第13話 ダモス散策1 3
火星を開拓するボードゲーム楽しいです。
「逃げられた。追跡がばれていたのか?」
警戒しながら穴の底を覗き込んでいたメヤが小さく舌打ちをする。
大人一人なら簡単に入り込めるほど大きく開いたその穴は、数メートルほどの深さの場所で横穴へと繋がっているようだった。
「追わんのかの?」
「……相手が底抜けの馬鹿じゃない限り、絶対に罠が仕掛けてある。待ち伏せ程度ならどうにでもなるけど、最悪生き埋めにされる可能性だってあるんだ」
仮に穴そのものが崩れて土砂に押しつぶされてしまった場合、自分たちの上に降りかかる重量は数トン単位になる。
いくら冒険者とはいえ、とても耐えられるものではない。
「オットーには単純に戦力になるやつを呼びに行かせたんだけど、それだけじゃ足りないな。罠を探知できる奴に解除役、それから追跡系のスキル持ちも必要だ。けどそんな悠長なことをしている時間は……」
「メヤ殿メヤ殿」
失敗したとメヤがガリガリ頭をかいていると、僅かに得意げな表情をした斎蔵が話しかける。
その顔を見て、メヤは重要なことを忘れていたことを思い出した。
「……? ああっ!」
「うむ。追跡だけなら問題ないじゃろう?」
◇
『そのまま三番通路の方へ進め。こちらからも人を向かわせる』
(へいへい、了解ですよっと)
頭に響く『指示役』からの声に、脳内で返事を返す。
こちらの返事は向こう側には聞こえていないだろうが、こうでもしないと一方的に指示を届けられるという状況にうんざりしてしまうからだ。
(これさえなければ美味しい仕事なんだがな)
初めにこの『仕事』を男に紹介してきた人物は、仮面とローブで正体を隠していた。
それ以降その人物が男に姿を見せることはなく、細かいことは全てこの脳裏に響く声によって指示されてきた。
故に、男は自分を雇っている相手の顔も名前も知りはしない。
しかし、そんなことはどうでもいい。
(確かに最初は胡散臭くてたまらなかったけどよ、こいつはまさに天職だぜ)
その人物が男に求めたことは唯一つ。指定の場所で生活し、やってきた子供たちから金品を回収すること。
何のためにそんなことをするのか。
支払われる報酬が、明らかに子供たちが持ってくる金品の総額を上回っているのはどういう絡繰なのか。
やってくる子供たちには何と言って従わせているのか。
細かい疑問は尽きなかったが、目の前に用意された金の魅力には逆らえなかった。
(おまけにあのガキ共はダモスに不法滞在している、いわば犯罪者って話じゃねえか。ちょーっとばかし憂さ晴らしに痛めつけて遊んだって、訴えるやつは誰もいねえ)
お陰でここ数ヶ月は楽しくてしょうがない毎日が送れていたが、さすがに足がついてしまったようだ。
いつも通り何処かで金を手に入れてきた子供から巾着袋を回収した時、突然指示役の声が頭の中に響いたのだ。
(『穴を通って脱出しろ』ときたか。何かあったら切り捨てられるかもしれねえって警戒はしていたが、どうやら俺はまだ使えるって思ってもらえたみたいだな)
当然だ。そう思ってもらえるように立ち回ってきたのだからそうでなくては困る、と男は笑みを浮かべる。
回収した金品を所定の位置に届けるため、通り道となる地下トンネルの見取り図を必死に頭に叩き込んだ。
一度だけ見せられたそれに載っていなかったはずの横穴を見かけても、決して近寄らず尋ねるような真似もしなかった。
ただ言われるままに仕事をこなし、それ以外のことは分からないし気にしない素振りを演じてきた。
それが長年後ろ暗い方法で生計を立ててきた男の処世術だった。
お陰で今男は必要とされ、あの場から逃げ出せている。
暗闇の中、手に持った小さなランタンが僅かに足元を照らしているだけだが、男の歩みに乱れはない。
『三番通路に入ったな? っ、待て! そこで止まれ!』
突如焦ったような指示役の声が届き、言われた通りに足を止める。
どうやら向こうは常に自分の位置を把握しているらしい。
こんな大掛かりなトンネルを秘密裏に用意出来るような連中だ。そのこと自体に驚きはない。
しかし今までになく慌てたような口調には疑問が残った。
『……何か周囲に異変は感じないか? 所持品も確認しろ』
(何の話だ?)
