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デニスはタキシードのリボンを、忌々しそうに引っ張った。
「これ、俺、嫌い。しなきゃなんねえの?」
私はしっかり頷いた。
「かっこいいよ、似合ってる」
「へへ、そうか? ジゼルもすっげえ綺麗だぜ。さすが俺のお嫁さんだな! なあ、俺たち、結婚しても親友だからな」
「うん。変な感じだけどね」
「そうかあ?」
デニスは不思議そうな顔をしている。
今日は結婚式で、本当なら新郎新婦は別々のところにいるのだが、デニスが脱走したので無駄になった。脱走の理由はタキシードのリボンが嫌だったからだ。どうにも大人しくならないので、私のところに放り込まれたのだ。これにはクマのおじさんたちも驚いていた。
結婚式には、少ない人数だけれど、今までお世話になった人たちが集まっている。グレンさんに、店長さんと奥さんとその娘さん、それから先生、ツバメさんにジミーさん、村の人たち、各地でお世話になった人たち……。結婚は地域でそれぞれの違いがあるらしく、面白い話がたくさん聞けた。
デニスの作った印は小さなもので、あのデニスが今でも読む気に入っている絵本に出て来る草花の一つだった。入れられるときはとても痛くて泣いてしまうくらいだった。おかげで、デニスに迷惑をかけてしまったけれど、今となっては笑い話のようなものだ。
部屋にグレンさんが入ってきた。
しっかりとしたスーツ姿で、やっぱりイケメンだ。
「やあ。ジゼルさん、とてもお綺麗ですね」
「ありがとうございます。グレンさんもとっても素敵です」
「ふふ、どうも。まあまあ、唸らないでください。デニスくんも似合ってますよ」
「ふん、そーかい。そりゃ、どうも。んで、何の用だ?」
「新郎に会いに行こうと思ったら、部屋でくつろいでいる獣人の方にデニスくんは新婦の部屋に放り込んできたと言われて、慌ててやってきたわけですよ」
デニスと私はキョトンとして「慌てて?」と言った。それにグレンさんはにこにこしながら「ほら、不埒なことがないかとか」と言った。おかげで私は赤くなり、デニスは「大丈夫か? 赤くなってるじゃねえか! お前、なにしやがった!」と吠えた。グレンさんは面白そうに笑っているだけだ。
「デニス、落ち着いて……。大丈夫だから」
「そうか? そんなら、いいんだけどよ」
彼は私の顔を覗き込んだ後、グレンさんに向き合って「んで、何の用だ?」と聞いた。
グレンさんは肩をすくめて「友人の幸福を祝福しにきたんですよ」と言った。デニスはそれに嬉しそうに
笑って、礼を言った。その後、彼に刺青を見せて、あの絵本に出ていた花だと教えた。グレンさんは刺青をしげしげと見て「いい花を選びましたね」と言った。
「アングレカムでしょう?」
「知らねえ。見たことねえけど、綺麗だなって思って、これにした」
「ああ、そうかい」
「んだよ、知らねえんだもん。しょうがねえだろ」
「まあ、いいでしょう。アングレカムの花言葉にね、いつまでもあなたと一緒っていうのがあるんですよ」
「へえ、そうなのか。あんた物知りだな」
「そうですかね? でも、いつでも別れてくださってかまいませんし、毎年、普通に口説きに行きますから」
「は? 人の嫁だぞ?」
「人の心はわからぬものです……。そのついでに友人の家に遊びにいくって感じで行きますね。ジゼルさんもいつでも別れてくださっていいですからね。僕のところにどんと嫁にきてください」とグレンさんは多分本気でそう言って笑った。
それにデニスは「んなことさせるかよ! ぜってえ、お前なんかに渡さねえし!」と怒鳴った。それにグレンさんは「あきらめなければ、いつかっていうのもありますしね。隙を見て、奪い取りますから、頑張ってください」と言い返した。デニスはますます怒って、毛を逆立て、ピンと尻尾を立て「ぶん殴るぞ!」といった。
「おや、怖い怖い。とにかく、今は二人の幸せを祝福しますからね。他の方々もそう思っているはずです。では、殴られる前に退散します」
グレンさんが出て行くと、デニスは椅子にどかっと座り「ぜってえ、渡さねえ」と静かに唸り、尻尾を不機嫌そうに揺らした。
グレンさんの後は、先生や店長さんたちなんかが入れ替わり立ち替わり祝福の言葉を述べてくれた。
デニスはそれを聴きながら、ずっと首元のリボンをいじり、結局外してしまった。それに、デニスはとてもスッキリしました、という顔をした。
「つけてた方がいいと思うけど」
「いやだ。絶対につけない。首輪みたいでヤダ。絶対にいやだかんな」と言った。私は彼にリボンをつけることをあきらめた。
式場の人に呼ばれ、私たちはお互いに見合って、笑った。
「絶対、あんたのこと離さないからな」
「うん、ずっと一緒にいようね。どうせ、私、デニスがいないと旅ができないもの。それに、ふふ……おかしいけど、大親友だもの!」
「そうだな!」
デニスは私に手を差し出した。私は彼の手を取った。
「ドアの前までつないでこうぜ」
「うん」
「この指輪、あとで、首からぶら下げられるようにしていいか? 気になっちまって」
「いいよ」
「へへ、やりい。そんじゃあ、またな、ジゼル。数分後に会おうぜ」
「うん、またね」
私たちはドアの前で別れた。デニスは先に歩いて行く。それを私は追って行く。きっと、ドアの向こうは幸せだらけで、もっと向こうの明日とか明後日とか未来だってそうに決まっている。
私は開けられたドアから一歩踏み出した。




