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「すべてを手に入れる13」より一年前のクリスマスの小話

一年前のチャコと友孝のクリスマスの小話。

友孝視点です。

 学校を終え、一人暮らしのマンションへと帰路を辿る。

昼までは晴れていたのに、急に雲が出て、気温が下がった。

かじかんだ手で玄関のノブを握り、扉を開ける。


「おかえりなさい。」

「ああ、ただいま。」


 家の中は温かく、廊下に一人の女の子が待っていた。

茶色のふわふわとした髪に金色の目。

普通の女の子のようだが、これは妖だ。

去年の春に山で見つけて、式神にした。

いつもはこうして人間の姿を取らせて、一緒に暮らしている。


 靴を脱いでいると、その妖がおずおずとこちらに話しかけてきた。


「友孝様は……家に帰らないんですか?」


 妖の方から話しかけてくるなんて珍しいが、何を聞いているのだろう?

よくわからなくて妖を見ると、小さくクリスマス……と呟いた。


「ああ……帰ってもしょうがない。クリスマスなんてない。」


 本家に帰った所で嫌味を言われるだけだ。

幼い頃からクリスマスなんて関係なく、ずっと修行していたのだから。


「……サンタ、来た事ないんですか?」


 金色の目でチラリとこちらを見てくるのが面白くて、思わず口の端が上がってしまう。

妖がサンタだって?


