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ギャルの自転車を直したら懐かれた【8月25日・第1巻発売予定】  作者: 生姜寧也


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109/225

109:沓澤康生の事情(後編)

 だけど僕は一つだけ確かめなきゃいけないことがあった。

 あの例のメヌカリの出品、その容疑者の一人、灰塚(はいづか)


 クラスのお調子者みたいな立ち位置のヤツで、別にカースト上位とかじゃない。むしろ上位(例の少し不良っぽいグループ)にイジラれて道化のように笑いを取るタイプだ。


 猿顔で、手足も細いので「モンキー」なんてニックネームをつけられていたりするくらい。

 そしてそのニックネームにちなんで、豊臣秀吉の木彫りをリクエストされ、贈ったことがある。


 彼とは一年の頃もクラスメイトだったので、その時に贈った物だった。いわゆる作り始めの時期だ。当然、今作るより完成度は低い。作った僕にしか分からない独特の粗さ、拙さがあった。そしてそれを、あの出品の写真に見て取ったのだ。

 ちなみに商品紹介のページに台座が映った写真がなく、イニシャルの有無は確認できなかった。


 正直に言うと、60%くらいだと思ってる。特徴はあくまでも僕の主観でしかないし、僕じゃなくても、慣れない人が彫れば似たような粗が出るかも知れない。


 あともう一つ。あの時期に秀吉をあげた人が他にも居たか、よく覚えてないこと。

 僕の悪いクセだ。作った後、喜んでもらった後、すぐに次の創作に興味が移ってしまう。


 だから確かめることにした。

 灰塚とは、それなりに話すし、幸い、特に苦手意識はなかった。彼がクラス内で自分を下げる立ち回りをしていたのがきっと大きかったんだろう。僕みたいな陰キャ寄りの人間でも、特に気負わず話せるというか。


 僕は他のクラスメイトたちと話し終え、授業前にトイレに立った彼を追いかけた。廊下で追いつく。


「灰塚」


「ん? 沓澤? なに?」


「昨日さ、大道具の製作の関連で工具を整理してて、ふと思い出したんだけどさ……一年の頃、僕、灰塚に木彫り像あげたよね?」


 僕は油断なく灰塚の様子を観察する。彼はそっと視線を窓にやった。


「どう……だったかな? 何人かもらってたから、俺もくれ、みたいなノリで言ったかも?」


 言葉を選んでる雰囲気を感じた。失言を恐れてるような。


「もしかして返して欲しいとか?」


「あ、いや、そういうことじゃなくて。誰に何あげたか整理しようかなって、それで」


 僕の方がしどろもどろになってしまう。後から思えば、現物を返せと言ってしまうのも手だったのに、その時の僕は一度あげた物を、今になって返せなんて恥ずかしい真似は出来ない、という気持ちで一杯になってしまっていた。


「……ふうん? じゃあ今度探しとくよ。今はちょっと忙しいからさ」


 それだけ言って、灰塚はトイレに行ってしまった。


 僕の気のせいかも知れないけど、普段より冷たい態度に感じられた。彼のようにクラス内で上手く立ち回る人間は、人間関係の変化に敏感だ。僕が今、微妙な立ち位置であることも関係してるんだろう。


 さっき少しだけ視線を逸らしたのも、言葉を選んでる風だったのも……転売の後ろめたさから、か?

 ただ全部、僕の主観のみの話だ。何らの証拠もない。そして多分、僕の話術では彼から言質を取るのは、ほぼ不可能に思えた。本物の道化師よろしく、彼はきっと嘘が上手い。


 そこで、不意に。今まさに立っている床が崩れ去るような錯覚を感じた。クラスの友達に裏切られているかも知れない。仮にそうでなかったとしても、丹精込めた贈り物がどこにあるかも分からない、そんなレベル。僕がこの学校で過ごした三年近くの歳月は、一体なんだったんだろう。


 いや、そもそも友達だと思っていたのは僕だけ、というオチか。三年で築き上げた物なんて、最初から何もなかったのかも知れない。


「沓澤、授業始まるぞ?」


 廊下に突っ立っている僕を、次の授業の教師が訝しげに見ていた。


 僕は教室を見る。全く知らない場所のように思えた。ここに僕の居場所はない。そういう確信だけがあった。教室内のクラスメイトたちの顔を思い浮かべる。誰をどこまで信じれば良いのか、裏切っていない人はどれだけ居るのか、僕の悪口を書いたのは誰なのか。そして転売をしたのは誰なのか。本当に灰塚なのか。


 そこでハッとする。灰塚が仮にクロだったとして、まだ居るんだ。3件中、残りの2件は僕の作が確定してる。けど両方とも信長だから、あげた人が多くて絞れない。

 僕はどこに居るかも分からない亡霊でも探すように、左右前後、首をあちこちに振った。学校中に敵が潜んでいるような錯覚に囚われていた。


「く、沓澤? お前、顔が真っ青だぞ」


 言われるまでもなく、自覚してる。僕は吐き気を堪えきれず、慌ててトイレに駆け込んだ。心配してついてきてくれた先生が、


「今日はもう早退しろ。連絡とかは俺がしといてやるから」


 と背中を擦ってくれた。僕は彼の言う通りその日は早退して……そしてそのまま二度とあの学校に登校することはなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 疑心暗鬼になるともう止まらなくなりますからね ましてや多感な中学生の頃のこんなことがあれば本当にきついと思います がんばれ康生くん [一言] 短い間隔での二話続けての更新ありがとうご…
[一言] 誰も彼もが疑わしく見えてくるね… 最初の頃の彼の状態でも相当立ち直っていたレベルか
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