第15話 ダモス散策1 5
身体は闘争を求めているのですが、PCのスペックが足りませんでした……。
この場所に住む人には、行政から僅かばかりの食料が不定期に支給されている。
だが当然それだけでは生きていけないので、各々が自分にできることを探し日銭を稼いでいた。
一般的な日雇いの仕事から、露天の手伝いに路上での押しかけ靴磨き。ダモスに不慣れな人への道案内や、ゴミの中から使えそうなものを集めては売るということを繰り返している者もいた。中には犯罪行為に走る者もいたが、そういう人間はすぐに捕まり痛い目に合うと誰もが知っていた。
親がダンジョンで死んだ者、単純に捨てられた者、他所から逃げ込んできた者。小競り合いは耐えなかったが、本人が望むのであればどんな境遇の人間でも誰一人拒むことなく受け入れてきた。
決して楽な生活ではなかったが、取り立てて不幸だとも思ったこともない。
多くは望まない。自分たちは生きている。生きていけている。ただそれだけでよかった。
そんなある日のことだ。その男が現れたのは。
「今日からここにいる全員、俺に従え。逆らいさえしなければ、多少はいい目を見せてやる」
何を馬鹿なことを言っているんだ? と思ったのが半分。
もう半分はまた頭のおかしいやつがきた、程度の認識だった。
これまでにもこういう手合の人間は大勢見てきたからだ。
自分たちのような存在を利用しようとする人間が掃いて捨てるほどいるのは知っている。
そしてそういう連中がすり寄ってくる度に、二度とそんなことを考えられないように痛めつけてやるのも日課の一つだった。
けれどもこの男はそれまでの奴らとは違った。
物陰からの不意をついたはずの攻撃は全てかわされ、当たったとしても何の痛痒も見せなかった。
仲間の中で一番の力持ちが片手でねじ伏せられ、顔の原型がなくなるまで殴られた。
慌てて逃げ出したやつの前にいつの間にか先回りしていて、そいつもやっぱりボコボコにされた。
「もう一度言う。俺の指示通りに動け。逃げ出したり通報したりしたら、そいつは勿論お前らのうち誰かを死ぬまで殴り続ける」
それ以上は誰も逆らおうとはしなかった。ここにいる全員が束になってかかっても男には敵わず、また男の脅し文句に一切の偽りがないと気がついたからだ。
その日から、男の指示に従って盗みやその他の軽犯罪をやることが多くなった。
上手くできなかったり、男の機嫌を損ねたりしたらやっぱり殴られた。
けれでも食糧事情だけはよくなった。盗んだお金の一部を購入資金に当ててくれたのか、男がまともな食料を持ってきてくれるようになったからだ。
こんなことはいけないと思いながら、男への恐怖と少しだけ良くなった食事の内容に逆らえず、ずるずると続けていた。
そして今日、その男は姿を消した。
現れた時と同様に突然、あっさりと。
◇
「成る程ね。一応聞くけど、そいつの正体に心当たりはあるか?」
「……ない。でも多分神託を受けた人間だとは思う」
「だろうね」
イーサンから一通り話を聞いたメヤは顎に手を当ててウンウンと唸っていたが、やがて降参だと両手を上げた。
「一応手配はしてみるけど、ほぼ意味はないだろうね。じゃなきゃ顔を知ってるお前たちを放ってなんていかない」
「同感じゃのう」
その男が姿を消した原因に斎蔵たちが関係していることは容易に想像がついた。
何らかの方法で集金役の男が追われていることを知り、早々に見切りをつけたのだろう。
「……んで実はこっちが本題なんだけど、昨日お前たちの中に普段と違った命令をされた奴はいるか?」
「?」
これまでと異なる内容に斎蔵は疑問顔を浮かべたが、対するイーサンには心当たりがあるような表情でその場に残っていた仲間たちと顔を見合わせる。
「そう言えば昨日はバレないような盗みじゃなくて、とにかく騒ぎを起こせって言われた」
「わざとバレるような盗みをやったり、道の真ん中で仲間同士で喧嘩のふりをしたりした!」
「おかげで何人かが兵隊たちに捕まったんだ」
やっぱりかあと頭を抱えると、メヤは改めてイーサンたちを睨みつけた。
「いいかお前ら、あたし達はいったん帰る。後で改めてギルドなり兵隊なりが事情を聞きに来るが、嘘はつかずに本当のことだけを話すんだ。それと間違っても二度と犯罪行為を犯すなよ。そうすりゃ多少説教はされるだろうけど、何のお咎めもないはずだ。」
「わ、分かった」
神妙な顔で頷くイーサンに頷き返すと、メヤは申し訳無さそうに斎蔵に向かって頭を下げた。
