121:ギャルに想いを募らせる
目が覚めて、星架さんが居ないと知って、僕が最初に感じたのは寂しさだった。そしてその感情は自分でも驚くほど大きかった。もちろん家族がみんな見守ってくれてたから、孤独だったワケじゃないんだけど。一方で、家族の安らぎとはまた別種の温もりを求めていたんだ。
よくは覚えてないけど、たぶん微睡みの中で、あの公園での交わりをリフレインしていたのだと思う。頬に感じた柔らかい胸の感触(いやらしい意味ではなく)や、頬やおでこに優しくキスしてくれる唇の熱。抱き締めてくれた時に背中に回った、細いのに力強い腕の感触。
起きた瞬間、それらが弾けて消えたのが寂しくて、なら夢じゃなくて現実ならと探しても、彼女の姿が見つからなくて。帰ったと聞かされて、胸の内に寒風が吹いたようだった。
リビングの掛け時計を見ると、ほんの30分くらいしか経ってなかった。本当のうたた寝だったみたい。
僕は家族みんなに改めて感謝を伝えて、そのまま部屋に戻った。いつまでも行方不明事件のテンションのままだと、僕もみんなも困るから。一旦区切りをつけて日常に回帰しないと。
だから僕も、工具類のメンテナンスでもしようかと、手を動かし始めたんだけど……
「星架さん」
彼女のことばかり考えてしまっていた。胸がグッと狭くなるような感覚。会いたい。話したい。ありがとうって。大好きですって。言いたい。
抑えておけない。なんだ、これ。ついさっき気付いた気持ちのハズなのに、もう気付いた時には自分でも制御できないほどに育っていた。頭で気付いてないだけで、本能は、魂は、とっくに彼女にやられてたってことなのか。
いつからだろう。今回の、トラウマを全部受け止めてくれた時には、もう僕は全幅に近い信頼を寄せていたから、多分もっと前だと思う。
彼女が僕のフィギュアを大事にしてくれていたと知った時? 体育祭で宮坂相手に怒ってくれた時? 風邪を引いてお見舞いに来てくれた時? 特濃三塁打から守ってくれた時? あるいは頬にキスされた時? はたまたメイク教室で彼女の為に心を砕いたのがキッカケ? それとも純粋に楽しい日々を過ごす中で、自然と? 一緒に登下校したり、クソゲーをやったり、モノを作ってプレゼントしたり、色んなことを話して気付いたり気付かされたり。そんな何気ない日常の中で、想いが育まれたのかも知れない。
「考えても分かんないな。分かってるのは」
僕は星架さんが好きで好きでたまらないって事だけだった。そしてそれで十分だった。いつから、何がキッカケ、そこはきっと些末な事だ。今となっては全部が全部、大好きな人との大切な思い出だし。
「こ、こ、告白」
ニワトリみたいになっちゃったけど……するしかないよね。ずっと離れたくないんだったら、友達だけじゃきっとダメで。幸いにも僕と星架さんは男の子と女の子だから……もっと強い結びつきになれる。
なら、それが欲しい。友達よりずっと一緒に居られる。もっと傍に居られる。そんな証が。
僕は弄っていた工具をテーブルの上に置いて、代わりにスマホを取った。レインを起動して、星架さんのトーク画面をタップ。衝き動かされるまま、文字を入力していく。完成。送信しようとして……そこで一度、手が止まってしまった。
『好きです。大好きです』
そんなことを書いていた。いやいや。ちょっと待ってよ。僕は慌てて、下書きを消す。いきなりすぎるよ。もっと前置きをしてから。
「ていうか」
実際に告白するなら、目を見て、肉声で届けたい。彼女だってそうしてくれたんだから。
すううと大きく息を吸って、吐いて。
僕はメッセージを打ち直す。まずは今日の感謝を改めて。そしてそれを枕に、デートに誘って、そこで……
喉が鳴る。知らず唾を飲んでいた。
僕は壁のカレンダーを見やる。4日後、沢見湖で花火大会がある。調べた時は星架さんだけじゃなくて、洞口さんや重井さんも一緒かな、とか呑気に考えてたけど。ごめんね、二人とも。僕と星架さんの二人で行かせてください。
『4日後の花火大会、一緒に行きませんか? そこで大切なお話をしたいです』
書いた。送ろうとして、そこで再び手が止まる。
「これ送っちゃったら、もう」
友達では居られなくなる。ある種、モラトリアムの終わり。
手が震えた。一度スマホをテーブルに置いて、僕はまた深呼吸。
落ち着け。フラれるワケないんだから。愛してるって言ってくれたんだぞ。キスまでしようとしてくれたんだぞ。あそこまでしてもらって日和ってるなんてダサすぎる。
今更、自信が無いとか甘ったれたこと言ってんなよ、僕。容姿の差? クラスカーストの差? 自分を卑下する材料はいくらでもある。けど、星架さんはそんなことを一度でも僕に求めたか? 平凡な顔なのも、陰キャぼっちなのも、全部知った上で、ここまで距離を詰めてくれたんだ。勇気が出ない言い訳にしようとするな。
「……っ」
押した。送った。二つのメッセージを立て続けに。
すぐに既読がつき、更に返信まで。果たして内容は……
『行く! 絶対行く!』
快諾。安堵の息を吐いて、同時に両掌で頬をパシンと張った。あとは僕が勇気を出すだけだ。




