレがどうしたって?」
「えぇと~、あの~、その~」
要領を得ないあたりがウサウサらしい。
「元気が~、なさそうなので~」
「……そんなに顔に出てるか?」
「出てないです~。でも目が~」
「目が?」
「いつもは晴れそうな曇り空なのに~、今日は降り出しそうな曇り空です~」
……。
スライムの感性は、何やら独特だ。
しかしそれだけに、人間とは違ったものを読み取れるのかもしれない。
「まあ、ちょっと1人になりたい気分ではある」
「でしたら~、見張り塔はいかがですか~?」
「3階からはしごで上る場所か? そういえば、行ったことないな」
「このお城の~てっぺんです~。気持ちいいですよぅ~」
「そうだな……。そこで風にでも当たってこよう」
オレが3階に戻りかけると、ゆったりとした声が背中に届いた。
「ウサウサは~、何があっても~、ご主人様の味方です~」
「……それはオレが、お前の主だからだろう?」
所詮、魔法で作られた信頼関係だ。
意味もなくいらっとしたオレは、肩越しに意地の悪い返答をする。
「そうですけど~。それもありますけど~、でも~」
「でも?」
「ご主人様は~、ウサウサを~、捨てないでくれるって仰いました~」
「ああ……。そういえば」
「だから~、ウサウサもずっと~、ご主人様の味方なんです~」
「……」
何と返していいか、わからなかった。
素直に礼でも言おうかと思ったが、乾燥した心が邪魔をした。
結局、振り返らずに手を振って、オレはウサウサと別れた。




