128:陰キャと戦利品を掴んだ
<星架サイド>
「ほっ、とっ、たっ」
一投目を通せた後、立て続けに決めてやる。こういうのは勢いも大事なんよね。
いけるな、これ。そう思った瞬間、
「ふえっくし!」
投げの動作に入る寸前で屋台のハゲ親父がわざとらしいクシャミをしやがった。クソ。勢いが途切れた。
アタシは焦らずにもう一度、立て直す。今度は逆に時間をたっぷり取って。集中、集中。
「ほっ」
スポッと輪の中にポールをおさめる。よし。もう一回やりやがったら、今度こそ故意だって抗議してやるところだったけど、流石に連続はやらねえか。じゃあその間に……
「とっ! あ!」
投げ急いだ。輪が浅くポールに引っかかるけど、遠心力でスポンと抜けてあらぬ方向へ飛んで行く。康生の立つ方向だ。「やべっ!」と思った瞬間、康生は飛んできた輪をベシッとはたく。下に叩き落とすでもなく、どこか不自然な動きだ。輪は……おっさんのハゲ頭に直撃した。
「いで!」
「……」
康生はさりげなく他のギャラリーの方へスススと移動して、バレないように立ち回ってる。親父もすぐに振り向いたけど、誰に当たって跳ね返ったのか、はたまた人じゃなくてテントを支えるポールにでも当たったのか、何も判断がつかない様子だ。
やりやがった、あの子。また惚れ直しそう。
屋台の親父は、軽く後頭部を擦りながら、憮然としてる。いや偶然だから、偶然。アンタがさっきクシャミが出てしまったのも偶然、康生がはたいた先にアンタの頭があったのも偶然。いやあ怖いねえ、偶然って。
「ふふ」
良い感じに力が抜けて、アタシはその後は全部の輪をポールに通してやった。親父はもうアレ以上は妨害してこなかった。流石に2回もやると抗議されると分かってるんだろう。それでも、まんまとパーフェクトは阻止されたワケだから、十分に巧者と言えるのかもだけど。
「すごいです、星架さん!」
康生が無邪気に喜んでくれる。まあこの可愛い笑顔と、本体にダイレクトアタックの面白さで、こっちも十分に元取れたな。
「いやあ、上手だね。お嬢ちゃん」
白々しい。
「はい。準パーフェクトのゲームソフトだよ」
黒いビニール袋を渡される。中に長方形の何かが入ってるのがシルエットから分かる。
「お、おお。あんがと」
パーフェクト賞は無頼ステーション本体だから、だいぶグレードダウンだけど、300円でゲームソフトが手に入るならラッキーやね。ケチくせえ親父とか思って悪かったかな。意外と太っ腹じゃん。
アタシと康生は屋台を離れて、街灯が煌々と照っている場所まで移動した。康生がキラキラした瞳でビニール袋を見つめる。あんまりゲームやらない子だけど、新しいソフトとなればやっぱ気になるか。
「早く開けましょうよ!」
「まあまあ、落ち着きたまえ。康生クン」
アタシはビニールの口を留めてるテープをゆっくりと剥がしていく。康生の首が中を覗こうと左右に小さく揺れてる。なんでアンタ、そんな可愛いんよ。
「よし、じゃあいよいよ」
「はい!」
アタシは袋の中に手を突っ込み、ソフトの外箱を掴んで、
「3、2、1……」
そのまま焦らすようにカウントダウンする。そして。
「ゼロ!!」
一気に引き摺りだす。
康生の期待に満ちた瞳が見えた。すごいタイミングで花火の一発目が空に上がる音がした。周囲の歓声を聞いた。
アタシは手元のソフトを、よく見えるように前に突き出し、パッケージを確認した。
『おいこめっ! どうかつの森』
と読めた。
康生の口角が一瞬で下がり、目から光が消えた。花火がバーンと弾ける大きな音が辺りに響いた。何かの間違いだと思って、アタシはパッケージを引っくり返した。
『このシマは……キミの威力が輝く場所!』
というキャッチコピーが視界に飛び込んで来た。可愛らしい動物が囚人服を着せられているカットも見えた。アタシは顔を上げて正面の康生を見た。そっと、目を逸らされた。
ひゅるるるる~と再び花火が空を昇る音がした。
「あのハゲええええええええ!!」
二発目の花火が夜空に弾けるのと、アタシが叫んだのはほぼ同時だった。




