唐突
「しかし王都への最寄りの転送陣が、まさか王都内にあるとは。盲点にもほどがある」
オレはホウシャ粉を補充するため、王都アマニールを訪れていた。
使い方さえ教えてもらえば――もちろん魔法使いである必要はあったが――転送陣は、誰にでも使える代物だった。
靴が石畳を打つ音が、雑踏に飲み込まれる。
露店で野菜や果物を売る商人たち、行き交う町人や職人たち。
昼間から路地裏に転がる、赤ら顔の酔っ払いたち。
オレが最後に王都を離れてから、もうどれほど過ぎたのか。
以前と変わらない町並みと、その向こうにそびえる高い外壁を眺めて、しばし感慨に浸る。
「……まあ、それに」
ついでだしな、とひとりごちる。
「魔王が、大陸征服に積極的じゃないことくらい、王様や大臣に伝えてやっても罰は当たらないよな。今代の魔王は事情が違うって教えれば、何かが変わるかもしれないし」
あとはあれだ。
もし奇遇にも、ユウやセンと顔を合わせたら、裏切られた怒りを思い切りぶつけてやろう。
やがて城門が見えてくる。
これも以前と変わらない。
まだ昼間なので跳ね橋は下りており、王城を囲むように、地面に水堀が刻んである。
仮にこの王城を攻めようとしたら、城壁に辿り着く前にまずこの水堀を越えなければいけないのだが、当然、人が飛び越えられるほど狭くはない。
「さて」
オレは跳ね橋の手前で立ち止まる。
橋を越えればすぐに城の入り口なのだが、城門を守るように2人の兵士が立っている。
勝手に進んで、怪しまれてもよくない。
「おおい!」
オレの呼びかけに反応し、兵士たちの視線がこちらを向く。
「魔法使いのジローだ! 勇者ユウの仲間だった! わかるか?」
大声で告げると、兵士たちはみるみる目の色を変え……何だ?
警戒されている?
いや、そんな生易しいもんじゃない。
どう見ても、敵を発見したときのような緊張感だ。
「国家反逆者のジロー・アルマだ! 出ろっ! 出ろっ!」
叫ばれる。
城門の横には、目立たないように通用口がある。
そこからわらわらと、兵士たちが飛び出してきた。
いや、そんなことより、国家反逆者?
混乱するオレに構わず、何人もの兵士たちが跳ね橋を渡ってくる。
ご丁寧に、全員がきっちり鉄の槍で武装していた。
「ちょっと待て! どういうことだ!? オレは無実だ!」
「捕まえろ! 抵抗するようなら、殺しても構わんっ! 突撃っ!」
何てことだ、誰も聞いていない。
オレは一目散に逃げ出した。
「捕まえろ! 捕まえろっ! お前たちはあっちから回り込めっ!」
「はっ!」
くそ!
気の済むまで混乱したかったが、今はダメだ。
捕まったらどうなるかは、殺気立った兵士たちの目が雄弁に物語っている。
「退け、退いてくれ!」
通行人にぶつかり、露店から落ちたリンゴを踏んづけ、横切った犬を蹴飛ばしそうになりながら、オレは必死に城下町を走った。
「はあ、はあ、はあ!」
とはいえ、オレは魔法使いだ。
日々、訓練を積んでいる王城仕えの兵士たちに、体力で勝てるはずがない。
切れ切れの呼吸を押さえ込み、肩越しに後ろを振り返ると、兵士の数が増えていた。
距離も縮まっていた。
「はあ、はあ! はあ……ぜえっ」
限界だ。
息が切れて胸が痛い。
わき腹はもっと痛い。
気は進まないが、仕方がない。
オレは立ち止まると、腰から杖を引き抜いて振り返った。
先頭の兵士がぎょっとするが、オレは構わず杖を突き出し、魔法を放った。
「キリ!」
突然、周囲一帯に霧が発生した。
数歩先も見通せないほどの濃い乳白色だ。
「うわっ!」
「何だこれは!?」
「魔法だ! やつの魔法だっ!」
混乱する兵士たちを置き去りにして、オレは細い路地に飛び込んだ。




