112:陰キャが行方不明になった
<星架サイド>
事態が急転したのは、翌日の午後だった。アタシがそろそろ康生の様子を見に、製作所に行こうと靴を履いてる、ちょうどその時だった。
アタシの携帯に着信。画面を見ると春さん(何度か沓澤家にお邪魔するうちに番号交換した)の名前。珍しい、というか電話が掛かってくるのは初めてだった。
「もしもし」
「星架ちゃん! そっちに康生行ってない?」
挨拶も無しに、いきなり息せき切った質問。面食らってしまう。ただその尋常ではない様子に、アタシもすぐに何かイレギュラーが起きたのだろうと悟る。
「いや、来てない。康生、どうしたの?」
「今朝、用事で出かけたハズなんだけど、向こうには行ってないみたいで、それで!」
「え!?」
まとまりを欠いた春さんの言葉。だけど要点だけは拾えた。つまり行方不明……ということか!?
「スマホは? 繋がらないの?」
「いや、電源が入ってないの。切ったのか充電が無くなったのか……と、とにかく星架ちゃんもすぐウチに来て!」
「わ、わかった!」
大慌てで玄関を飛び出す。出かける直前だったのが幸いだった。
エレベーターが上がってくるのも待てず、マンションの階段を駆けおりる。そのままの勢いで駐輪場へ駆けこむと、即座に自転車にまたがった。
「康生……」
ハンドルを握る手が汗で滑りそうだ。車輪が回転するたび、アタシの頭を良くない言葉がグルグル回る。蒸発。事故。あるいは……
「ないから! あるワケないから!」
たっぷりと愛情を注いでる家族がいる。好きなモノづくりだってまだまだこれからだ。あと……アタシだって居るじゃん。大事にするって、親友だって言ってくれたじゃん。そんなアタシを残して居なくなるような、薄情な子じゃないよ。
大丈夫、大丈夫。
でも。昨日、やっぱり目を離すべきじゃなかったのかな。もっと一緒にいてあげた方が良かったのかな。雨が降る前に帰った方が良いって言われて、すんなり受け入れずに、迷惑承知でいっそ泊まるべきだったのか。一人になりたいのかな、とか遠慮せずに、やっぱり踏み込むべきだったのか。
いや、今さら悔いても仕方ない。起こった事は変えられない。今できることは、一刻も早く沓澤家に合流して、状況を把握することだ。焦るな。短慮を起こすな。
そう自分に言い聞かせながら、アタシはスターブリッジ号を酷使した。
チャイムを鳴らす前に、既に玄関扉が開けっ放しで、そこからちょうど芳樹さんが出てくるところだった。パッと目が合うと、軽く会釈をして、そのまま家の裏手に消える。車を取りに行ったんだと思う。
「星架ちゃん!」
芳樹さんの後に出てきた春さん。彼女のこんな焦った顔は初めて見た。
「取り敢えず中で詳しいこと説明するから上がって」
「うん」
春さんに続いてリビングに入ると、明菜さんも娘と同じような顔で座っていた。その隣、何故かメグル君も居た。旧交を温めるような間柄でもないので、お互いに軽く目礼のような物で挨拶とする。
「星架ちゃん、来てくれたんだね」
「はい。こんにちは。それで明菜さん……康生は」
「それがね。この子のお父さん、つまり康生の叔父さんなんだけど……」
明菜さんは隣に座るメグル君の肩に軽く手を置く。
「その人が今、横中で開かれてる、鼻の頭テカリンピックの予選に出てるんだけど、その応援に康生も行くことになってたの」
鼻の頭テカリンピックが鬼ほど気になるけど、今はそれどころじゃない。意志の力で強引に聞き流す。
「けど二時間以上前ね。その叔父さんのスマホに、康生から体調不良で行けなくなったってメッセがあったらしいの」
「……それで僕たちも心配してコウちゃんに電話してみたんですけど、繋がらなくて。それに待ってても全然帰って来ないから」
明菜さんに続いて春さん、メグル君が状況を説明してくれる。
「警察とか」
二時間半くらい帰らないだけで大袈裟とも思うけど、体調不良も絡んでるなら楽観視はマズイ。特にこの時期、熱中症で命を落とす人だっているんだから。
「今はまだ。主人に横中まで車で行って、駅とかで倒れてないか見てきてもらって。春たちが今から、沢見川駅から家までの道を捜索に出かけるところだったの」
「でも体調不良って言っても、昨日もゴロゴロ言うだけで結局雨も降らなかったし、また風邪ってこともないよね……星架ちゃんから見て、何かおかしな所とかなかった?」
探るような春さんの目。今思えば、横中東に康生が行くと言った時、彼女が泣きそうな顔をしてたのは、例のトラウマを心配してのことだったんだろう。それでも信じて送り出した……までは良いけど、翌日にこの有様。家族も体調不良と、心理的なファクターの両面から疑ってるのか。そしてそれはアタシも同じで……
「ハッキリと断言は出来ませんけど、もしかすると心の問題かも。その、実は昨日、康生、アタシに話してくれたんです。中学時代のこと」
と打ち明けた。
「……っ!」
三人とも目を見開いて驚いていた。やっぱりアレを話してもらえるのは相当特別なことなんだな。
「昨日、横中東で元クラスメイトの二人と会ったのがキッカケで」
そうしてアタシは昨日の顛末を(時間もないし手短に)話した。




