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チャコと友孝がピザを食べる

友孝視点です

 気持ちよく晴れた、休日の午前中。

学校も仕事もなく、久しぶりに家で読書をしていた。

私がソファに座り、チャコはソファを背もたれにしてテレビを見ている。

窓から差し込んだ光はなんだか柔らかい。


 特筆することもない、なんてことない時間。

そんな時間を過ごしていると、十一時を少し過ぎたぐらいにチャコがガバッと床から立ち上がった。


「友孝様! 俺、宅配ピザが食べたいです」

「ピザ?」


 突然のチャコの言葉に本から視線を外し、立っているチャコを見上げる。

チャコは私の視線を受けて、こくりと頷いた。


「はい。直美さんが作ってくれるのもいいんですけど、今日は直美さん休みだし、こう、ジャンクなものが食べたいんです」


 グッと右手で拳を作ったチャコが、真剣な目で朗々と語る。

……そういえば、さっきテレビでピザのCMをやっていた。

多分、それを見て、どうしても食べたくなったのだろう。

今日は家政婦の直美さんは休みのため、食事は自分たちで考えないといけないから、それもいいかもしれない。


「そうだね。そうしようか」

「やった! そしたら俺、チラシ持ってきますからー」


 私の返事にチャコは喜んで、リビングから出て行く。

どこに貯めていたのかはわからないが、何枚かチラシを持ってきて、私の前にざっと広げた。


「どの店がいいですか? 色々あるんですけど。……友孝様、宅配ピザとか食べたことないですよね?」

「ああ」

「よーし。じゃあ、今日は俺のオススメで」


 広げたチラシのうちの一枚を取り、はいと私に渡してくる。

ピザのチラシなんてじっくり見たことがないから、なんだか新鮮でじっと見入ってしまった。


「どのピザでもいいですよー。食べたいの決めたら教えてください」

「……この、ハッピー4とかキッズ4ってなに?」

「あー、これはですね、一枚で四種類のピザが食べれるぜーっていう幸せなヤツです」

「幸せ……」

「でも、友孝様と俺で頼むと、一人一枚ですから、その味が気に入っても二度と同じのは食べられないという焦らしプレイ的なヤツです」

「焦らす……」


 ピザにも色々とあるようだ。

よくわからないし、チャコが食べたいものでいいんだけれど、せっかくなのでどれか選ぼうとチラシを隅々まで見る。

たくさんあるメニューのうち、ふと一つのメニューが目に入った。


「てりやきピザ?」


 思わず、声に出してしまうと、チャコがああ、それおいしいですよねーと返事をしてくれた。

けれど、私にはそれがどんな味なのか想像できなくて……。


「てりやきって醤油と砂糖で味付けしたものだよね?」

「はい、そうですよー。ピザ生地にてりやきソース塗って、具とチーズを乗せて焼いてるヤツです。上にかかったマヨネーズがおいしいんですよねー」


 うんうん、と頷きながらチャコが説明してくれる。

……不思議だ。


「ピザはイタリアのものなのに、日本人はなんでも和風にするんだね」

「やー、それは日本人の食に対する探究心ですよねー。……というか、てりやきピザ食べたことないですか?」

「ああ」

「……あの、てりやきバーガーとかは?」

「ないよ」


 そもそもハンバーガーを食べたことがほとんどない。


 私がフフッと笑いながら答えると、チャコはあーと言いながら天井を仰いだ。


「わかりました。じゃあ、今日はこれにしましょう。友孝様はてりやき味の柔軟性を思い知るべきです」

「てりやきの柔軟性、ね……。チャコはどうするんだい?」

「あ、俺はこのカルビ焼肉にしますから」


 チャコが私の傍に屈んで、チラシの中の一つのメニューを指差す。

そこには肉がたくさん載ったピザがあった。


「一人一枚?」

「いえ、それだと多いです。友孝様、宅配ピザには、ハーフハーフっていうすごいのがあるんですよー」

「ハーフハーフ?」

「そうです。一枚のピザ生地を半分ずつの味にできる、一粒で二度おいしいヤツです」

