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スライムを作ろう

 裏庭の片隅。


 井戸の傍ら。

 オレは目の前に2つの木桶を並べた。

 両方に水が入っている。


「火トカゲ」

 ヌイが両手を差し出す。

 小さな手のひらの上で、ちろちろと燃えるトカゲが大人しくしていた。

 厨房から失敬してきたのだ。


「このまま水に放り込むと、こいつ死ぬんじゃないか?」

「うん」

「おいおい……」

 呆れるオレ。

 ヌイはどこ吹く風といったふうに続ける。


「燃やして。火をたくさん与えればだいじょうぶ」

「そういうことか」

 オレは腰から杖を抜いて、「ホノオ」と唱えた。

 火トカゲの纏う炎が、見る見るうちに燃え上がる。

 さすが魔王というべきか、ヌイの手は火傷の一つも負っていない。


 ヌイが火トカゲを、片方の木桶に落とした。

 たちまち水が沸き立ち、白い湯気が吹き上がる。


「何かこいつ、悶えてるぞ」

「火トカゲは水、嫌い」

 ヌイが沸騰したお湯に手を入れ、すっかり勢いの衰えた火トカゲをつまみ出した。

 解放された火トカゲは、下生えの草を焦がしながら、裏庭を逃げ去っていった。


「ちょっと悪いことをしたな」

「後でまた、火を分けてあげて」

「ああ」


 ノリ液の容器を傾け、粘性のある液体を、お湯の木桶に注ぐ。

 青銅の小瓶を開け、白い粉を水の木桶に流し入れる。


「量はこんなもんか?」

「うん」

 両方の木桶を、それぞれ木の棒でかき混ぜる。

 かなり粘ついてきた。

 ノリ液の木桶に、ホウシャ粉を溶かした水を流し込む。


「これも結構、肉体労働だな……」

「がんばって」

 何せどろどろした水だ。

 かき混ぜるだけでも腕が疲れてくる。


「しかしこれで、魔法生物とはいえ、一つの命が誕生するわけだ」

「どうして魔法生物を作るの?」

「ん? ああ……」

 オレは言葉を濁しながら、愛用のナイフで自分の人差し指を傷つけた。

 ちょっと痛い。

 一滴、二滴と、血液が木桶に落ちた。


「まあ、それよりほら、あとは水性の魔力を与えるだけだな」

「どうして?」

 ヌイがしつこい。あんまり言いたくないんだが……。


「あれだ。オレが勇者一行として、初めて魔王城に来たとき。ヌイと交戦する前に、炎魔人を倒しちまっただろう?」

「四天王」

「ああ、そう呼んでたっけ。だからまあ、その代わりってわけでもないが、新しく1匹、ヌイのために作ってやれないかと思ってな」

 オレが横目で窺うと、ヌイは大きな瞳を丸くしていた。


「と言っても、魔法生物を作るのなんて、初めてだからな。作りやすそうなのを選んだわけだが……」

 オレは自分の頭をがしがしとかいた。

 こういうのは苦手だ。


「ジロー」

「……ああ」

 ヌイが、微かに揺れる瞳で見つめてきた。

 オレは小さく息を呑む。


「魔法生物は、血を与えた人が主になる」

 ……。

 何だと。


「つまりだ」

「うん。私じゃなくてジローが、スライムの主になる」

「いや待て。作り方にそんなことは書いてなかった」

「魔法生物の特性に書いてある。ジロー、もしかして、前半を読み飛ばした」

「うぐっ……」

 寸分の狂いもなく図星だ。

 ヌイの視線が突き刺さる。


「き、気にするな。スライムが誰のものであろうと、最終的にヌイの役に立てばいいんだ。そうだろう?」

 身振り手振りで取り繕うオレ。

 と、服の裾を、ヌイの小さな手が掴んだ。


「ヌイ?」

「ありがとう」

「……あ、ああ」

 抑揚のない口調だったが、それでもオレの心臓は、少しだけ鼓動が早くなった。

「仕上げ」

「……そうだな」


 肩の力を抜く。

