140:ギャルと祝福された
翌日。14時に家を出るために、準備を進めていた。
星架さんにモールデートの時に選んでもらった、パープルに黄色い星が幾つか散っている(僕にしては)派手めなシャツを着て、下は膝サポーターを着けて、膝小僧を覆った。その上からお気に入りの黒のカーゴパンツ。
よし、服はバッチリ。
「っとと」
日焼け止めクリームを忘れるところだった。今日から塗る習慣をつけようと決めたんだった。
30年後への投資。ただでさえ容姿の面では全く釣り合いが取れてないのに、将来的な更なる劣化を看過するのは怠慢というヤツだよね。星架さんが30年後まで一緒に居るつもりで考えてくれてるんだから、僕も出来ることはしておかないと。
ペタペタと白いクリームを塗り伸ばして、よしオッケー。爪先で地面をトントン蹴って、おろしたての靴を足に馴染ませる。心機一転、お付き合い初日である昨日から履き始めたんだけど、まだまだ硬いね。
「いってきます!」
元気が漲ってる。踊るように玄関を飛び出し、自転車に跨った。今日は本当に調子が良い。どこまででも走れそうな気がしていた。
…………
……そしてそれは気のせいだった。
「ごめんね~、沓澤クン」
「ふひゅー。こひゅー。らい、じょう、ぶ」
ウソだ。まず大丈夫って言えてないし。
後部座席の重井さんは、気遣わしげに僕の横顔を覗うけど、僕は知っている。その口の中にソフトキャンディが入っていることを。いや、良いけどね。もう今更、数グラム増えたところで誤差だし。あ、でも最近2キロ太ったとか聞いた覚えが。
暑さと絶望感で、フラッと眩暈がした。
星架さんのマンションに辿り着いた頃には僕の方が2キロ痩せたんじゃないかってくらいの疲弊具合だった。
リビングにお邪魔すると、いきなり麗華さんと目が合った。あ、今日は御在宅か……って、え? 聞いてない。僕と星架さん、今から「お付き合い始めました宣言」するんだよね? その場にお母さんまで居るなんて。まずは子供たちだけの報告会で、場慣れしてから親御さんたちへの挨拶、という順序で考えてたのに。いきなり計算が崩れてしまった。
「お、お邪魔します」
「はい、いらっしゃい」
目尻に皺を寄せ、優しく微笑みながら挨拶を返してくれる。あ、そっか。そう言えば、星架さんから聞いてるんだったな。だからお付き合いの事実自体は、もう把握されてる。
知られてる上で、改めてご挨拶って形か。ならそこまでは……いや、それはそれで、やっぱり緊張してしまう。
「ほら、硬いよ」
星架さんが僕の腕をポンポンと叩いた。そのままソファーに促される。
「大丈夫だから。反対とかされないから」
隣に座りながら、そっと囁いて安心させてくれる。そ、そんなに硬くなってるかな。
取り敢えず、僕は頂いた紅茶をグッと飲んで、大きく息を吐いた。会の始まりの前に、今日お呼びだてした理由、つまり僕らの交際スタートのご報告をする手筈になってる。
隣を見ると、星架さんが力強く頷いてくれた。
よし、気負わず行こう。この場に居る全員、僕たちの味方なんだから。
「えっと……本日皆さんにお集まり頂いたのは」
「アタシたち付き合うことになったから」
ほあ!?
「知ってる」
「おめでとう」
「やっぱそうなんだ~」
ぬあ!?
「まあ、このタイミングで改まって集まってくれとか、雛ですら察するか」
そ、それはそうかも知れないけど、こんなに軽く済まされる感じなの?
「雛ですらってのは酷いよ~」
重井さんが抗議の声を上げるけど、顔は笑っていた。そしてそのまま、
「おめでとう、星架。私はそんなに恋愛相談されてなかったけど、それでも上手くいけば良いなあって、ずっと応援してたよ~」
そんな祝辞をくれた。
「ウチがその分、恋愛相談されまくりだったけどな。まあなんせ、この朴念仁が掴めない掴めない」
「あいたっ」
ソファーの斜め向かい側から洞口さんが足を伸ばしてきて、僕の爪先を蹴った。
「まあでもクッツーにも色々事情があって、恋愛どころじゃなかったのも今なら分かるけどな。それでも友達の段階で星架の事すげえ大事にしてたし、コイツなら任せられるなって思ってた」
僕を真っすぐ見て、優しく笑う洞口さん。そこに麗華さんも同調する。
「……そうね。康生クン、本当に良い子だから。星架も星架で落ち着きが出てきて、成長して……素敵な恋をしてるんでしょうね」
何か、こみ上げる物を抑えるような声音だった。そっか。男親のことばかり慮ってたけど、母親だって何も感じないハズないんだよね。思えばウチの母さんも、そうだったし。
なんだか、しんみりとした気持ちになってしまう。ややもすると泣きそうだ。
「おめでとう、二人とも。応援する」
「おめでとさん。お似合いだと思うぜ」
僕と星架さんは互いに顔を見合わせて笑った。そして前を向き直して、
「ありがとう!」
「ありがとうございます!」
大きな声で感謝を伝えた。なんの衒いもない、心からの感謝を。