「一粒で二度おいしい……」


 チャコがとっておきの情報を教えた、みたいな顔をするので、思わず笑いそうになってしまう。

なんだか今日は色々と新しい事を知る日だ。


 そうしてメニューが決まれば、チャコがささっと注文してくれて四十分後ぐらいにピザが届いた。

ダイニングテーブルにまだ熱いぐらいの紙の箱を置き、チャコが取り皿を持ってくる。

ピザが届くまでの間にチャコがパパッとサラダも作ってくれていて、私とチャコの席にそれを置いた。


「じゃあ、さっそく食べましょー。ほら、友孝様、開けてください」


 チャコが私を見てイヒヒと笑う。

多分、私が宅配ピザを初めてだって言ったから、そういうのもやらせてくれようとしているのだろう。


 ……なんだか胸がふわふわする。


 もう高校生なんだから、ピザの箱を開けたからと言って、感動なんかしないのに。

でも、チャコがほらほらと急かすから、仕方なく箱を開ければ、部屋の中に一気にピザの匂いが広がった。


「……にんにくがすごいね」

「そうなんですよー。カルビ焼肉、にんにくだらけですからねー。さっ、友孝様いいですか、こうやって手で取ってガブッてかじるんですよー」

「……それぐらいわかってるよ」


 チャコがにやっと笑いながらピザの食べ方をレクチャーする。

私はそれにやれやれ、と返事をしながらてりやきの方のピザを取り、一度取り皿に置いた。

そして、それを口に運べば……。


「……おいしい」

「そうでしょー? てりやきとチーズ最高ですよねー」

「そうだね。甘辛い味とチーズの塩加減、それにピザ生地の食べごたえがちょうどいい」


 口の中の物を飲み込んで、チャコに感想を伝える。

すると、チャコは仕方なさそうに笑った


「やー、宅配ピザの感想までまじめですねー……」

「……そうかな?」

「ま、友孝様らしくていいと思いますけどねー」


 チャコがイヒヒと笑って、手に持っていたピザをペロリとたいらげる。

そして、新しいピザに手を伸ばすのを見ながら、私も自分のピザを口に運んだ。

二口目のそれもとてもおいしくて、また食べたいな、と思う。


「友孝様が気に入ってくれてよかったです。ここが配達地域になってるピザ屋は後三軒ぐらいあるんですよー。てりやきピザはどの店もやってますから、また直美さんの休みの日に頼みましょうねー」

「……そうだね」

「どのピザ屋がおいしいですかねー。楽しみですねー」


 そう言いながら、目の前のピザをパクパク食べて、一緒に注文していたらしい、サイドメニューのローストチキンにかじりついた。


 ……やっぱり胸がふわふわする。


 また食べたい、と口に出していないのに、チャコは当たり前みたいに次に食べる約束をしてくれる。


「あ、てりやきバーガーも食べに行きましょうねー。勇ちゃんも食べたことなさそうだし、高校生組のみんなで行くのもいいですよねー」

「……そうだね」


 いつだってチャコは突然で。

私の知らなかったことをたくさん持ってきてくれる。


 特別ななにかじゃない。

どこにでもある、普通のこと。


 なんてことない時間。

それをあたたかいものに変えてくれる。


「てりやきに興味はなかったけど、こうして食べてみるとおいしいよ」

「じゃあこれから、好きな物はなんですか? って聞かれたら、てりやきピザって答えて下さいねー。みんな驚くだろうなー」


 チャコがイヒヒって笑う。


「え? 案外、子供舌? ってなりますよー。楽しみだー」

「……答えるって約束していないだろう?」

「えー。言って下さいよー」


 チャコがぶーぶーと口を尖らせているが、それを無視してピザを食べる。

何口食べても、おいしい。


 チャコは私をからかっているだけだ。

だから、好きな物は何か? と聞かれて、てりやきピザって答える必要はない。

その必要はないんだけど……。


 ……もし、今。

好きな物はなんですか? って聞かれたら。


 てりやきピザって答えてしまいそうだ……。

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