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ギャルの自転車を直したら懐かれた【8月25日・第1巻発売予定】  作者: 生姜寧也


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115/225

115:ギャルが来てくれた

 ただぼんやりと雲を眺めていた。僕がモールデートの時に食べたバニラ味のソフトクリームみたいな入道雲が、海みたいに真っ青な空を、ゆっくり東へ泳いでいる。地上は無風の灼熱地獄って感じだけど、上空には風が吹いてるんだなあ。


「行けなかったなあ。テカリンピックの予選」


 別にあの催しに興味があるワケじゃないけど、叔父さんとの約束を破ってしまったのが申し訳なかった。


 行ける、つもりだったんだ。昨日の事は昨日の事。と言うか二日連続で元クラスメイトに会うなんて、そうない確率だし。そう思ってた。けど、駅の改札をくぐることが出来なかった。ピッとICカードをかざすだけの、その動作が出来なかった。


 あっち方面の電車に乗れば、クラスメイトじゃなくても、あの学校の生徒の誰かには会うかも知れない。教師や職員に会うかも知れない。そこまで広げたら、確率はグンと上がる。先生が敵だったとは思わないけど、それでも「久しぶりだな。今の学校は上手くやれてるのか?」って聞かれるのを想像しただけで、とてもとてもしんどかった。


「なにが、一人で乗り越えられるだ」


 自分が見えてないにも程がある。


「乗り越えられるどころか、振り出しに戻ってるじゃないか」


 学校に行けなくなった日と同じ。足が出ない、あの感覚。背中がヒンヤリして、夏だと言うのに、指先が震えた。例の吐き気がして、気が遠くなった。

 ショックだった。一年前の最悪の状態は脱したハズだったのに……


「……弱いなあ、僕は」


 あざ笑うかのようなアブラゼミの合唱に、頭をグワングワン揺らされてるみたいだ。目をつぶる。

 家族の顔が浮かぶ。母さん、父さん。姉さん、メグル。叔父さん、叔母さん。みんなに迷惑を掛けて、期待を裏切って、僕は逃げ出した。


 そして一年近くの時間をもらって、今日やってることは前と同じ、逃避行。まるで成長がない。


「かなり酷い顔してるだろうな。このままじゃ……帰れない」


 また心配をかけてしまう。


「今、何時だろう」


 あまり遅くなると、そっちで心配かけちゃうか。

 僕はスマホの側面に親指を伸ばし……ん? あれ? 点かない。


「あ、そっか。充電切れ」


 昨夜、残量を確認して、後で充電しておこうと思ったハズなのに。忘れちゃったんだ。

 そっか。もう昨夜の段階で、平常心を失ってたのか。


 自分の心の弱さに愕然とする。そして、唐突に、こんなことを思った。


 こんなに弱くて、これから先、どうやって生きていけるんだろうか、なんて。ふ、と。「死」という一文字が脳裏をよぎった。バカバカしい。こんな一時の感傷で。そう思う気持ちとは裏腹に、その黒い影に背中を押されているように錯覚した。このまま身を委ねてしまえば、それは甘美なことのようにも……













「康生!!」


「……っ!」


 セミの合唱すら突き抜けるような大声に、僕はハッと気を確かにする。変な方向に考え始めていた。引き戻してくれた、その声の主を慌てて探す。あ、公園の入り口か、と振り返った時には、その人は自転車を乗り捨てるようにして、猛然と駆け寄ってきていた。


 銀に輝くミディアムヘアを振り乱しながら、あっという間に僕の目の前まで来ると、


「このアホ!!!! バカ康生!!!」


 あらん限りの声で怒鳴った。僕はビクッと体が跳ね、唐突な音の奔流に思考も停止してしまった。


 そんな僕を、しかし今度はギュッと潰れそうなほどに強く抱きしめてくる。え? え? どういうこと? 何も分からないまま、だけど次の瞬間、僕の頬に温かな水がかかる。雨、じゃないよね。こんなに晴れてる。


「どんだけ心配かけさせんだよ……」


 星架さんの声が震えて、裏返っている。そこでようやく、頬に当たる水分は、彼女の涙だと分かった。


「そんな、ちょっと寄り道しただけで……」


「アホ! だからアホだって言ってんだよ! 三時間も。体調不良っつって、音信不通になって、こんな炎天下で! 心配するに決まってんだろ!」


「さ、三時間!?」


 そんなに経ってたのか。何もせず、ただ雲を見てただけなのに。


「それに、アンタ、昨日のこともあって! 思い詰めてんじゃないかって!」


 そんな大袈裟な、とはきっと言えないんだろうな。星架さんの声が聞こえるまで、自分が何を考えかけていたか。


「みんなも心配して、探し回ってる」


 少しずつ、星架さんの声量も落ち着いてくる。だけど僕を捕まえたままの両腕はきつく体に回されたままだ。


「そう、だったんですね」


「そうだったんだよ。何回も電話したのに出ねえし」


「すいません、スマホも充電切れてるの、今さっき気付いて……」


 星架さんは少しだけ僕の拘束を緩めて、自分の目元の涙を拭った。僕はその姿に、不意に鼻の奥がツンとした。こんなに心配してくれてる。それが嬉しくて、だけどこれ以上、甘えるワケにはいかないと、グッと歯を食いしばった。そして笑う。安心させたくて。


 だけど、星架さんは、僕のその笑顔を、


「笑うな」


 完全に否定した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 涙腺崩壊しました。良いです。とても良いです。ところどころ笑える要素を盛り込みながら読者をグイグイ引き込んでいく文章。素晴らしい。 [気になる点] 無し
[一言] イイネ
[一言] イイネ
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