111:陰キャに踏み込めなかった
<星架サイド>
家に帰り着いて、シャワーを浴びると、ベッドに頭から飛び込んだ。うつ伏せのまま、ゆっくりと息を吐く。
「ついに……話してもらえた」
けど、なんか、上手くは言えないんだけど。あれだけ時間がかかった割には、すごく淡々と、淀みなく話すもんだから……いや、ホントなんだろう。言語化しづらいんだけどさ。
何か、まだ康生の一番奥の奥まで届いてないような。考えすぎかなあ? 少なくとも身内以外で、あの話を聞いたのはアタシだけ、とは言っていた。つまり間違いなくアタシは信頼を得ている。それで十分じゃないのか。
友達だからって何でも話さなきゃいけないワケじゃない。それはその通り、今でも同じ考えだ。
でも。なら恋人、いや夫婦だったら? それは他人の距離感じゃダメだ。悲しみも共に背負う覚悟で踏み込まないと。
「アタシは……」
その覚悟、持てるだろうか。煙たがられてもなお、話して分かち合ってくれと、詰められるだろうか。
拒絶されたらと思うと、怖い。話した所までが話せる所。それ以上は踏み込まないで、ということだったら。
「様子をよく見といてあげよう」
或いは本当に彼の言葉通り、アタシの存在がある種の救いになって、独力で過去を振りきれるのかも知れない。もしそれなら、きっとアタシは見守るのが正解だ。
アタシを支えに康生が強くなれるんなら、こんなに嬉しいことはない。依存だと人は言うかも知れないけど、それがどうしたって感じだ。
ただもし、まだ自分だけでは消化しきれない想いがあるのなら、その時は……踏み込もう。嫌わないでと切に願いながら、それでもアンタの力になりたいと言おう。
「大丈夫」
怖さは当然あるけど。あの暴走ですら、アタシの情の深さゆえと、悪く捉えることはなかった子だ。情のこもった行動なら、必ず汲み取ってくれる。
「つか、そんな優しい子をさ……」
思い出したように怒りが湧いてくる。康生の優しさにつけこんで、ふざけたことしやがって。
「全員、地獄に落ちろ」
あの子に仕事を押し付けた連中も、掲示板で陰口叩いたヤツらも、転売しやがった何人かも。
「クソッ」
何か殴りたい気分だ。だが生憎、部屋を見渡しても目につくのは、康生が丹精こめて作った宝物たちだけ。
仕方なく枕に拳を打ち付けた。
ああ、この気持ちを共有したい。
アタシは千佳の電話番号にダイヤルする。あ、そうだ。放置してたこと、まずは謝らんと。
「おう、どした?」
ツーコールで繋がり、いつもと変わらない声が聞こえた。色々思う所はあっただろうに、おくびにも出さない。千佳のこういうところ、素直に美徳だと思う。
「うん、まず今日はゴメンな?」
「いいって。今度、アンタの旦那にお菓子でも作ってもらうわ」
「ん。伝えとく」
康生なら寧ろ喜んで作りそうだから、あんま借りの返済にはならん気もするが。
「……で?」
「うん、実はさ」
千佳には話しても良いと、康生から許可をもらってる。と言うか向こうから言い出した。千佳だけ帰らせたこと、気に病んでたんだろう。
なのでアタシは、ある程度かいつまんで話した。今後もアタシを介して二人の交流は続くだろうし、なら千佳にも知っておいてもらった方が何かと都合が良さそうだし。
「なるほどなぁ……昨日、プレゼントに反対してたのは、そういうトラウマがあってのことか」
アタシが作ったアクセ配布案に関しては、ファンオンリーだし、転売のおそれはかなり低いだろうけど。
「星架が自分と同じように傷つくかもって思ったんだろうな」
あ、そっか。そういうことだよな。アタシの心配を……
「アタシ、取り敢えず様子を見ようと思って。帰りとかフツーだったからさ。けどフツー過ぎるのが引っ掛かるっつーか」
「ああ、そうだな。案外、ガチで傷ついてる時って、心が蓋されるっていうか」
「うん」
分かる気がする。どっか他人事みたいに俯瞰になるっていうか。
「しかしアンタも変わったよな」
「え?」
「以前だったら、後先考えず凸ってたんじゃねえか?」
「んなこと……」
あるかも知れない。
「クッツーと交流するようになって、大人しい人との距離感を学んで、一旦立ち止まって考えるってことが出来るようになったと思うぞ」
「そうなのかな」
自分ではあまり自覚はないけど。
「クッツーもアンタに影響されて少しずつ前向きになってるのと同じで。人と人が交流すれば、おのずと互いに影響を与えあって、小さく緩やかに変化していく。夫婦が似るのはそういう理論だろ」
夫婦。良い響きだ。
「って、しんみりしてる場合じゃないんよ。取り敢えず康生の方は、注意深く見ておいてあげるとしてさ……中学のクソ野郎どもに何かしてやりたい。ムカついて仕方ねえ」
「はは。そういう所は変わってねえな……良いと思うぞ。今度、作戦会議するか」
ビデオ通話でもないのに、親友が悪い笑みを浮かべているのが手に取るようにわかった。