後ろから誰かが追いかけてきている様子はないのに、声の主が何を焦っているのかは分からない。しかし指示には従うだけだ。
男は自分が通ってきた道を照らすと、目を瞑り耳をすませる。
異常はない。ただ静寂が広がっているだけだ。
次いでズボンにしまっていた巾着袋を取り出すと、中身を全て手のひらの上に取り出した。
何の変哲もない、ただの硬貨の小山。ただし中には金貨も含まれており、これだけでかなりの金額になりそうだ。
が、指示役が気にしたのはこれではないということくらいは分かる。
念のために袋を裏返し──そこに銀色の何かが張り付いていることに男は気がついた。
「何だ、これ?」
塗料ではない。どころか、男の人生においてこれの正体に該当するものに心当たりが全くない。
男が巾着袋に張り付いたその銀色の塊を前に呆けていると、それはピクリと脈動した。
「……っ!!」
誰かに指示されるまでもなく、反射的にそれを袋ごと投げ捨てる。
間違いない。
あの銀色はよくないものだ。自分にとって害になるものだと、男の直感が告げていた。
『成程……これは我々の失態だな。すまない、そして今までありがとう』
ちょっと待て。
何があった。
少しは説明しろ。
ここにきて言いたいこと思ったことが一気に湧き上がってきたが、男が最後に口から発せたのは「え」という全く意味をなさない一文字のみだった。
◇
「こっちじゃ! あの建物の下を抜けて真っ直ぐに進んでおる!」
「全く、あの穴は一体どこまで続いているんだ!」
メヤと斎蔵の二人は【ドッペルゲンガー】の反応を頼りにダモスの街を駆けていた。
これが地上ならば、相手の移動速度はそこまで速くない。
しかしあらゆる建物も人混みも無視して動いているとなれば話は別だ。
逆にそれらを考慮して相手を追わなければならない二人は、かなり真剣にこの『追いかけっこ』に望まなければならなくなっていた。
「少しずつ深い位置に移動しておるようじゃ。既に地下十メートル近くまで達しておる」
「流石に地面の下にまで警備の目なんて届いていないからね。やられたよ、一体いつから準備していたのやら」
進行方向を予測して先回りしようにも、何の目印もないところで急に曲がられる恐れもある。
今はただ、愚直に追い続ける他に方法がない。
「覚えのある特徴の冒険者が二人街中を爆走してるって聞いたからこっちに来てみれば、案の定だ! メヤ! サイゾーさんも一体何をやってるんだ!?」
「いい所に来た、オットー!」
かたやベステラード・ファミリー所属、かたや見慣れない老冒険者の二人組はかなり目立っていたらしい。
応援を呼びに行っていたオットーが複数人の冒険者を引き連れて合流してきた。
「詳しい説明は後だ! とにかくサイゾーさんの指示に従ってくれ! さっきの男が地面の下を移動しているんだ!」
「地面の下!?」
驚愕するオットーだったが、即座に斎蔵に視線を送って指示を請う。
斎蔵もそれに頷きをもって返し──何かに気づいた瞬間、慌てて足を止める。
「っ、止まった!」
「こんな所で!?」
「何だってんだ、何もないぞ?」
それに追従する形でメヤ達全員も足を止めると、注意深く周囲を確認した。
「間違いない。この真下じゃ」
今斎蔵たちが立っている場所は、セントラルへと続く大通りのうちの一つのど真ん中。
ダモスの中でも有数の広さと人通りを誇る主要な道だ。
「何だ何だ?」
「あれ、ベステラード・ファミリーじゃない?」
「あの爺さんは初めて見るな。新入りか?」
「何かあったのか?」
凄い勢いで駆けてきたかと思えば突然足を止めた冒険者達に、周囲からの興味の視線が突き刺さる。
直後、神託を受け常人を遥かに上回る感覚を持つ冒険者達だけが、足元から僅かな振動が伝わってきたことに気がついた。
「サイゾーさん、今のは?」
この中で僅かにでも地面の下の状況を感じ取れるのは斎蔵のみだ。
その場にいる全員の視線を受けながら、斎蔵は悔しそうに首を振った。
「恐らく、トンネルが崩されおった。【ドッペルゲンガー】の反応も消えておる」
斎蔵パート、もう少しだけ続きます。




