214:ギャルがケーキを焼いた
翌日の日曜日。重井さんのお家にお邪魔して、4人でケーキ作り。洞口さんは「ウチ、要らんくね?」と言ってたけど、やっぱり皆で力を合わせて最後までやりたい。というか味見係は多い方が良い。重井さんだけに食べさせるのも、いい加減、体重が心配だしね。
「そうそう。型はキッチリね~」
底付きのケーキ型に合わせてくり抜いたオーブンシートを敷いて、側面には細長く切った同シートを丸めて入れる。工作みたいだな、と洞口さんが言ったけど、割と的を射てる。両者、割と似た所あるんだよね。あと星架さんと付き合うようになって気付いたけど、メイクなんかとも相似性がある。
型が出来たら、スポンジケーキ作り。バターと牛乳を温めたり、溶いた卵に砂糖をぶち込んで、ミキサーで泡立てたり。一つ一つの動作がまだぎこちないけど、実践する星架さんも教える重井さんも楽しそうだ。ちょっと卵液が跳ねただけで「ぎゃっ!」とか悲鳴を上げて、薄力粉が少し舞えばゲホゲホむせて。
ていうか、うーん。僕も教えることはなさそうで、手持ち無沙汰になってしまった。重井さん、食べる専門かと思ってたら、作る方も普通に熟練してるな。好きこそ物の上手なれってヤツか。
「座っとこうぜ」
洞口さんがクイッと親指でリビングのソファーを指さす。やっぱりこの人も、他人の家に対する遠慮が極端に少ないよね。
ちなみに重井さんの御両親は用事で外してるそうだ。僕なんかは家主不在のお宅へ上がらせてもらうだけで若干の後ろめたさを感じてたというのに、洞口さんのこの堂々たる立ち居振る舞い。良いよね、そういう性格。
「……ふう。相変わらず雛乃が座るとこだけ凹みがエグイな」
流石に遠慮なさすぎ!
僕も失礼してその傍に座る。うん、まあ。確かに洞口さんが座ってる場所と段差がある気がする。
「知ってるか? 雛のお父さんガリガリなんだぜ? お母さんも全然太ってねえし」
キッチンが騒がしくて、こっちの会話は聞こえてないだろうけど。それにしてもよ。
「まあウチらもモチフワで可愛いからって甘やかしすぎてんのは一緒だから、人のことは言えんけどな」
「仕方ないですよ。食べ物あげないと凄く寂しそうな顔で俯くんですもん」
ちょっと犬顔というか、目がクリっとしてて、独特の愛嬌があるんだよね、重井さん。そんな子が留守番させられる柴犬みたいな顔でシュンとすると、どうしても「わかった、わかった。食べて良いから」ってなっちゃうんだけど……やっぱ本人のためを思えばね。
「家族って言や……クッツーんとこの親御さんたちは、すげえ普通って感じがするよな。お姉さんも。日本の伝統的な核家族って言うか」
「そうかもですね。ちなみに、そういうのもノスタルジー感じて好きだったりします?」
「お、よく分かってんじゃん。ウチら結構気が合うよな」
「芸術方面とかの感性は合いますね。どうかつの森も気に入ってもらえたみたいだし」
「ああ、あれな。貸してくれてサンキューな。帰ってゴリゴリやったわ。浮田さんまで倒したぜ」
「早い!?」
二人で笑い合った。
そして少しだけ沈黙。そのエアーポケットに、オーブンが焼き上がりを告げる音を鳴らした。調理組がキャッキャとはしゃぎながら取り出したそれを、型ごと落とすゴンゴンゴンという鈍い音が響く。蒸気を飛ばすのに必要な工程だ。
「……星架んとこの両親に関しては、正直さ、ダメだろうなって思ってたわ」
「……」
「あの二人……元々、麗華さんは歌手志望で事務所に入ってきた人らしくて、そっちは芽が出なかったんだけど、その時に当時はマネージャーだった親父さんに見初められてってのがキッカケだったらしくてさ」
「なるほど」
麗華さんの(言い方は悪いけど)鼻っ柱の強さとかは生来の上昇志向が行き場を失った故、なのかも知れない。まあ、それも最近はかなり丸くなったと思うけど。
「自分は挫折したんじゃなくて、家庭に入ったんだ。そう自分に言い聞かせても、もしかすると、深層心理では納得してなかったのかもな。誠秀さんは誠秀さんで、自分と一緒になることで、ある意味、夢を諦めさせた格好でもあるから、あんまり強くは出れなかったんだろうし」
全部ウチの推測だけどな、と薄く笑って続ける。
「けどあの人もやり手のエリートだろ? いつまでも黙ってるタマでもないし……」
穏やかな人ではあるけど、娘に対しても「善処する」という言葉で退路をキッチリ確保していたところを鑑みるに、芸能界の猛者たちを相手取って伸し上がった強かさはヒシヒシと感じられる。分かりやすい麗華さんより、本気になればよっぽど手強い人なのかも知れない。




