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ギャルの自転車を直したら懐かれた【8月25日・第1巻発売予定】  作者: 生姜寧也


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215/225

215:ギャルに寄り添った

「爆発した直接的な原因は、星架の進学関連だったけど、ずっと下地はあったんだろうなって。だからウチは最初に別居の話聞いても、あんま驚かんかった。星架には悪いけどな」


「それでダメだろうなって?」


「ん。けどここに来て盤面を引っくり返すウルトラCの可能性が出てきた」


「……?」


「アンタだよ、アンタ。いやまあ正確にはアンタと星架だな。アンタに背中を押された星架が、ここまで能動的に動くとはな。アイツ、肝心な所はヘタレだったのに、そこをアンタが補ったんだよ」


 背中をバシンと叩かれた。洞口さん、割と小柄なのに力が強い。そう言えば、中学まで空手をやっていたとか聞いた覚えがあるな。


「……それなら嬉しいですけど」


「キャンプの日も。あの捻くれた誠秀さんがすんなり行くワケはねえし、アンタが説得したんじゃねえのか? バーベキューの後、星架だけ戻して、随分と話し込んでただろ」


 やっぱり、母さんに電話してたってウソは苦しかったか。実際、何分くらい話してたのかは覚えてないけど、まあ長すぎたよね。とは言え例の密約があるので……


「少し、男同士の話をしただけですよ」


 と濁した。洞口さんもフッと笑うだけで、これ以上この話題を追及する気はないみたい。聞かぬが花ってヤツを感じ取ってくれたんだろう。


「……上手く、いきますかね?」


「どうだろうな。ウルトラCのチャンスは作れた。でも最後は当人同士の問題だからな。ウチらはもうやるべき事はやったし、後は……話し合う前段階で日和りやがった時は背中押すくらいか。でもそこまでだな。最後は見守るしかねえ」


「ですね」


 母さんたちと同じような意見だ。いい大人同士、自分たちの事は自分たちで決める。

 ただ願わくば、星架さんが笑顔になるような結末を迎えて欲しいと。切に思う。


「……」


 恐らくは洞口さんも僕と同じことを思ってるんだろう。少しだけ眉根を寄せて中空を見やった。

 そして沈黙が下りかけた時、


「千佳~、沓澤く~ん、苺デコるよ~。早くしないとなくなっちゃうからね~」


 重井さんの呑気な声がキッチンから聞こえてくる。本当に平和や日常の象徴みたいな人だな。


「いや、なくなるのはおかしいだろ。完全にアンタの胃袋にデコレーションする気じゃねえか」


 ツッコミながら立ち上がって、キッチンへ歩いていく洞口さん。一度だけ僕を振り返って、毒気の抜かれた顔で肩をすくめてみせた。













 


 洞口さんを駅まで送った帰り道。再びイワンモールを訪れた。追加の買い出しが目的だ。

 折角だから会場となる溝口家のリビングを飾り立てようという事で、オーナメント各種。それから当日に焼くためのケーキの材料。ちなみに星架さんにリングケースも見ようかと提案されたけど、僕がもう既に木製のヤツを作ったと告げると、ギュッと抱き締められた。


 買い物を済ませると、いよいよ今日も終わりに近づく。明日は各々で夏休みの宿題の残りを片付ける手筈になってるので、恐らくは会わないだろうから……次に会う日は明後日の30日。つまり本番当日だ。


 僕の家に寄って、ケーキの材料を冷蔵庫にしまう。そして、さっき話してたリングケースを取ってきて家の外に戻る。星架さんに渡すと、可愛いと絶賛してくれた。僕も何らかの形でアシストしたかったから、一昨日と昨日で集中して仕上げたけど、その甲斐はあった。


 星架さんのマンションへ戻る途中、まだ時間があったので、例の公園に寄ることにした。日曜日だというのに平気で無人だった。ベンチに座って、手を繋ぐ。何故だか分からないけど、二人ともそれで黙ってしまった。

 晩夏の夕暮れ。カナカナカナとヒグラシの寂しげな鳴き声が聞こえる。あれだけ生を謳歌していたセミたちも少しずつ数を減らし、季節の終わりを否が応にも感じさせた。


「…………上手く、いくかな?」


 奇しくも僕が洞口さんにしたのと同じ質問だった。だけど僕は、


「きっと大丈夫です……脈は十分にあると思いますから」


 洞口さんと同じ答えはしなかった。希望的観測と言われればそれまでだけど……あの釣り堀で話した誠秀さんの顔を思い出すと、口をついて言葉が出ていたんだ。大丈夫、あの人は麗華さんも星架さんも愛している、と。芸能界に生きる人、演技は常の事。そんな前提は分かってるけど、それでも。あの日に交わした言葉も想いも嘘じゃないと信じていた。


「うん、そうであって欲しい。ううん、そうだと信じてる」


「……あとね」


「ん?」


「どんな事になっても、僕はキミの味方だから。絶対。それだけは絶対」


 誓うように。強く強く、想いを込めて。


「康生……」


 汗ばんだ体同士がピタリとくっつく。ここで初めてキスした時のような激しい熱はないけど、芯に残った熾火のような暖かさ。


「……ありがとう」


 橙に夜の紺が混じり始める空の下。誰もいない公園で、彼女の小さな肩をずっと抱いていた。

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