125:ギャルの浴衣に花があった
そして迎えた花火大会当日。
天気は快晴。南西から生温い風が吹いているくらいで、雨の匂いは一つもしない。
午後6時半。ドキドキと高鳴り続ける胸を抑えていると、徒歩で星架さんがやって来た。キレイな浴衣姿に一瞬、目を奪われた。
「お待たせ」
駅前の喧騒に掻き消されそうな声量だった。彼女も僕も緊張してる。4日前、「愛してる」なんて言われて以来の顔合わせだから。そして今日と言う日が、僕たちの関係のターニングポイントになるのは二人とも分かっているから。
「お、お久しぶりです」
僕の声も裏返りかけた。
改めて彼女の姿を見る。薄い青に白い花が幾つも咲き乱れた柄の、可愛い浴衣。淡いメタル調の銀色帯。足元は黒地に赤い鼻緒のついた右近下駄。
キレイだ。一瞬、尻込みしてしまいそうになる。こんなキレイな人に僕は今日、告白しようと言うのか。明らかに釣り合ってない。やっぱりやめておいた方が……
「康生?」
掌に温かな感触。いつの間にか星架さんが僕の手を握っていた。
「いこ? 電車乗り遅れちゃう」
引かれるまま、僕と星架さんは改札を抜けた。ちょうど電車の到着を告げるアナウンス。
「やべやべ」
慣れない下駄で、星架さんがホームへの階段を下りる。いつの間にか前後が逆転して、僕が先に降りきり、彼女の手を引いてエスコートしていた。
ただ、そこまで急がなくても、電車は2分ほど先に来ていただけで、定刻までジッと停車してるようだ。走り損ってヤツか。
「ふう。涼しい」
車内は冷房がガンガンだ。乗車率は、まあ6~7割ってところか。花火大会がある沢見湖へ向かう線だけど、平日ってこともあって、そこまでじゃないみたいだ。
「ごめん、ちょっと遅れちゃって」
「いえいえ」
星架さんの格好。浴衣の着付けに、慣れない下駄での移動。仕方ない。
「やっぱ康生の家に集合でチャリの後ろ乗っけてもらえば良かったか」
デートっぽくないって理由で、駅集合を言い出したのは彼女の方だけど、ここまで手間取るとは思わなかったんだろうね。
「……浴衣とか、手間取っちゃって」
「はい。その、すごくキレイです」
意外にスッと褒め言葉が出てきた。心底、思ってることだからかな。
「でしょ? これ、通販で一目惚れしちゃって。この白い花、アイビーって言うらしいよ。可愛くない?」
僕がキレイだと言ったのは星架さんの事だったんだけど、気恥ずかしいので彼女の勘違いに乗っておく。
「はい、白いハイビスカスみたいですね。とてもお似合いだと思います」
「ん、サンキュー。花言葉もすごく素敵でさ。選んじゃった」
花言葉。後で調べておこう。話の種に出来るかもだし。
「康生も良い感じ。オシャレ作務衣? かな。柴犬の柄が激かわよ」
星架さんが細く白い指先で、僕の二の腕の辺りに居る柴犬の模様をつつく。そう言えば最近はすっかりネイルをしてない。僕と手を繋ぐようになったからか、と遅れて気付く。こういう所だよなあ。他にも僕が気付かないだけで、色んな隠れた努力や気遣いがありそうだ。
愛おしい。こんな素敵な人、逃してしまったら絶対に後悔する。
気が付けば僕は星架さんの手を両手で包んでいた。不思議そうにする彼女の目を見て、ハッと我に返る。手を引っ込めようとしたところで、
「ん? 繋ぎたくなった? 良いよ」
誤解した星架さんが手を繋いでくれる。「あ、う」とか陰キャまる出しの単音を発してしまった。
「こっちの方、普段全く来ないから、景色が新鮮やんね」
そう言ったきり、星架さんは車窓からの景色を眺め始めた。僕はその横顔に見惚れそうになって、少し視線を下げる。肩口、さっき言ってたアイビーの花が目にとまった。
僕はそっと繋いでるのとは反対側の手で、スマホを操作する。
『アイビー 花言葉』
と打つ。検索結果がすぐに出た。
『永遠の愛。誠実。友情。結婚。死んでも離れない』
クラクラした。よく倒れなかったなと思う。
今日の為にわざわざ新調してくれた浴衣。花言葉まで調べて、その上で名前を教えてくれた花。
視線に気付き、パッと顔を上げると、星架さんが慌てて顔を正面に戻した。車窓の景色に見入っているかのような、けど隠しきれない演技っぽさ。
こんなの……もう先に告白されたようなモンじゃないか。いや、「愛してる」って言われたんだから、既に4日前からって話だけど。
僕も彼女に倣って車窓を見た。だけど景色なんて何も頭に入って来ない。ただ右手で繋がる彼女の体温ばかりを感じていた。




