212:陰キャとモノ作りする
<星架サイド>
翌日の午前中。アタシと康生の二人で駅前のロータリーまで千佳を迎えに行った。
今日は作業に集中したいから、お昼は出来合いの物を買って入ろうという話になってたんだけど、
「竹屋、応援してやろうぜ」
という千佳の一言により、牛丼屋で弁当を買って帰ることになった。
「なんかデマで一時期、株価が下がったんでしたっけ?」
そういや、そんなニュースを聞いたような覚えもある。デマ流した本人は軽いイタズラのつもりだったんだろうけどな。これだけSNSのやらかしで溢れ返ってる時代なのに、それでもこの手の事案は定期的に起こるよね。
「アンタらもチャンネル持ってるからな。気を付けろよ?」
アタシも康生も頷く。と、ちょうど食券機が空いた。11時なのに結構な客入りだ。
店内を改めて見回して、
「応援いらんかったか、これ」
千佳が苦笑。
「まあ、こういう店を利用するおっさん達にとっちゃ、店員が嘱託だろうがバイトだろうが外国人だろうが興味もなさそうだしね」
安さ、速さ、変わらぬ味。それだけを求めてる感じだ。
「それに、ここのお店はどうやら従業員は全員、国産のおじいちゃん、おばあちゃんみたいですしね」
「国産のおじいちゃんって……すげえ表現だな、おい」
千佳が康生のワードチョイスに笑いながら、機械の下部でタッチ決済をした。
雛乃の分(本人は沓澤家で待機)まで買って、全部で4人前。あの子には特盛を頼まれたけど、心を鬼にして大盛にとどめた。
ちなみに後から千佳には牛丼代は握らせた。雛の分も当然こっちの奢りだ。千佳はちょっと渋ったけど、最終的には受け取ってくれた。
沓澤家に着くと、そのまま工場の方へ。本日は土曜日ということで無人。ありがたく場所を使わせてもらおう。匂いとか気にしなくていいから助かるわ。と言うか、元から木の匂いが濃すぎるから、何しても変わんなさそうだけど。
「じゃあアタシと雛が切っていくから、康生と千佳で塗装をお願いね」
「了解」
「オッケーだよ~。予定数だけ切り抜いたら」
「ええ、ご飯食べながら待ってて下さい」
どうせ切る方が早いから、ある程度の貯金が出来たら、一人で十分な作業なんだよね。終わったら牛丼でも食べて待っていてもらう予定だ。雛はこの後に控えるケーキ作りの方が本番だからな。康生と一緒に講師をしてもらう手筈になってる。
そういうことで話はまとまり、全員が作業に取り掛かる。かなり速いペースで雛乃が自分のノルマを終え、一抜け。沓澤家の家屋の方へ戻った。しかしあの子、会うの二回目の人たちばかりの家でくつろげる度胸は本当すげえよな。アタシでも最初はもうちょっと遠慮があったぞ。
「……これ白が濃すぎ?」
「どれどれ。ああ、それくらいは大丈夫だと思います」
塗り班の康生と千佳は肩を並べて作業してる。この二人も仲良くなったよなあ。アタシが若干の危機感を覚える程度には。
それから10分ほど。昨日の作業と合わせて、掌一杯くらいの花弁が出来た。これらを4枚寄せ集めて、くっつけて1セット。バラバラに入れると紫陽花だと分からないので、なるべく本物に似せて花冠を作るのだ。
接着剤で固定してしまい、その上に満遍なくトップコートと呼ばれる白いジェルみたいなモノを塗り伸ばしていく。ボンドみたいと感想を言うと、ボンドで代用する人も居ますと返され、少し驚いた。要するに膜のようにガードしてレジン液を沁み込ませないことが肝なのだそうで、その役割はボンド液でも果たせるんだとか。
「塗りむらがあると、沁み込んで変に透けてしまったりするので」
それを狙って独特の味を出す作品もあるそうだけど、上級者向けもいいところで、アタシには関係ない話だ。
「どう?」
「ここら辺に気泡がありますね」
「あ、はーい」
エンボスヒーターとかいう謎アイテムで地道に潰す。料理のアク取りみたいな心境だな。気を抜くと湧いてくる的な意味で。こいつらが残ってると硬化後の見栄えが抜群に悪くなるので神経を使う。
そうして十分に気を付けたつもりだけど……最初のヤツは1敗を刻まれたよね。
めげずに2回目。コーティングもバッチリ。乾燥を早めたいけど、エンボスヒーターは使わない方が良さげ。ナメてたら結構な熱が出るもんね、これ。紙が焦げそうで怖い。
「よし、入れてみましょうか」
再度のチャレンジ。この瞬間が中々に気を遣う。汗が頬を伝って、レジン液に落ちないようにしないと。バンダナとか用意すれば良かったかな。
慎重に慎重に沈める。4つの花弁が曲がったり、折れたりしないように。
「ふう」
1つ終わった。これをあと3セット。気泡は後でまとめて潰すから気にしない。とにかく形を崩さないように。しっかり外から見えるように。
「頑張って」
康生の小声の激励。色々と手を出したくなるだろうけど、グッと堪えて見守りに徹してくれてる。
やがて全部、納得の出来で封入。気泡も丹念に潰し、先生に最終チェックをしてもらう。
「…………うん、大丈夫ですね。硬化しましょう」
「やった!」
っとと。喜ぶのはまだ早いんだよな。
アタシは気を引き締め直し、UVライトを手に取るのだった。




