74:二人はデートに備える(後編)
それから翌週末までの数日間は、僕も星架さんも、どこか浮ついた感じがあった。意識しすぎて一緒の時間を減らしたとかじゃない。登下校はもちろん、例のスーパーで軽くおやつを食べながら、返って来た答案を見せ合って、反省会や祝勝会をしたりされたり、なんてイベントもあった。だけど、その間も、ふとした時に週末はこの子とデートなんだと思ってしまって。ついその綺麗な横顔をチラ見してしまったり。逆に向こうからの視線を横顔に感じたり。
そんな日々を過ごしながら、僕は裏で着々とベルのアレンジインテリアの製作を進めていった。
まずは底側にある軸部をカットして平坦にし、下地を入れる。その表面を塗装&レジンで作った小石を幾つか混ぜて、アスファルトを表現。その上に僕と星架さん、溝口号のミニチュアを乗せる。溝口号は、フレームが似てる物を吟味して購入、実物を見ながら色づけ。チェーンやハブの傷んでる所には赤錆を再現した色を細かく着けた。
僕と星架さんのミニフィギュアは粘土でチマチマ作った。ちなみに、お胸を作る時、やけにリアルなサイズ比で作れてしまって罪悪感がハンパじゃなかった。掌が記憶してたみたいで申し訳ない。
その二人分のフィギュアの配置は、僕がチェーンを直している横から、星架さんが膝小僧に手を当てて中腰で覗き込んでるという構図でまとまった。最初は転倒途中に支えてる場面にしようと思ったんだけど、なんか僕がカゴを掴まえて、自転車泥棒しようとしてるみたいに見えてしまったのでボツ。今の形になった。
そんなこんなで、納得がいくものが出来上がったのは、木曜日の夜、割とギリギリだった。
開いた貝殻のようにベルの上下を固定して、いつでも中を見られるようにしたインテリア。底側には故障した溝口号と僕たち二人。当時の状況を再現した一品に仕上がった。それを大切にクリアケースへ納める。
そこまで終えると、思わず部屋で一人、「よし!」と両手を高く突き上げた。達成感と、彼女が喜んでくれるだろうという期待感で、意味もなく部屋を三周くらいしてしまう。
「喜んでくれるよね?」
お母さんの所有だった頃も含めると相当長い間、溝口家にいたあの自転車、その沢山の思い出の中から一番に選んでくれたのが僕と再会した、あの日の光景だったんだ。光栄なことだし、親愛の情を抱かれてるからこそなハズ。そしてその気持ちに応えるべく、ベストを尽くして製作した。
大丈夫。絶対に大丈夫だ。
<星架サイド>
デートにお誘いした次の日。アタシは約束通り、バックナンバーを康生に貸した。自信のあるコーデを紹介してる部分に付箋を貼ってあったんだけど、康生が選んだのはまさかの巻末にチョロッと載った、白のワンピースを着た一枚。
何とか自信のあるどれかに誘導したかったんだけど、本当に小さく(多分アタシに聞こえないつもりで)「ウェディングドレスみたい」って言う呟きを拾ってしまったもんだから、後に退けんくなった。そんな隅の方までアタシを探して見てくれたのも嬉しかったし。
ただ、普段は全然と言って良いくらい、こういうガーリーなんは着ない。似合わんし。白とアッシュグレーって何かどっちも活きない気がするんよね。実際、この時も物は試しと挑戦してみたけど、編集側の反応は芳しくなかったし。「自信を持って着てない」って言われたのを覚えてる。その割には載せんのかよとか思ったけど。
「けど、今になって思えば」
コーデ自体、挑戦自体は悪くないって意味だったのかなとも思う。あとはアタシ次第だぞ、って。実際、自信を持って堂々と着るってのは、思っている以上に大事な要素だったりする。
ファッションは気持ちから、か。いつだったか先輩のモデルさんが言ってた。確かにそうかもね。もちろん信長柄とか着てたら、どうにもならないけど。
てかアイツ、武将ネタのヤツ着てこねえだろうな? それは承知せんぞ。こっちがマジでアホみたいに時間使って悩んでんのに。
「ふふ」
本当に予想外のことしてくるからなあ。それが面白くて目が離せないんだけどさ。
ふうと大きく息をつく。康生が見てみたいって言ってくれてるんだ。仮に似合ってなくてモールの人間にどう思われようが、そんなんどうでもいいじゃん。
アタシは軽く頬を叩いて、全体のコーディネートを考える。手持ちのサンダルとバッグを思い浮かべて、頭の中で組み立てて行く。康生の気持ちに応えたい。
二時間以上かけて、納得のいく組み合わせが出来た。
足元は黒のヒールサンダル。バッグは思い切ってエメラルドグリーンで。髪色と合わせるの怖かったけど、もう康生の好みに合わせようって決めた。
これで行こう!
大丈夫。絶対に大丈夫だから。