「ここまで手伝ってもらったのにすまない、サイゾーさん。これ以上こいつらを絞っても進展はなさそうだ。今回の件の謝礼については、明日辺りギルドに行って私の名前を出したら貰えるようにしておくよ」
「いや、それは別に構わんが……」
知りたかったことは全て知れたとばかりのメヤの態度に、疑問が生じる。
斎蔵の頭に浮かぶのは先程までの会話と、昨日自分たちが巻き込まれた事件の様子。
そういえばダモスの街から飛び出してきた賊を追っていたのは、全員が冒険者だったのうと思い至る。
(あの魔石は確か、冒険者ぎるどから盗まれたと言っておったのう。とは言え今にして思えば追手の中に騎士団も兵士も一人もおらんかったのは不自然じゃ。成程、ここの連中に街の中で騒ぎを起こさせて人手を割かせておったのか)
ここまで手の込んだ策を講じてまで手に入れたいほど貴重な魔石だったのか。
それともこの一連の騒動も『敵』の計画のほんの一部にしか過ぎないのか。
今まさに連中の足跡を追っている《ベステラード・ファミリー》ならばある程度の情報を得ているのかもしれないが、斎蔵が尋ねてみたところでメヤも詳しくは教えてくれないだろう。
「もし黒幕が判明した際には声をかけてもらえると嬉しいかの。荒事になるなら、多少じゃが力になれる」
「……確約はできないけど、ボスには上手く伝えとくよ」
案の定、メヤは決まり悪げにそう返してくるだけだった。
ある程度のところまでは外部の助力を受けることに躊躇いはないみたいだが、大本は《ベステラード・ファミリー》、ひいては冒険者ギルドに近いものの手で解決したいのだろう。
子供を利用して悪事を働いているような輩は許せないが、斎蔵一人でこれ以上この件に関わることはできなさそうだ。
「老いぼれた爺じゃが、悪を許せぬ気持ちは同じじゃ。よろしく頼む」
◇
「こりゃあ無理だな。完全に埋まってやがる」
「単純に土を被せて埋めたようには見えないな。間違いなく何かスキルを使っている」
「とりあえず神託を受けた人間が関わっているのは間違いないってことか。敵は冒険者崩れか、それともどこぞの騎士団員か……」
「めったなことを言うな。まだ【大氾濫】の影響だって残ってるんだ。行政側との対立を煽りかねないようなことを口にするもんじゃない」
スリの少年から金を受け取っていた男の拠点。
斎蔵とメヤが踏み込んだ建物の中でオットーとココ、《ベステラード・ファミリー》所属の二人は現場の検証をしていた。
壊されたままの玄関入り口を通り抜けたリビングの中央。床板を剥がされたそこは地面が剥き出しの状態になっている。
しかしその表面ははじめからそうであったかのように平らにならされ、斎蔵達が見た大穴は綺麗さっぱりとなくなっていた。
衝撃を与えたり軽く掘り返してみたりもしたが、二人にはそれが長年その状態であった普通の地面にしか見えなかった。
他に手がかりは残されていないかと部屋中を探索してみたが、怪しいものは何一つ見つからない。
「姉さんの睨み通り、こいつらと魔石を盗み出した昨日の窃盗団に繋がりがあるとして、相当でかい組織なんじゃないか?」
「俺としてはそもそもどうやって盗み出せたんだという気持ちだ。内通者がいる可能性もある」
「まあ何にせよ、この街であんな悪事を働いたのが運の尽きだな。今頃とっ捕まえたやつも知ってる限りの情報を吐かされてるだろ」
これ以上ここにいても得るものはない。
報告のためにギルドに戻ろうと家を出た二人はそう言えばと、先程まで一緒だった斎蔵の方に話題を移す。
「サイゾーって名前らしいんだが、とにかくとんでもない爺さんだったぜ。うちに入ったとしても上位に食い込めるんじゃないか? 少なくとも俺は勝てないと思った」
「そこまでか。そんな御仁がいれば話題に上がっていそうなものだが……。信用できるのか?」
「大丈夫だ。少なくとも連中の仲間じゃないだろ」
斎蔵と出会った時のことを上機嫌にココに話していたオットーだったが、不意に何か大切なことを思い出したかのようにあっと大きな声を出した。
「どうした?」
「いや、そういや盗まれた金、家の中にはなかったし……。もしかして地面の下か?」
◇
「しもうた。財布のことをすっかり忘れとった……。加奈子さんに叱られてしまう」
持ち去った男は行方不明。さりとてまさかイーサンに返せと言うわけにもいかず……。
帰路につく斎蔵の足取りは、何処までも重かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次話からは別の人物のダモス散策編になります!
斎蔵よりも短い予定です。よろしくお願いします。




