第12話 ダモス散策1 2
すみません。
周年記念からこっち、空いた時間はひたすらウマの育成を繰り返していました……。
【ドッペルゲンガー】。
主に近接戦闘系の職業持ちが獲得するスキル。
魔力で構成された術者の分身を作り出し、自在に操ることが出来る。
スキル使用中は継続して魔力を消費してしまうが、分身の力と技術は術者と同等なため単純計算で戦力が二倍になると考えていい。
斎蔵の場合、外見が銀一色になってしまうため本物との区別が容易につくのが欠点だが、その有用性はこれまでの戦いの中で十分に証明されている。
そしてこの世界においても強力かつ希少だと言われているこのスキル、斎蔵が他の術者と違う点はこれをさらに発展させている点だ。
(皮だけとはいえ、人体を模せるのじゃ。もっと単純な構造のものなら容易に作れそうじゃのう)
晃奈が【ファイア】をより強化しようと考え、強引に【ファイアアロー】を取得したのとは真逆の発想。
スキルの特性はそのままに。より簡略化された使い方は、名前こそ変わらないものの既存の【ドッペルゲンガー】とは別物になっていた。
中空に魔力で書かれた文字を浮かべる。擬似的に武器を作り出す。
そして今回は──。
「財布の中にこいつを忍ばせておる。大体の居場所が特定できるし、よほど距離を離されん限りスキルは解除されん。何じゃその顔は? きちんと実験しておるから安心せい」
クネクネと動く銀色の物体を見ながら、斎蔵と併走する二人が何とも言えない顔をする。
「いやいやサイゾーさん、あんたそれを【ドッペルゲンガー】って言ったか? 俺の知ってる【ドッペルゲンガー】と違うんだが」
「うちにも【ドッペルゲンガー】を使えるやつがいるが……。今度やらせてみるか」
「試してみれば意外と簡単じゃぞ」
少年を追いかけだす前に、互いの自己紹介は済ませていた。
最初に少年から財布を奪った女性冒険者の名前はメヤ。リスの獣人。
大柄の男の名前はオットー。こちらは獣人ではなく、ただの人族。
そして驚くべきことに、二人は共に《ベステラード・ファミリー》の一員だと名乗ったのだ。
(この街に来てから、やたら《べすてらーど》とやらに所属しておる者に出会うのう)
証拠にと見せられた特徴的なエンブレムを思い返しながら、奇妙な縁もあるものだと感心する。
「まあええわい。それよりそろそろ事情を説明してほしいんじゃが」
「分かってる」
少年だけではなく、周囲にも彼を尾けていることを気付かれるのはまずいと言われたので、適度な距離を保つために速度を落とす。
【ドッペルゲンガー】のスキルは問題なく働いているようで、頻繁に少年の位置を視認する必要もない。
斎蔵が頷くと、メヤとオットーは軽く視線を交じわし合った。
「……少し前からこの街に入ってくる人間が増えだした。別にそれ自体は珍しいことじゃない。ここはこの国で二番目に大きな街で、ダンジョンまであるんだ。一旗揚げようって奴や、それにあやかろうって人間は大勢いる」
自身にも覚えがあるのか、そう話しながら己の丸い耳を無意識に撫で付けるメヤ。
「けれどもそいつら全員を受け入れる訳にもいかない。中には脛に傷を持つ奴や、素性の知れない怪しい奴もいる。衛兵たちもそこら辺は心得ているからね。街の治安を守るためにも、出来るだけそんな連中を中に入れないようにはしている」
「ふむ?」
この世界には国が主導で管理している戸籍のような制度が存在しない。街や集落ごとに記録をしている程度だ。
街から街へ移動する際には簡単な身分証明書が必要だが、それすら金銭で解決可能。
別世界からやってきた斎蔵たちにとってはありがたい話だったが、為政者側の立場としては非常にやりにくいのではないかと斎蔵は思う。
(まあ、儂が気にすることではないか)
「そりゃ全く問題がなかったとは言えないさ。ダモスに受け入れられなかった奴がその後どうなったかなんて分からないし、どうすることもできない。それだけじゃない。中に入ってきた奴も全員が全員、善人ってわけでじゃなかったしね」
それでも『上手く』やってきたのだと言う。
ダモスの領主は決して暗君ではなく、その下の人材も優秀だった。
自分たち《ベステラード・ファミリー》の影響も小さくはないと自負している。
しかし。
「最近どうも難民の数が増えている。ここだけじゃなくて、他所の街にも結構な数が流れてるみたいだ。噂じゃ王都の方で何か問題が発生したせいらしいけど、詳しいことは分からない。だけどまあ、今回はその原因の方が問題じゃないんだ」
増える難民に対応するべく領主は【三聖教】に協力を求め、教会側もこれに快く応じた。
冒険者ギルドも腰を上げたが、それでも限界はある。
領主としても苦渋の決断だったろうが、ここ最近は殆ど難民を受け入れていなかったそうだ。
「で、そのはずなんだけど、誰かが手引してダモスの中に引き入れている。おかげで誰も知らない、どこにも記録が残っていないダモス市民の誕生さ。どんな手品を使っているのかはわからないけどね」
周囲を全て壁で囲み、人の出入りに衛兵が目を光らせていたとしても、決して完璧ではない。
単純に荷物の中に紛れた人を見逃していたり、買収されて目をつぶっていた可能性もある。
そして何よりこの世界には【スキル】がある。そういった系統に特化したものを用いれば、誰にも気付かれずに街の中に人を入れるなど造作もないことだろうと斎蔵は思った。
