142:陰キャとこの先もずっと
<星架サイド>
楽しい時間はあっという間に過ぎ、会はお開き。千佳をアタシが、雛乃を康生が乗っけて、それぞれ送り届けた。
そして康生ともお別れのチューをして、家に戻るとママが夕飯の支度を終えて、ちょうどソファーに腰掛けるところだった。
「おかえり。康生くんとも、もう良いの?」
付き合いたてのアタシたち。もっと別れがたく、時間が掛かるとママは思ってたみたい。
「うん、大丈夫。明日も会えるし」
友達期間も長かった(まあ正式な友達になるまでは少し時間かかったけど)し、その間も結構な頻度でスキンシップしてたから、きっと他の付き合いたてカップルよりは我慢が効く方だと思ってる。まあ今この場に居たら、やっぱり抱き締めて可愛がるんだろうけど。
「それに……」
ソファーに座ってテレビのリモコンを探していたママは、それを止めてアタシの方を見た。何となく、アタシがシリアスなことを言う雰囲気を察したのかも知れない。
「いま焦らなくたって、これから何年、何十年と一緒に居るつもりだから」
半ば結婚宣言みたいなモンだ。お付き合い報告のその日に言うのも先走りすぎか、とも思うけど。
……ママは何て答えるかな?
まだ社会にも出ていない、人生の荒波も知らない子供が青い理想を語っていると思うだろうか。そして実際、それはきっと正しいんだろう。「好き」だけではやっていけない日が来るのかも知れない。或いはその「好き」が揺らぐ事態が起こるかも知れない。アタシは固持できても、相手の気持ちが離れてしまう事だってあるのかも知れない。
それでも。今は固く信じてる。失っても次がある、そんなヤワな想いじゃないから。
「…………そう。なんか眩しいね」
ママは想像してた、どんな言葉とも違うことを言った。寂しそうな顔。パパとの別居が決まった時と同じ顔に見えて、アタシはハッとした。傷つけてしまったのかと思った次の瞬間、ママは優しく笑った。
「星架。アナタはそれで良い」
アナタなんて初めて呼ばれたかも知れない。それだけ、一人の個として尊重した上で、言葉を授けてくれてる。それが直感的に分かった。ママはソファーの上に正座してアタシを正面から見据える。アタシも姿勢を正した。
「長いようで短い人生、その中で結婚したい、死ぬまで一緒に居たいと思える人なんて、実はそう何人も居ないの。ううん、ひとり見つかれば良い方かも」
そう、なのかも知れない。出会った全員が恋愛対象になるワケでもないし。
「何となく良さそうとか、婚期が迫ってるからとか、これくらいが自分のレベルと釣り合ってるからとか、そんな妥協で結婚してる人たちも世の中には大勢いる」
誰か具体的に思い浮かべる人でも居るのか、ママは少しだけ虚空を見た。
「でも……アナタは見つけられたんだよ。妥協でも打算でもない、本物の恋」
もちろん、最初は妥協や打算だったとしても、共に生活するうち幸せを掴むケースもあるだろう。だけど、アタシはそのルートは拒否だ。いつだったか康生にした大学の例え話になぞらえるなら、アタシは第一志望以外は要らない。
「貫きなさい、星架。思うままにね」
ママは本当に眩しい物を見つめるように、目を細めた。
「ママも」
「ん?」
「……何でもない。ありがとう。アタシ、康生の事ずっと大切にする。大切にしてもらう。頑張るよ」
うん、と優しく頷くママ。アタシが本当に言いたかったことも多分、察してるだろうけど。
……ママも、パパのこと諦めないでよ。貫いてよ。
言えなかったその言葉を、アタシは胸の内にそっと仕舞った。
けど。改めて考えさせられる。
そうだよね。大好きな人と付き合えた、で終わりじゃないんだよね。恋人同士の関係を続けていかなくちゃいけないんだから。その為にはやっぱり不断の努力が必要なんだと思う。大切にする。してもらう。短い間ならともかく、ずっと続けるのはきっと途轍もなく大変だ。
なにせ、ママとパパはそれが出来なかった。今はもう壊れかけてる。恋人になったから、或いは夫婦になったから、それで安泰のゴールじゃないという事。むしろそこがゴールの見えないスタート地点なのかも。途方もないね。
けど、それでも絶望感はなかった。康生と再会して3カ月。互いに想い合い、助け合い、笑い合った。これを続けるんだ。想いを貫き、愛情を絶やさず、見えないゴールまで共に手を繋ぎ合いながら。




