第16話 ダモス散策2 1
ソシャゲに無限に時間を吸われ続けていました。
空き時間についスマホを触っちゃう症候群……。
「安いよ安いよ! ダンジョン産ピグー肉の串焼き! 今ならたったの五ドルクだ!」
「小さいけれど使い道は無限大! ここに並んでいるクズ魔石、どれでも一個十ドルク! 早い者勝ちだよー!」
「こいつはとんでもない貴重品だ! ダモスダンジョン深層から採れた……と言われている黄金水晶! 半永久的に光を放つこいつがあれば、蝋燭もランプももう必要ないぜ!」
威勢のいい呼び込みの声が飛び交い、興味を惹かれた通行人が足を止める。
それを好機と見た商売人たちが益々声を張り上げ、商品を買わせようと聞こえのいい売り文句を並べていく。
無数の簡易なテントが所狭しと広げられ、机や敷物の上に商品が並べられているのはいい方。中には商品を手に持ちながら、客を探して一帯を練り歩いている者もいる。
まるでバザーか蚤の市といった風情だが、これもダモスの名所の一つだ。
きちんと店舗を構えている店に比べて質も信頼度も著しく下がるが、こちらの方が気軽に買い物が出来るので多くの人間で賑わっている。時には掘り出し物が売り出される場合もあり、それを目当てで訪れる人も多い。
(って、ホテルの人は仰っていましたけど……)
とりあえずと買ってみたピグーの串焼きを頬張りながら、加奈子は改めて周囲を見渡した。
活気はある。熱狂的と言ってもいいほどだ。
並べてある品々も魅力的だ。
聞いたこともない魔物の素材や使い方すら分からないような雑貨など、目的もなくただ見て回るだけでも十分に楽しめるだろう。
けれどもその反面治安が悪く、並べてある商品を盗った盗っていないの言い争いや、すれ違い様に肩がぶつかったなどと小競り合いも起こっている。
(そう言えばお義父さんもこの辺りを見に行くと言っていましたっけ?)
斎蔵ならば問題はないだろうが、些細な出来事が大きな問題に発展していく可能性もある。
例えば自分の財布を盗ろうとした相手を捕まえてみれば、実は大犯罪組織の一員でした、などという展開だ。
(あらあら、私ってば考え過ぎかしら?)
加奈子は軽く頭を振り、ふと浮かんでしまったくだらない妄想を振り払った。
この世界に来てからトラブルに巻き込まれ続けているせいで、どうにも想像力が豊かになってしまっているみたいだ。
(いけないいけない。変なことを考えるのはこのくらいにして、やるべきことをやりましょうか)
加奈子がこの場所へ来たのは勿論、日本に戻るための手がかりを探すためだ。
この場所で売られているものは店主たちの言葉を信じるならば、この街ダモス──ひいてはダモスダンジョン由来のものばかりのはずだが、実際には外から持ち込まれたものが殆どらしい。
本来の産地では大して価値のない、または見向きもされないような品でもこの街の特産だと偽れば、ダモスの外から来た人の購買欲を煽るだろうという考えからだ。
つまりこの場所には国中の『よく分からない品』とそれを持ってきた人間が集まっている──ホテルのスタッフは苦笑しながらそう話してくれた。
(今まで色々と見聞きしてきましたけど、ここまで全く手がかりがありませんでしたからね。噂話程度でもいいので、そろそろ一つくらいは情報が欲しいところです)
加奈子達がこの世界で目覚めてから、自分たち以外に異世界からやってきたという人の話は全く聞かない。
情報が隠されているのか、当の本人たちが上手く隠し続けているのか。
そもそもそんな事例が自分たちだけだという場合もありえるが、そんな最悪の可能性は考えたくはない。
(……人ではなく物だけが転移してきている、というパターンもあるかもしれないですし。何か見つかれば嬉しいのですが)
仮にこの世界で地球の品が発見された場合、『よく分からないが珍しい品』と判断される可能性は非常に高い。
もしかしたらそんな品がこういう場所に流れてくる場合もあるのではないか、という淡い期待を加奈子は抱いていた。
(とは言ってもまだ初日です。今日の所はじっくりと見て回りましょうか)
思わぬ所から情報が手に入るかもしれない。商品だけではなく、周囲の人間の会話も気にかけながら時間をかけて丁寧に品を見て回る。
そんな加奈子の様子を見て単なる冷やかしではないと判断した商人たちが、様々な品を両手に抱えて近寄ってきた。
「お嬢ちゃん、何か珍しいものをお探しかい? ならこれなんてどうだ。ダモスダンジョンの魔物から採れた魔石なんだが、普通のと比べて歪な形をしているだろう? 実はこれ、複数の魔石がくっついてこんな形をしているんだ。こんな珍しい品、他所じゃお目にかかれないぜ?」
「ちょっと待った。そんなものよりこっちを見てくれ。これはダモスダンジョンで採れた鉄鉱石。見た目は普通の鉄鉱石だが、何と魔力を帯びているんだぜ!」
「いやいやいや、珍しさで言えばこいつが一番だ。なにせ──」
「あらあら、どれもとっても面白いですね」
口々に売り文句を並べる商人たちに笑顔で応じながらも、しっかりと商品を見定める。
(複数の魔石を接着剤のようなもので引っ付けただけの偽物に、よく見れば不自然な割れ痕のある石ころ。これは中に魔石でも仕込んでいるのでしょうか?)