「その中から罪を犯すやつも出てきた。警戒しようにもどれだけの人数が何処に入り込んでいるかもわからない。そこにきて先日の【大氾濫】だ。お陰でダモスの中の治安は悪化する一方さ」
「ふむ……。察するにあの少年もそういったうちの一人ということかの? このまま寝蔵まで案内させて、一網打尽に引っ捕らえるつもりと?」
「当たらずとも遠からずってとこかな。昨日ちょいと大捕物があってね。その時に捕まえた悪人どもの一人から聞き出したんだが、どうもそういった連中を纏め上げて犯罪をやらせてるグループがあるって話が出てきたんだ」
「そいつらは彼らを金と暴力で支配しているらしくてな。気に入られれば重用されるが、逆らったり失敗したら半殺し。非道い時には見せしめに──」
「それ以上は言わんでええ」
苛立ちを吐き出すかのように話すオットーを、それ以上の怒気で黙らせる。
話を聞いて合点がいった。
初めて少年を見たときの落ち着かない様子。青褪めた顔に「殺されちゃう」という言葉。
(たとえここが異なる世界じゃろうとも)
斎蔵の脳裏にコダール村の惨状が蘇る。
あの時見た死者たちの無念と悲しみ、怒りの表情は決して忘れることはないだろう。
この世には許してはいけない悪がいるのだと、この歳になって再認識させられた。
しかし自分が悪を裁くなど、傲慢に過ぎる考えだとも斎蔵は思っている。
──ああ、それでも。それでもだ。
自分が手を伸ばすことで救える者を見捨てるほど、薄情にはなれない。
「……止まったようじゃ」
話しているうちに少年の目的地に着いたらしい。
足を止めた斎蔵が【ドッペルゲンガー】の距離が開かないことを確認すると、三人は曲がり角の向こうにいるはずの少年を目視するために物陰に身を隠す。
「おいおい、この辺りは……」
「あたしも驚いてる。成程、こいつは盲点だった」
斎蔵の目に入ったのは何の変哲もない建物の群れ。
ダモスの街は他所に比べて平均して建造物が大きく、目の前のそれも全てが三階建以上の高さを誇っている。
取り立てて不審な点は見当たらない。強いて言えば似たような造形の建物がずらりと並んでいることだが、それも横にいる二人が気にするようなこととは思えない。
「ここは何なんじゃ? あの少年がここにいるのが不自然なことなのかの?」
「ああそうか、他の街じゃあんまり見かけないかもな。ここは簡単に言えば長期間借りられる宿屋っていうか、家じゃなくて部屋だけっていうか……。いざ説明するとなると難しいな。とにかく賃貸住宅街だ。そんで行政が仕切ってる」
「つまり、身元のしっかりしたやつしか借りれない場所のはずなんだ」
ずらりと並ぶ建物群。
それら一つ一つに複数の住戸が入り、希望する人間に貸し出されているのだと言う。
(つまり、アパートということじゃの。言われてみると確かに今までそういった施設を見かけたことがないのう)
「殆どはこの街で店を出して商売しているとこの店員や、その家族なんかが住んでいる。中には冒険者や衛兵も借りている部屋があるはずだし、人の出入りも目も多い。まさかこんなところに根城があるだなんて考えもしなかった……」
「ここで『お仕事』の続きをする可能性は?」
「あれ見りゃそれはないだろ」
目的の少年が誰かと話している。
相手の姿は建物の影に隠れて見えないが、少年が見上げるようにしている角度から、同じ子供とは思えない。
やがて少年が懐から斎蔵の財布を取り出すと、それを受け取ろうとした相手が一歩前に出た。
「ふむ?」
年は三十前後だろうか。髪と口ひげは綺麗に整えられているが、口元に浮かぶ粗野な笑みが獰猛な内面を隠し切れていない。
半袖半パンというラフな格好だが、そこから覗いている四肢はよく鍛えられており、何らかの暴力を生業とする人間に見受けられる。
「あたしには見覚えがないが、オットー?」
「俺も知らないな。少なくともダモスで活動している冒険者じゃない。もしかして神託を受けていない只のならず者じゃないか?」
「馬鹿。そんな奴がこの地区で住居を借りられるものか」
あるいは実際に借りているのは別の人間かもしれないが、ここで眺めているだけでは何も分からない。
「いずれにしてもあの男に話を聞く必要がありそうだな。で、あっちの坊主の寝蔵はまた別の場所と。……どうする?」
オットーが指さしたのは財布と引き換えに幾許かの金銭を受け取ったらしい、先程の少年。
財布の中身に比べれば明らかに少ないそれを握りしめながら、嬉しそうにその場を立ち去ろうとしている。
「二手に分かれるのも手じゃが、今はもう一度【ドッペルゲンガー】を仕込んでおこうかの」
「助かるよ。その間にあたし達は周囲に軽く聞き込みをしながら、あの建物を外から調べておく。中に何人いるのかも分からないしね」
「うっし、じゃあそれでいこう!」
男が建物の中に引っ込むと同時にメヤとオットーが建物に向かって歩き出す。
そして斎蔵は少年の行く先に先回りできるように、小走りで動き出した。
(相変わらず見張りや尾行を全く警戒しておらん。儂が悪党ならそういった事は特に強く言い含めておくがのう)
これまでの流れから少年の行動は先程の男、ないしはその上の人間に命じられて行われていたことは明白だ。そしてその相手が少年を恐怖で支配していることも。
いくら子供とは言え、そんな相手の命令を無視しているとは思えない。ならば。
(初めからそんなことは命令しておらん。つまり少年は捨て駒。しかしそれで自分の身にまで捜査が及べば本末転倒ではないかの?)