 ヌイに促され、オレは両手を木桶にかざした。

 一度、深呼吸をして心を落ち着かせる。


 実のところ、イメージを具現化して魔法を放つだけでは、魔法使いとして半人前だ。

 人間の身体は、3つの資源を備えている。

 魔法学校で教育を受けた人間なら、ここまでは知っている。


 肉体を動かすための資源。体力。

 頭を働かせるための資源。気力。

 そして、想像を形にするための資源。魔力。


 3つはそれぞれに相互性がある。

 気力や魔力が減退すれば、肉体的な疲労を感じるのもそのためだ。


 そして一人前の魔法使いは、魔力を魔法に変換せず、資源としてそのまま現実世界に投射することが可能だ。

 オレが今まさに、手のひらから木桶内に、青い光の粒を振り撒いているように。


「……ふうっ」

 これでいい。

 オレは一息ついて、薄っすらと額に滲んだ汗を、袖口で拭う。


「上手くいった?」

「かなり慎重にやったからな。さてと、目覚めよ我がしもべ!」

 オレは両腕を大きく広げる。

 なるほど、魔王の気分ってのはこんな心地か。


「お……」

 呼び声に呼応するように、木桶の水が、ゆっくりと盛り上がっていく。

 どろりとした粘性の液体が、桶の縁からこぼれ出て、地面に水溜りを作った。


 動いている。

 成功した。

 水がうごめく様はちょっと気味が悪いが、これがオレのスライムだ。

 逸る気持ちを抑え、オレはふんぞり返って、目の前の水溜りに告げる。


「さあ、お前の主は誰だ」

「ご主人様~」

 ……おや?

「お前の主は誰だ?」

「ご主人様ですぅ~」

 ……。


「間延びしてる」

「そ、そうだな」

「なんで?」

「み、水だからじゃないか……?」

「ご主人様って?」

「あ、主だからかな……」


 これは……何だ?

 魔法生物ってのは、作成者の知識とイメージが、ある程度反映される。

 つまりオレは、しもべにおっとりした口調で、ご主人様と呼ばれたい……?

 オレはある種の変態なのか?


「ああああ違う、断じて違うぞ!」

「ジロー」

「違うんだ! 変態を見るような目つきで、オレを罵らないでくれ!」

「ジロー。名前つけてあげないと」

「……そ、それもそうだな」


 ヌイは何とも思っていないようだ。

 自意識過剰だった。

 オレは自分のこめかみをほぐして、水溜りに向き直る。


「あー、お前の名前だが」

「はいぃ~」

 やる気が削がれるが、我慢する。


「バッファロンと、キョゾウと、カメレオマンのどれがいい?」

「あとウサウサ」

「ウサウサ~ウサウサがいいですぅ~!」

「おいこら。躊躇なくヌイの案に飛びついたのはどういうことだ」

「ううぅ~、ウサウサ~」

「ジロー。センスない」

 うるさい。


「ま、まあいい。じゃあ今日からお前は、ジロー・アルマのしもべ、ウサウサだ。よく尽くし、よく働けよ」

「はい~。お任せください~」

 ううむ。

 まあ命令に従ってくれるなら、よしとするか。


「さしあたり、ウサウサを連れて散歩に行くか。身体を慣らしてやらないとな」

「私も行きたい」

「そりゃ構わないが……ん?」

 ふと3階の窓から、ミッケがオレたちを見下ろしていることに気がついた。


「おおい、ミッケ。今からヌイと散歩に……」

 ミッケはきつい目つきでこっちを睨んでから、すぐに引っ込んでしまった。

 いったい何なんだ。


「まあ行くか。城の北側なら、うっかり人間と出くわすこともないだろう」

「ん」

「はいぃ~」

 ウサウサは水性の身体をのたくらせ、地面を這いずるように移動を始めた。


 わかってはいたが、足の速さに期待はできないようだ。

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