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 校長先生の指示で先生たちが全員いなくなった後、私たちは校長先生の前に黙って突っ立っていた。

「君たちが友人同士っていうのは本当かな?」と聞かれ、デニスは「違うぜ、大親友だ」ときっぱりと言い放った。それに校長先生は片眉を上げた。

「学校を辞めたいそうだね」と校長先生はデニスを無視して言った。私は頷いた。

「学校で教えてくださる勉強はとても面白く、将来に役立ちそうなものばかりです。その点では心残りですが、私、辞めたいと思っています。私は彼と親友であることをやめる気はこれっぽっちもありませんし、それを悪いことだともちっとも思えません。ですが、この学校ではそうではない。ここに居場所はありません。なので、やめようと思っているんです」

 校長先生は深く頷いた。

「獣人と友人関係にある生徒を学校にいさせるわけにはいかない。他の学校だってそうだろう。君に、もう学ぶ場はない」

 確かに、そうだろう。私にはもう古くからある学校では教育を受けられないだろう。デニスのことを隠さない限りは。だけれど、私は彼のことを隠す気はない。だから、実質的にないに等しいのだ。

 それは重々承知だ。とても後悔することになるだろうけれど、それでも、ここに居場所はやっぱりない。黙って、見つめる私を見返した校長先生は、さっと紙を出し「二、三日で寮から出て行くように」と私に言い渡した。

 私は扉の前で一度立ち止まると「校長先生、今までお世話になりました。ありがとうございます」と頭を下げた。校長先生は興味のなさそうな顔で「頭を下げられる覚えはない。さっさと出ていってくれ、その犬を連れてな。まあ、君も犬畜生と同じような野蛮人だろうがね」と言った。

 デニスが唸り声を出す前に私は部屋から出た。

「なんで、言い返さないんだよ」

「あれでも学校に通わせてくれて、教えてくれた人だから。礼儀だよ」

「チッ……。あんたやっぱり変だぜ」

「そう?」

「俺なら、絶対に殴り飛ばしてるね、あのたこ頭」

「ふふ、タコ」

「タコだろ」

 私たちは寮に戻った。特に詰め込む荷物はなく、デニスは鍋と毛布を持ち、私は洋服を持った。本は全部ズタズタだし。デニスは「ある意味、荷物を少なくしてもらったみたいでありがたいな」と言った。私は頷いた。

 帰る前にできる限り、綺麗な状態にするために机や椅子をゴミに出した。出しに行ってくれたのはデニスだ。私たちは学校が終わるまでの間、掃除をして過ごした。私は両親に手紙を書いた。

 学校を辞めてしまったことの謝罪、それからデニスと歩いて帰ること。帰ってきてから、いろいろ話そうということ。

 それを書き終えると、デニスは「そんじゃ、行こうぜ」と立ち上がった。私も立ち上がって部屋から出て行った。

 寮の外に、メガネをかけたグレンさんが立って待っていた。

 デニスはキョロキョロと辺りを見回した。

 グレンさんはクスリと笑い「大丈夫ですよ、このメガネじゃわかりませんからね」と言った。

 それから、私たちの手を握りしめ「すみません。できれば、あなたたちを守りたかったのに……。こんな結果になってしまって」と声を震わせた。

「いいえ、グレンさんのおかげで、私、学校でも楽しく過ごせました。グレンさんとお別れしてしまうのはとても寂しいですが……。今まで、本当にありがとうございます」

「いえ、いえ……。僕の方こそ、あなたたちにどこか勇気をもらっていました。僕は、この学校でどうにか頑張って行こうと思っています。ジゼルさん、あなたは立派な人だ。胸を張って、領に戻ってください」

「ありがとう、ございます……!」

 泣きべそをかきそうになる私の手をぽんぽんと叩いた後、グレンさんはデニスに向き合い「これを、君に」と絵本を差し出した。

「これ!」とデニスは驚いた顔でグレンさんを見た。

 グレンさんはにっこりと笑った。

「本当は図書室の本なんですけれどね。秘密ですよ。これが好きなんでしょう? 持って行ってください。読んでくれる人の元にいる方がいい」

「ありがと。俺、これ、大事にする」

「当たり前です。それと、くれぐれもジゼルさんをよろしく頼みましたよ」

「ああ、あんたの分まで」

 グレンさんは笑って、デニスの肩を叩いた。それから、グッと力強く握手をすると、寮の中に入って行った。

 私とデニスはグレンさんは見えなくなるまで、その場で立ち止まった。寮の窓から見えるグレンさんは、時折、目元を拭っている。デニスは私の腕を取ると「好きなやつに泣き顔見られたいやつはいないから、さっさと行こうぜ。暗くなる前に越えなけりゃ。でも、その前にテンチョーのとこに行かなきゃ」と言った。私は頷いて、デニスについて行った。

 デニスの働いていたお店は森の奥まったところにある。ついたのはお昼すぎだった。

 こぢんまりとした木の家だった。

 彼は慣れた手つきでドアを開け、中に入って行く。私もそれに続く。

「テンチョー」

「うるせえなあ!」という乱暴な声とともに隣の部屋から店長さんと思わしき人が出てきた。無精髭にだらしのない格好……。私は少し驚いた顔をした。店長さんは私を見ると、驚いた顔をして「ど、どこぞのお嬢様でありますか?!」と素っ頓狂な声で聞いた。私は頷いた。

 店長さんはデニスを見た。

 デニスは、ニシシと笑い「俺の親友だぜ、テンチョー!」と私の肩をがっしりと掴んだ。店長さんはそれに驚いた顔をして「お前があ? このお上品なお嬢さんとお? まじで??」と言った。それに私とデニスは同時に頷いた。