確かに言葉通りの品なら珍しいものなのかもしれないが、どちらにしても加奈子が求めているような品ではない。
やんわりとお断りの言葉を交えながら適当にあしらっていると、すぐ近くで甲高い悲鳴があがった。
この場に似つかわしくない声音に咄嗟に視線を向けると、一人の女性が己の頭を両手で抱え込んでいる。
「そんなあ! 何でなの~!?」
黒色と白色のみで構成された修道服という、どこからどう見てもシスターだとしか思えない格好をした女性だ。
どうやら彼女が先程の悲鳴の主らしい。
手に提げている籠の底が抜けてしまったのか、中に入っていた野菜や果物が周囲に散乱してしまっている。
しかもそのうちの幾つかは、加奈子が見ている間にも四方八方に転がり続けていた。
「鈍臭いやつだなあ」
「おい! 商売の邪魔だぞ、気をつけろ!」
目を覆いたくなるような惨状だったが、残念ながらその様子を見た周囲の人間の中に彼女を助けようとするものはいないようだった。
大抵は迷惑そうに顔をしかめるばかりで、中には転がってきた物を懐に収めようとする者までいる。
「ちょっと待って! 待ってください~!」
肝心の彼女自身も、軽いパニック状態に陥っているようだった。
慌てて拾い上げた果物の一つを破れたままの籠の中に放り込み、またその場に落としてしまっている。
「……これ、いただきますね」
流石にこの状況を見て見ぬ振りは出来ず、加奈子は近くで売られていた安物の布切れを買い取ると、素早く袋状に縛り上げた。
「あらあら、拾っていただいてありがとうございます。一旦私がお預かりしますね。そこの皆さん、少しの間動かないでください。足元の野菜を踏んでしまいます」
懐に収めようとしていた男の手から笑顔で果物を取り返し、地面に落ちているものも素早く回収して袋に放り込む。
冒険者の身体能力をフルに活かしたその手際の良さに感嘆の声が上がる中、加奈子はあっという間に全ての落とし物を集め終えると、シスターの前にそれを突き出した。
「はい、どうぞ」
「え? あ、ええ? あ、ありがとうございます」
当事者であるはずのシスターも、周囲と同様にその様子に見惚れていたようだ。
一拍遅れて礼の言葉を口にしつつ、慌てたように袋を両手に抱え込んだ。
「それじゃあ私はこれで」
「ああ! ちょっと待ってください!」
必要以上に注目を集めてしまったと判断した加奈子が一旦この場を離れようと身を翻した瞬間、さっきまでの様子が嘘のような速度でシスターが服の端を掴んできた。
「このまま碌なお礼もせずに恩人を帰したとなれば【三聖教】の名折れ! ぜひ教会にいらしてください!」
「あらあら。この程度、お気になさらないでください」
そんなわけにはいきません! と鼻息を荒くするシスターの姿を前に、加奈子は内心で溜息を吐く。
(困りましたねえ。【三聖教】絡みは慎重に、と昨日決めたばかりですのに)
失敗した。
本当に【三聖教】を警戒するのなら、シスターの姿を見た瞬間に回れ右するべきだった。
しかし目の前で困っている人間がいて、自分が軽く手を伸ばすだけでその問題が解決できるというのに、それを見捨てるような真似は加奈子には出来ない。
仮に同じ場面に遭遇したとしても、全く同じ行動を取ってしまうだろう。
「本当にいいですよ。ただ単に落とし物を拾っただけじゃないですか」
「いいえ、いいえ! その『だけ』を実行に移せる人がこの世の中にどれだけいることか! 普通の人は見て見ぬ振り、もしくは自らの利益を追求してもおかしくはないのですよ!」
興奮しているのか徐々に大きくなってくシスターの声を聞いて、何人かの人間が気まずげに目を逸らす。
