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国家反逆者

「さて」

 縛り上げた兵士に杖を突きつけ、オレは目を眇めた。

 裏路地で単独行動をしていた下っ端兵士を、魔法で眠らせ、空き倉庫に引きずり込んだのだ。


「……」

 まだ少年とも呼べる年頃の兵士だ。

 気を張ってオレを睨みつけているが、口元が引きつっている。

 魔法の恐ろしさを知っているのだろう。

 好都合だ。


「叫び出さないのはいい判断だ。オレの質問に答えれば、五体満足で仲間のもとに帰れる。いいな?」

「……」

 兵士は唇を結んで、顔を背けた。

 オレはぐいと杖先を、兵士の頬に押し付ける。

 ついでに口調も凄ませる。


「短い人生とおさらばしたければ、望み通りにしてやる。オレはまた別のヤツに、同じことをするだけだ」

 誰がどう見てもオレのほうが悪者だが、この際、気にするまい。

 こっちだって追い込まれているんだ。


「な……何が聞きたい」

 兵士がようやく、押し殺した声を発する。

 裏返りかけた声色を隠そうとするあたりが健気だ。


「話は簡単だ。オレはいつ、どういった経緯で、国家反逆者にされた?」

 オレの問いに、兵士は意外そうな表情を浮かべた。

 当人が知らないとは思わなかったのだろう。

 やがて口を開く。


「しばらく前、勇者ユウ様と、その仲間のセン様が、王都に戻ってきたんだ。その……」

 そこで兵士は言いよどむ。

「……魔法使いジローが、魔王側に寝返ったせいで、惜敗し撤退したって」


 ……。

 何だって?

 頭を鈍器で殴られたような気がした。


 寝返った?

 オレが?

 裏切り者?


「ブゼラ大臣と勇者様が、具体的にどういう話をしたかはわからない。ただ、それからしばらくして、ジロー・アルマを国家反逆者とするお触れが、ブゼラ大臣から発令されたんだ……。見つけ次第、捕縛して処刑するって……。抵抗するなら殺しても構わないって」


 兵士の言葉が耳に浸透する。

 動悸が激しくなる。

 国家反逆者が捕まれば、処刑されるのは当然だ。

 つまり、抵抗しようがしまいが、オレの辿る道は変わらないわけだ。


「お、おい……?」

 兵士が声をかけてくるが、取り合う余裕はなかった。

 オレの顔色は、さぞ青かったに違いない。


 一度、深呼吸をする。

 呼吸は震えていたが、他者の視線があるせいか、表面上はどうにか取り乱さずに済んだ。

 そう、落ち着いて思考するべきだ。

 現状を順序立ててまとめれば、冷静さを取り戻せるし、行動の指針にもなる。


 さて。

 いったい勇者ユウが何を考え、どう大臣に話したのか。


「ユウはセンと共に、王都に逃げ帰った。だが事実をそのまま話せば、勇者としての名声は地に落ちる」

 それを防ぐためにはどうするか。

 簡単だ。


「善処はしたが、やむを得ない事情で撤退した。責任は全て、裏切り者のジロー・アルマに擦り付ける」

 都合のいいことに、オレの身柄は魔王に売り渡された。

 どうせオレは死んでいるだろうから、センとだけ口裏を合わせておけばいい。


「ところがユウは、裏切り者のジロー・アルマが生きていることを目撃した。どうにかして手を打つ必要がある」

 そこで国家反逆者。

 名案だ。

 オレがのこのこと王都に帰還しても、国家に反逆する裏切り者の言葉になど、誰も耳を貸さない。

 こうしてユウは、名誉ある勇者の地位を保持できる。


 そういえばあいつの望みは、王国最大のハーレムを築くことだった。

 ああなるほど、是が非でも勇者であり続けたいわけだ。

 徹頭徹尾、自分のことだけを考えた行動だ。

 見事と言わざるを得ない。


「魔王討伐の国家代表者たる勇者に牙を剥いた、いわば王国への反逆者だと説得すれば、ブゼラ大臣なら頷くだろう。あの大臣からしても、オレを排除できる絶好の機会だからな……」

 思考をまとめ終えると、妙に腑に落ちた。


 落ち窪んだ目つきでぶつぶつ呟いていたオレを、兵士が異様な目で見ていた。

 どうでもよかった。

 オレの口から乾いた笑いが漏れた。

 たかだか自分の欲望のために、自分に不都合な存在を排除するために、人間ってのはこうまで、同じ人間を蔑ろにできるのか。


 この大陸は、アマニール王国の一国支配だ。

 その王国から、国家反逆者として認定された。

 これがどういうことかわかるか?


 故郷には、親や兄弟がいる。

 曲がりなりにも、血の繋がった肉親だ。

 魔法研究所には、世話になった所長もいる。

 厳しいが公正な人だった。

 それに王都には、少ないながらも、友達だっているんだ。


 その全員と、会えなくなった?

 ある日突然、オレの居場所がなくなった?


 納得できない。

 理屈に合わない。

 意味がわからない。


「……」

 オレは夢遊病者のように魔王城に戻った。

 兵士をどうしたのかも、転送陣までどう辿り着いたのかも、記憶になかった。

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