チャコと唯の日常(頂いたイラストからイメージ)
みりんこ様(http://mypage.syosetu.com/582723/)からイラストを頂きました。
イラストは小話の最後に。
チャコ視点です
春先の教室。
まだ肌寒い日が多いけど、なんだか今日はポカポカと温かい。
いつもは制服のジャケットを着てちょうどいいぐらいだけど、今はちょっと暑くて、ジャケットを脱いで行動する。
今日、先生たちは新学期に向けた会議があるらしく、午前中で学校が終わった。
ただ、唯ちゃんは生徒会の仕事をするらしく、生徒会室で何やら作業をしている。
俺は理事長の家で待っとこうかな、と思ったんだけど、たまたま生徒会室に誰もいなかったので、一緒にいさせてもらった。
大事。
唯ちゃんと二人っきりってすごく大事。
いつ友孝様が来るか、とヒヤヒヤしていたが、まだ来る気配はない。
唯ちゃんの作業がひと段落したのを見計らって、そっと声をかけた。
「ねね、唯ちゃん、恋人ができたらしてみたい事ってない?」
「してみたいこと?」
「うん。」
イスに座っていた唯ちゃんが不思議そうに俺を見る。
俺は唯ちゃんの隣に座り、机の上に肘をついて、そこに頭をのせていた。
「せっかく唯ちゃんと恋人になったんだから。俺にできる事だったら、なんでもするよー。」
つい最近まで、俺と唯ちゃんは友達だった。
だから、唯ちゃんの中で俺がどんな位置にいるのか微妙で……。
さりげなく、『恋人』の言葉を紛れ込ませて、唯ちゃんにアピールする。
……なかなかね。きっかけが、難しいから。
「えっと……。」
俺の言葉に唯ちゃんの深い緑色の目がキョロキョロとさまよう。
唯ちゃんはなにか思いついているようで、机の上で両手をぎゅっと合わせた。
「無理……かもしれないけど。……その、おひ、めさまだっことか……。」
なんだか消え入りそうな声でたどたどしく要望を教えてくれる。
唯ちゃんは姿勢よくイスに座っているので、だらけた格好の俺は唯ちゃんを見上げる形。
じっと深い緑色の瞳を見ると、なんだかすこし揺れていて……。
どうしよう。
「そっかー。全然できるよー。よしっ、やろうやろう!」
かわいい。
唯ちゃんが俺を警戒しない内に隣に立ち、唯ちゃんが座っていたイスをすっと引く。
膝の下に右手を入れて、背中にそっと左手を添えた。
未だ驚いたまま動けないでいる唯ちゃんは何の抵抗もなく、俺に抱き上げられた。
「どう? 唯ちゃん?」
まさかこんなに素早く抱き上げられるとは思っていなかったのだろう。
唯ちゃんは右手をぎゅっと胸の前で握り、左手はあてもなく、空中をさまよっている。
……その手で俺を掴んでくれていいのにー。
「……っ。」
ただ、唯ちゃんが小さく息をつめたのはわかった。
その頬は少し染まっていて……。
――俺の恋人がすごくかわいい。
「チャコ、力持ちだね……。」
「うん。だって男だから。」
少しは意識してくれてるよね?
イヒヒって笑えば、唯ちゃんは更にビシッと固まった。
「妖は人間より力が強いからね。」
唯ちゃんとの二人の空気を壊す、男のくせにきれいな声。
……いい雰囲気だったのに。
唯ちゃんを抱っこしたまま、生徒会室の扉を振り返れば、そこには友孝様がいた。
……。
「空気を読んで、出て行って下さい。」
「チャコ、ここは生徒会室だよ? 私は生徒会長。名波さんは書記。」
友孝様が本当に嬉しそうに笑いながら、ズカズカと入ってきて、自分の席に座る。
その言葉には『部外者は君だから、君が出て行け』という意味が込められているのが存分にわかった。
……わかります。
わかりますよ、友孝様。
でも、今ぐらいいいと思うんです。
「友孝様……もうちょっと……。」
「チャコ?」
友孝様に懇願したが、あっさりとキラキラ笑顔を返された。
うん……。鞭で打たれないけど、このじりじり感。
「……唯ちゃん、下ろすね」
あっけなく友孝様のプレッシャーに負けた。
唯ちゃんに声をかけてから、そっと地面に下ろす。
唯ちゃんは地面に足がついて、あからさまにほっとしていた。
相変わらず、右手は胸元でぎゅっと握りしめている。
「じゃあ、唯ちゃん、俺、理事長の家で待ってるから。」
「う、ん。うん。」
唯ちゃんがぎこちない感じで頷いた。
なんだか、そんな唯ちゃんを見ていると、離れがたくてじっと見つめてしまう。
……やだなー、もう少し一緒にいたいなー。
「名波さん、この資料を見てくれる?」
「あ、はい!」
名残惜しくて唯ちゃんを見ていたのに、友孝様が唯ちゃんを呼ぶ。
すると、唯ちゃんは安心したように息を吐いて、友孝様の方へ行ってしまった。
……なんだか悔しい。
うーうーと唸っていると、友孝様が本当に楽しそうに笑った。
「チャコ、直美さんににんじんの料理を作るように言おうか?」
「じゃあね! 唯ちゃん、また後で!」
右手でバイバイして、すぐに生徒会室から出る。
後ろの方で唯ちゃんが友孝様にお礼を言っているのが聞こえたけど、もう中には入れない。
扉を閉めた後で、ジャケットを忘れた事に気づいたけど、どうしようもなかった。
まあ、きっと唯ちゃんが持ってきてくれるだろう。
ポカポカと温かい校舎の廊下を歩きながら、さっきの唯ちゃんを思い出す。
突然の事に驚く顔。
触れた背中の温かさや華奢な足。
ぎゅっと握った右手は小さくて……。
唯ちゃんとの日々。
絶対に忘れないように、心のアルバムにしっかりと刻みこんだ。