「それに私は見ていました! 貴方は私を助けるため、この袋を作るためにそこの露天で布を購入しましたね? そして今、何の見返りも求めずこの場を立ち去ろうとしている! これぞまさに無償の愛!」
「ええと……」
シスターのテンションは益々ヒートアップしていき、徐々に二人の周囲から人が離れていく。
そして渦中にいる加奈子はというと、このシスターさんはもしかしてヤバい人なのでは? と若干顔を引き攣らせていた。
「こんな気高き精神の持ち主に満足なお礼もせずに帰してしまうなどと、きっと神も私を許さないでしょう! ですので、どうかお礼をさせてください!」
(本当に、どうしましょう……)
ここで強引に振り切ることは簡単だ。
見た目からしてシスターの年齢は十代後半から二十歳前後。あまり身体を動かすのは得意そうに見えない。
先程自分の服を掴んだ時はともかく、それまでの様子から考えて本気を出した自分を捕えることは出来ないだろう。
けれども。
(ここで無理に断るのもちょっと勿体ないかもしれませんね?)
少なくとも今このシスターから加奈子へ対する好感度の値は大きくプラス側に傾いている。
今後【三聖教】とどのように関わっていくにせよ、このポイントは有用だ。
(そんなつもりは全くなかったのですが……ごめんなさいね)
下手なことをしてこの繋がりを無駄にするよりは、利用できるだけした方がいい。
そう判断した加奈子は柔らかな笑みを浮かべて、そっとシスターの手を取った。
「それではお言葉に甘えて、少しだけお邪魔しちゃおうかしら」
「是非! 貴方のような方を教会に招けること、きっと神もお喜びになります!」
加奈子の思惑など露知らず、心から嬉しそうな笑みを浮かべるシスター。
彼女に案内されるまま、ダモス北東部にあるという教会へ足を向けながら加奈子は頭をフル回転させていた。
【三聖教】の教会へ行くのはこれで二度目だ。
一度目は冒険者登録の際に【神託】を受けに行った、ただそれだけだった。
あの時目にしたマナクリスタルと呼ばれる物体。あれがどういう仕組で自分たちにこの超常の力を与えてくれたのか。何故その行為が【神託】と呼ばれているのか。
【三聖教】の教義は一体どういうものなのか。この世界に神、もしくはそれに類する存在が本当にいるのか。
聞きたいことは山ほどあるが、どこまで深く聞いてもいいものなのか。
(今まで色々と異世界ものの作品は見てきましたが、どれも宗教絡みは面倒くさいですし胡散臭いんですよね)
日本にいた頃に見ていた小説や漫画、アニメを思い返しながら、シスターに気づかれぬように小さく溜息を吐く。
(実は全ての黒幕だった、なんてパターンも考えられますし、余計なことを言って警戒されないようにしませんと……)
下手をすればいきなり命を狙われるという展開もありえるかもしれない。
しかしここまで来てしまって今更引くという考えは加奈子にはなかった。
(虎穴に入らずんば虎子を得ず。頑張っていきましょう! ですが……)
ふと浮かぶのは家族の顔。特に夫である進士の心配するような表情が鮮明に想像できる。
(今日の家族会議で、怒られてしまいそうですねー)
いつもなら晃奈と組んで我儘を押し通したり、男性陣の失敗を注意したりすることが多い会議だが、今日ばかりは全員に怒られてしまいそうだ。
世の男は何かやらかしをすると、それを誤魔化すためにお土産を買ってくることが多いというが、今の加奈子にはその気持ちが痛いほど理解できた。
(どうかとってもいいお土産になりそうな、役に立つお話が聞けますように)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ダモス散策加奈子編です。
私が知らないだけかもしれませんが、創作物において徹頭徹尾クリーンな宗教組織って存在しないですよね。




