結果
「この子だけ」
「ああ……」
ヌイの傍らに、子オークがいた。
オレが助けた1匹であり、それが唯一の生き残りだった。
「あと、兵士に紛れてあの戦士もいた。逃げられた」
「センか。あいつはユウの同類だから、一緒にいるとは思った」
戦いは終わっていた。
燃え盛っていた炎もようやく鎮火し、今はあちらこちらで赤黒く燻っているのみだ。
集落は跡形も残っていない。
オークや人間の焦げた亡骸も、見分けがつかないほど散乱し、あるいは折り重なっていた。
「プギー」
子オークは集落の焼け跡を見つめていた。
言葉も表情もわからないが、鳴き声に滲む悲痛な感情だけは理解できた。
「こいつ、どうするんだ?」
「魔王城の近くに、もう少し大きなオークの村がある」
「引き取ってもらうわけか」
小さく頷くヌイ。
「ジロー。聖剣って?」
ヌイが透明な瞳を向けてくる。
ああそうか。
オレが引き止めていなければ、もう少しだけでも多く、オークを救えたかもしれないんだ。
ヌイが僅かでもこういう感情を表せることに、オレは逆に安堵した。
「ヌイが最初にオレたちと戦ったときにも、ユウは白い剣を持っていただろう。あれだ」
「魔物殺し?」
「聖剣シバだ。斬った魔物の血を、根こそぎ浄化する」
「血を浄化」
ヌイが呟くように反芻する。
「そうだ。まあ血を浄化されたら、当然その魔物は死ぬしかない。血を失って生きていられる魔物なんて、いやしないからな」
「魔物の血だけ?」
「そりゃあ聖剣だからな。人間を斬ったところでただの剣だ。そういうわけで聖剣シバは、魔物にとっての天敵だ。魔王だって例外じゃない」
「だから、あのとき」
「ああ、止めた。一刻を争っているときに、悪かったが」
「うん」
「まあ、その……。ヌイは魔王城の外では、無敵じゃないらしいからな。万が一があると、ミッケにも顔向けできない」
「ん。この子だけでも、助かった。ジローのおかげ」
ヌイは、表情は微塵も変えないが、きっと悲しんでいるし、落胆している。
ならばオレまで沈んでも仕方がない。
「さっさと行こう。そのオークを、送り届けるんだろう?」
「うん」
先に立って歩きながら、オレは言葉を続ける。
「人間も魔物も、お互い様には違いない。だが紛れもなくあれが、人間にとっての正しい行いであり、正義だ。オレにはそれがやるせない」
「私、人間のこと、あんまり好きじゃない」
「……だろうな」
「でもジローのことは、そんなことない」
「そう言ってもらえると、気が楽になる」
オレはローブを揺らしながら、ゆっくりと歩を進める。
疲労が滲むため息をついた。
「ヌイは、この大陸の征服とか、しないのか? 可能かどうかはさておき」
「あんまり興味ない」
「そうか」
ぽつぽつと言葉を交わす。
「魔物が襲われないように、なってほしいだけ」
「そうか……」
ミッケは、ヌイによる大陸征服を望んでいる節があるが、つまりはそういうことだろう。
現状を維持する限り、この状況はいつまでも続くのだ。
「この子だけでも、助かってよかった」
ヌイがさっきと同じ台詞を繰り返す。
「そうだな」
見上げた空が重い。
ひと雨きそうだ。