「山の中にいたくせに、そんな知識、どこで覚えたんだい?」

「テレビで……。」


 妖がテレビでクリスマスの事を見ているなんて。

この妖が一人で部屋にいて、テレビでサンタを見ていたかと思うと、フフッと笑みが零れてしまった。

その光景を思い、一人笑っていると、妖は微妙な顔をして逡巡している。

そして、ちょっとすいません、と謝ると、その手にクリスマスリースを取り出した。


「これ、明日には無くなってますから。今日だけいいですか?」

「……どうするんだい?」

「あの、テレビで見たのでやってみたくて……ダメですか?」

「いや、構わないけど……。」


 妖が手に持っている緑と赤のリースがこの家には不似合いに思えて、眉間に皺が寄ってしまう。

けれど、妖はテレビで見た『クリスマス』という物をやってみたいらしく、私の許しを得るといそいそとそれを玄関扉に飾りにいった。

そして、リビングに行き、ソファの横のスペースに大きなクリスマスツリーを出現させる。

どうやら、妖気を変化させて色々な物を作り出しているらしい。


 そうして飾り付けている内に、妖は楽しくなってきたようだ。

どこで覚えたのか、クリスマスソングを鼻歌で歌いながら、あっという間に家をクリスマスに染めてしまった。


 天井からは雪の結晶のガーランドが釣り下がり、壁には『MERRY CHRISTMAS』という英字が飾られている。

カーテンを開けた掃き出し窓にはスノースプレーでサンタやトナカイが描かれていた。


「クリスマス、いい。」


 最後に巨大なトナカイのぬいぐるみを作った所で満足したらしく、妖がうんうん、と一人で頷いている。

クリスマスに染まってしまった家はなんだか自分の家じゃないようで……。

胸が痛いような、くすぐったいような、不思議な心地がして、小さく息を吐いた。

そして、未だにキラキラと金色の目を輝かせながら、家を見て回っていた妖に声をかける。


「夕食にしよう。」

「はい。」


 妖は声をかけるとハッとしたようで、急いでキッチンに入り、料理の準備をした。

そうして机に並べられて料理はいつもと違い、品数も多く、目にも鮮やかな物が多い。


「直美さんがはりきってくれたんですね。」

「……そうみたいだね。」


 直美さんとは家政婦の事だ。

クリスマスイブということで、いつもより豪華な食事を作ってくれていたらしい。

妖なのに、この料理に目をキラキラと輝かせ、私よりもよっぽど嬉しそうだ。

いただきます、と手を合わせて夕食を食べようとすると、ふと目の前から視線を感じた。

その視線へと目を向けると、そこには上目遣いでこちらを見る金色の目がある。


「メリークリスマス。」

「……メリークリスマス。」


 怒られないかな? と伺いながらも、こちらにしっかりと言葉を告げた。

私はそれに小さく息を吐いて、同じように言葉を返す。

すると妖は嬉しかったようで、少しだけ口元を緩ませると、それを誤魔化すように目の前の煮込みハンバーグを口に入れた。

それを見て、私も目の前の夕食を口に入れる。

トマトソースで煮込まれたハンバーグはなぜだかいつもよりおいしく感じられた。


「雪ですね。」


 ふと妖がカーテンの開いていた掃き出し窓から外を見て、呟く。

黒い闇の中に白いものがしんしんと落ちていくのが見えた。


 道理で家に入るまで寒かったはずだ。

かなりの量が降っているから、明日の朝は積もっているかもしれない。


 明日は早く起きなければいけないな、とか。

雪が積もったら靴が濡れるから面倒だな、とか思いながら、夕食を食べ終えた。


「友孝様、少し出てきていいですか?」

「どれぐらい?」

「三十分ほどかと。」

「ああ、構わない。」


 食器をキッチンへと片付け、ソファへと座ると、妖が声をかけてくる。

今日は仕事が入っていないので、自由にしても問題ない。

許しを与えれば、ありがとうございます、と頭を下げて、掃き出し窓から外へと出て行った。


 そうして妖が出て行けば、家に一人取り残される。

クリスマスに染まった家で、一人、ソファに座っている自分が酷く滑稽に思えて、フッと鼻で笑ってしまった。


 まさか妖にメリークリスマスと言われるなんて。


 ハハッと声が出る。


 バカみたいだ。

妖は人間じゃないのに。

賀茂家が望んでいるのは妖の殲滅だというのに。


 あの妖は式神。

式神は道具だ。

私が強くなるために使っている。

ただそれだけ。


 声に出して笑ったおかげか、さっきまで胸にあったよくわからないもやもやとしたものはどこかへ行ってしまった。

ようやく少しすっきりとして、ふぅと小さく息を吐く。

そして、そのままなんとなく天井を見上げた。

妖が飾った雪の結晶のガーランドがゆらゆらと揺れている。

それをぼんやりと眺めていると、ガラッと音がして、掃き出し窓が開いた。


「帰りました。」


 妖はそれだけ告げると、もう一度掃き出し窓を閉める。

どうやらベランダで何か作業をしているらしい。

気になってソファから立ち上がり、掃き出し窓まで行くと、そこにはベランダの床にしゃがみ込んでいる妖の姿があった。

妖が手に持っているのは――


「雪だるま?」


 片手で持てるぐらいの雪だるまが二体。

妖はそれをベランダに置くと、掃き出し窓を開けて、室内へと入って来る。

雪だるまを素手で作ったのだろうか。

その手は赤くなっている。


「プレゼントって物でもないんですけど。こっちの大きい方が友孝様です。目が紺色。」


 掃き出し窓の前に立ち尽くしている私に、妖が説明してくれる。

確かに大きい方の雪だるまには紺色の石のようなものが二つ入れられており、それが目のように見えた。


「こっちの小さい方が私です。耳があるんです。」


 大きい方の横にある少し小さ目の雪だるまには確かに雪だるまらしからぬ、三角の物が頭の上に二つついている。

この妖は狼のような姿を取る事が多いから、そのイメージなのだろう。

急いでいたのか、その雪だるまには目が無い。

金色に光るその目がない事がなぜか少し、残念に感じられた。


「妖が雪だるまなんて作れるんだね。」


 ボソリと呟けば、妖が困ったように首を傾げる。


「サンタがくれたんですよ。」

「サンタが?」

「はい。」


 妖の言い分が面白くて、フフッと声が漏れてしまった。

雪だるまをくれるサンタなんているわけない。


「妖のサンタは不思議な物をくれるんだね?」


 笑いながら妖を見ると、妖はきょろきょろと目をさまよわせた。

私はその顔を口の端を上げながら見ると、こっちへおいで、とソファへと行く。

テレビを見てもいいよ、とリモコンを渡すと、今までバツが悪そうにしていたのに、瞬時に目がキラキラと輝いた。


 妖は人間じゃない。

式神は道具だ。

私が強くなるために使っている。


 そう。わかっている。

それを間違えたりしない。


 ただ……この妖は私の式神だ。

こうして一緒にいるのが当たり前なんだ。


 だから。


 私かこの妖。

どちらかが消えるまでずっと一緒にいられる。


 ずっと一緒に。

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