怪奇探偵の推論
翌日、夕方。俺たちは事件現場に来ている。
被害者は隠されたままだが、殺人魔の模様は見えている。
堀さんと手を引かれて来た寝起きのような顔をした角野さんが揃い。座っていたひとねが立ち上がる。
「今回の事件、殺人魔の解決はこの模様の消滅によって果たされる。殺人現場……つまりはこの部屋で殺人方法と死因を言い当てる事で模様は消える」
「答え合わせはその模様がしてくれるわけだね、いつもの事件より気楽でいい」
ひとねと入れ替わるように座った角野さんは持っていた缶コーヒーを飲み干す。
「じゃあまずは怪奇探偵の推理を聞かせておくれ」
*
「私の推論は簡単だ。そもそも突発かつ抗えない衝動に身を任せた殺人だ、小難しいトリックはないだろう」
「ふむ、ではどう考える」
「死因は見ての通り刺殺、単純にサバイバルナイフで刺しただけ。ではその場合に問題となるのは何か」
指されたのは俺、皆の視線を受けながら答えを探す。
「仮密室だから出入りの問題、あと無抵抗で複数刺されてる事もか?」
「ああ、そうだね。その二つを解消すべく犯人の足取りを話すとしよう」
いつの間にか堀さんが淹れていたコーヒーで喉を潤し、推論は次の段階へと移り変わる。
「アリバイの無い三人は全員被害者と友人関係かそれ以上にある。故に入るのは簡単だ。何かしらの理由をつけて『部屋に入れて』と言えばいい」
確かに、ひとねや下里がそう言ってきたなら何の疑問も持たずに招き入れるだろう。
「その行為が殺すためか、それとも本当に用事があったかは分からない。入った後に魔が刺したのだとしても変わるのは犯行タイミングだけだ。ともかく犯人は近くにあったサバイバルナイフで被害者を刺した。偶然かはわからないが心臓を一刺し、一撃で殺されたのならば犯人も抵抗なんて出来やしない」
「あれ? でも被害者さんには複数の刺し傷があるんじゃなかった?」
「それこそが殺人魔の残した謎だ。殺人魔の殺人衝動は人を殺めないと治らない。いくら心臓を刺したからといってその瞬間に死ぬわけではない。死が確定するまでのほんの少し、殺人衝動は残り続け、致命傷を負った被害者に更なる傷をつける事となった」
「それが無抵抗なのに複数の傷がある理由か……」
ならば残るは仮密室からの脱出だ。
「後は簡単だ、ロープやザイルを使って窓から降りる。それだけ」
「いやいや、個人的監視はどうした」
「ああ、私もそこを突発しようと考えていた。しかし簡単かつ単純な隙があった」
「隙? 途中何処にも行かなかった筈だぞ?」
「途中ではない、最後だ。アルバイトの彼は窓についた血痕を見て直ぐに部屋へと駆けつけた。しかし直ぐとは言えど瞬間移動した訳ではあるまい」
「あ、なるほど」
「その発見から現場到着までの数分、個人的監視は無かった事になる。その隙を見て降りれば犯行は成立だ」
終わりの合図のようにひとねが座る。
「ふむ、確かに犯行は成立しているし状況への合致もある。ただ……」
角野さんの視線の先には鬼の模様が浮かんでいる。
「今回は違ったみたいだね」
そう言って角野さんは立ち上がる。
「次は僕の推理を披露する番だ」