 彼は額に手を当てて「ひえ〜、まじかよ」といい、私たちを隣の部屋に案内した。小さくて可愛らしい机と椅子があり、彼は私たちにお茶を出してくれた。初めて見るようなお茶だ。

「これは、なんというお茶ですか?」

「あ、それ? それは、こいつがとってきてくれた漢方のお茶さ。ちょっと独特な味だがね、健康にはいい」

 確かに、独特だ。でも、いけないことはない。私が飲めるらしいのがわかった店長さんはニコニコとしている。

「それで、デニス。今日はうちを辞めるって話か?」

「おう」

「そのお嬢さんも領に帰るのかな」

「はい。先ほど学校を辞めてきたんです」

 そういうと、店長さんは、あっはっはっはっは! と声を立てて笑い「そりゃいい」と言った。

「いやさ、俺も学校をやめた口でね、あんな連中とは一緒にいられねえって思ってな。こういうお勉強は学校じゃなくて、いろんなところに頼み込んで教えてもらったり、本を買ったりしてやってきたんだ。まあ、生きてりゃなんとかなるもんさ」と彼は笑って、お茶を飲んだ。

 デニスはそこらへんから勝手にお菓子を出してきて、食べ始めた。「ん」と渡され、二人にお礼を言った。店長さんは、どうぞと手をくるくるっとさせた。

「そんでよ、テンチョー、俺、ここを辞めたいんだけど、いいか?」

「いいよ」

「数日くらいなら手伝うけどよ……」と彼は私をチラリと見た。それに店長さんは、いいって、と言った。

「そのお嬢さんをちゃんと送らなきゃだろ? 手伝いもいいし、辞めてもかまわんさ。お前を雇ったのは、草や実に詳しかったからだ。それに、そもそも、前は俺と嫁さんとやってたし」

「ま、奥様が?」

「おう。秘密だけどな、カワウソの獣人さ。今は外で薬草詰んでるとこさ。挨拶に行こうか」

 私たちは店長さんについて行って、お店の裏に回った。草が生い茂っていて、少し湿っている草の匂いがする。デニスは鼻を少しつまみ「俺、ここ、嫌い」といやそうに言った。それに店長さんは「鼻がいいのも難儀だなあ」とだけ言った、それにデニスはふんと鼻を鳴らした。

 おんぶ紐で赤ちゃんを支えながら草を摘んでいる女性がいた。彼女に向かって、店長さんは「おーい」と手を振った。奥さんはぱっと顔をあげて「お客さんかえ!」と言った。

「あらあらまあま! 女の子!」と彼女はこちらに駆け寄って、しげしげと眺めた。私は慌てて「あ、デニスの友人のジゼルです」とあいさつをした。奥さんはにぱっと笑い「デニスが言ってた女の子ね! さあさ、家に入ってちょうだい」と私の手をとって部屋に引きずった。後ろからデニスが「おい! 勝手に連れてくな!」と唸り声をあげた。

 デニスは、こんなところで働いてたんだ。そりゃ、楽しいだろうなあ。いいとこに働いてたみたいで、よかった。本当に、良かった。

 奥さんはまたあのお茶を淹れると「私、あんたに会ってみたかったのよ! 私もね、辺境からこっちにきたの。ほら、私ってほとんど人間と変わらないでしょう?見た目もそうだし、正直、ほとんどそうなの。耳にちょっと毛が生えてるくらいでね」と耳を見せてくれた。茶色い毛が耳裏に生えている。

「ふふ、だから、こっちでも全然困ってないんだけどね。あの人かわりもんでね……。あんたも十分変わってるみたいだから、会ってみたかったんさ!」

「おい! 俺の親友に噛み付いたりするなよ!」とデニスが乱暴に入ってきて、店長さんに殴られていた。奥さんは肩をすくめ「噛むかいな」と言った。

「テンチョーママ、俺、ここ辞めるから」

「あらあ、残念」

「今までお世話になりましたって言いにきたわけ」

 それだけ言うと、デニスは私の腕をとって立ち上がり「そんじゃ、世話になったな。またな」と出て行こうとした。私は、それだけでいいのか、と驚いて店長さんと奥さんを見たが、二人とも気楽そうに手を振っていた。

 外に出た私はデニスに「いいの?」と聞いた。デニスは首を少し傾けた後「俺の足があれば、ここまで五日で来れるしな。一生の別れじゃねえんだ。ほら、行こうぜ、暗くなる前に出なけりゃヤバイし」と私の腕を引っ張った。

 私たちはそこから離れて、黙々と街から離れた獣道を歩いた。デニスは、私がこけたりしないように確認しながら歩いてくれた。デニスは足場の悪い道になれているのか、すいすいと進んでいく。私は慣れてないので、ヨタヨタしながら歩く。

 デニスは時折そこらへんになっている実を取ってはむしゃむしゃ食べている。私も同じように食べる。だんだんと足が痛くなってきて、デニスがそこらへんから草をむしり取ってきて、足に塗ってくれた。

「わりい、こういうとこ歩き慣れてないの、考えりゃわかんのに」

「大丈夫、楽しいよ」

「そうか? ならいいんだけどよ」

「デニスだけなら早いんだろうけど、ごめんね」

「なに謝ってんだよ。いいんだよ、俺も楽しいから!」

「でも、デニス、笑ってない」

「あ? そりゃあ、周りの動物相手に警戒したりしてるからよ。それに、時々、猟してる人間もいるし」

「そっか、ありがとう」

「おう!」

 デニスは元気よく尻尾を振った。それに私はなんだか元気付けられて、よし! と立ち上がった。

「ずんずん歩いて、あの湖まで絶対行こうね!」

「おう!」

 私とデニスはまた歩き始めた。

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