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ギャルの自転車を直したら懐かれた【8月25日・第1巻発売予定】  作者: 生姜寧也


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164/225

164:ギャルが信じてくれていた

 ざまあジャンボを終えて、帰宅。まだ16時くらいだったので、星架さんともう少し一緒に居られる。

 家の中はシンと静まり返っていた。父さんも母さんもお盆前の最後の出勤ということで、ギリギリまで働いてるんだ。いつもありがとう。こないだの失踪事件で心配かけた件も合わせて、今度なにか家族にもお返ししたいな。


「紅茶で良かったですか?」


「うん。ありがと」


 先に部屋に上がってもらっておいて、僕は1階で飲み物の用意をして後から部屋に入った。星架さんが既にエアコンと扇風機をつけてくれてたみたいで、少しだけ涼しい。勝手知ったるってヤツだね。


 キンキンに冷えた死後ティーをグッと呷って、星架さんは「はあ~」と大きな息をついた。生き返るってヤツかなと思ったけど、どうもそれだけではないようで。


「安心したら、どっと気が抜けたわ」


「安心?」


「うん。康生の復讐劇が上手くいったからさ」


「あ、ああ、そういう」


「正直、時期尚早だったのかなとも思わなくもなかったからさ。慣れない浮田セットまで持ち出してたし」


「そう、ですね。家を出る前は、彼らに見つかってトラブルになる想定、不安もありましたね」


 もっとハッキリ言うと、ビビってた。未だ彼らを大きくしていたから。


「……勧めた手前、失敗に終わったらって、どうしても考えちゃったし」


「星架さん……」


 そうだよね。星架さんだって、成功の確証があるワケではなかったんだ。


「アンタが更に傷ついたらどうしようって」


 そう言いながら、僕の肩にコテンと頭を乗せてくる星架さん。アッシュグレーの髪先がシャツの胸元を撫でてくすぐったい。嗅ぎなれたヘアフレグランスの匂いに鼻腔が満たされる。


「それでも信じて賭けてくれたんですね」


「うん。アンタだってメイク教室の時、信じて賭けてくれたじゃん?」


「あ」


 そっか。確かに、状況は似てたかも知れない。

 相手の為になると信じてはいるけど、もしかすると独りよがりなんじゃないか。或いは失敗して、余計に傷を負わせてしまうんじゃないか。そんな二律背反な気持ちに、僕も覚えがある。


 星架さんはそこで、パッと頭を上げて、僕の方に手を伸ばしてくる。


「あの時は甘えさせてくれたから、今度はアタシが甘えさせてあげなきゃね」


 そう言いながら、伸ばした両手を僕の首の後ろに組んで、グッと引き寄せる。されるがまま、首を曲げると、そのまま星架さんの胸の中に顔が埋まった。いい匂い。柔らかいお胸の感触。少しだけ濡れてるのは、さっきまでの汗が乾ききってないからか。


「甘えん坊しようね」


「……うん」


 素直に返事して、少しだけ目を閉じる。星架さんの手が僕の頭を優しく撫でる感触。


「やって良かったね」


「うん」


「軽く考えられるようになった?」


「うん、もう電車も乗れると思う」


 恐らく劇的にトラウマは改善されてると思う。

 また。また星架さんに救われた。もうこんなに好きなのに、秒を追うごとに更に好きになっていってる。


「星架さん、ありがとう」


「うん」


「大好き」


「ふふ」


 おでこにキスされた。

 でもそれだけじゃ物足りなくて、僕は顔を上げて、星架さんを見る。以心伝心。半開きにした唇が近付いてきた。僕も同じように、唇を少し開けて迎える。


 ちゅちゅ、とリップ音が鳴るたび、脳が溶けていくようだ。


 やがて息継ぎ。唇同士の結合が離れても、おでこ同士はくっつけたまま。至近距離で見つめ合ってる。


「キスも……上手くなったよね、アタシたち」


「うん。すごく」


 最初は鼻がぶつかって、ビックリして離れちゃったけど、今なんて、むしろ鼻同士も擦り合わせるレベルだ。

 あの時も別にあのまま、互いに軽く唇を伸ばせば、キスになったハズなんだけどね。まあ、そんな風に冷静に振り返れるほど、上達して慣れたってことか。


「お互いに支え合うことも上手になっていけたら良いですね。今は僕が甘やかしてもらってばっかりだけど」


「前はアタシが甘やかしてもらったんだから、気にしないの。感謝は忘れずにだけど、自分が相手のためにしたことも忘れちゃダメだよ? 支え合いも上手にって言うなら」


「うん、そうかも。恩着せがましくしちゃダメだけど、忘れちゃったら寂しいですもんね」


 子供の頃に贈ったフィギュア。僕は忘れてしまってたけど、星架さんは8年、覚えていてくれた。そのギャップは、寂しいよね。逆の立場で考えると。僕が救われたと思ってる、あの公園での一幕を、星架さんは大したことしてないからって謙遜して、そのうち本心からそう思うようになって、いつの間にか忘れてしまう。そんなことになったら、僕はたぶん泣いてしまう。


 受けた恩は石に刻め、かけた情は水に流せ。そういう考え方も美徳ではあるけど、やっぱり親しい間柄では、かけた情も覚えておかないとダメだ。それも立派な思い出なんだから。


 難しい顔をしてる僕の頬を、解きほぐすように星架さんが撫でていく。そのまま再び唇を重ねてくるので、僕も受け止める。今までにない深さで交わり合う。結局、姉さんが帰ってくる時のドアの開閉音を聞くまで、ずっとそうしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 話の振れ幅凄過ぎ
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