疑問は尽きないが、今はやるべきことをやるだけだ。
少年が通るであろう道の端に隠れて【ドッペルゲンガー】を発動。指先に生まれた銀色の塊を棒状に整形し、手に握りしめる。
少しの間そうしていると、ハッハッと、走る少年の息遣いが聞こえてきた。
「すまんの」
眼の前を通り過ぎようとする少年の足元めがけて棒を投げつける。
周囲の警戒など全くしていない少年は、目論見通りに足を絡ませるとつんのめるようにしてその場に転んだ。
「あいてっ! 何だよくそ!」
幸い怪我はしなかったらしく、即座に立ち上がるとまず手の中のお金を確認し、次に自分が一体何に躓いたのかと足元を見渡し始める。
しかし既に原因である【ドッペルゲンガー】は形を変えて少年の懐に忍び込んでおり、斎蔵もまたその場を立ち去っていた。
「上手くいったの」
いくら探しても自分が転んだ原因が分からない。
やがてどうでもいいことかと思った少年がその場を動きだしたのを感じながら、斎蔵ももといた場所に戻る。
仕事のある人間はすでに出払っているのか、あまり人影は見当たらない。しかしその少ない人間も、見るからに冒険者といった風貌の斎蔵を見ても不審には思っていないようだ。
(日常的に冒険者が出入りしていてもおかしくない場所ということか。ここに借りておる冒険者もいるというのは本当のようじゃの)
となると周囲に聞き込みをするにも聞き方を考えないといけない。
単純に「この辺りで怪しいやつを見かけませんでしたか?」では該当者が多すぎるということになりかねないからだ。
(冒険者というのは粗暴な見た目の者が多いからのう)
斎蔵の脳裏に浮かぶのは嫌らしい笑みを浮かべたダイン兄弟や、ギルドで見かけるその他大勢の姿。
もし初対面で「山賊だ」と名乗られたら、疑いなく信じてしまいそうな人相ばかりだ。
「よう、おかえり。その様子だと上手くいったようだな」
そんなこと考えていると、いつの間にか近くに寄ってきていたメヤが話しかけてきた。
「そちらはどうじゃ? オットー殿の姿が見えぬが」
「あいつは応援を呼びにいかせた。ほぼ間違いなくここがクロだ。さっきの男はあの建物の一階に住んでいる職業不明の人間。近所の人間からは、たまに子供に駄賃をやってお使いをやらせてるおじさんって認識らしい。ちなみに上の階には昔から住んでる冒険者。隣室は通りの商店に務めてる店員とその連れだとさ」
この短い間にそこまで調べがついているのかと驚く斎蔵だったが、それに対してメヤが見せたのは鎧の胸部に刻まれたエンブレムだ。
「この街で真っ当に生きてて、あたし達、《ベステラード・ファミリー》に協力してくれない奴なんていないのさ。悪用は厳禁だけどな」
「成程のう」
扉は正面の入口のみで、窓はその横と裏手の二箇所。
手早く状況を確認すると、斎蔵はメヤを正面に残して建物の裏側にと回った。
(こういう場合には進士か加奈子さんがおると楽なんじゃがのう)
自分には索敵系のスキルはないし、連絡をとる手段もない。
大人しくオットーが呼びにいったという応援を待つしかないかと、壁に耳をあてる。
「やはり携帯電話がないと不便じゃのう。慣れるまで時間がかかったが、あれは便利なものじゃ」
短距離であれば加奈子の【テレパシー】が使えるが、それも加奈子側の発信を受けてからでないと会話ができない。
今日のような事態に備えて何らかの手段を探しておくべきかと斎蔵は考え──眉を潜めた。
(音がしない?)
この世界の建物は外見こそ頑丈なものが多いが、細かいところではかなり杜撰な設計というのが普通だ。
余程特別な場所でない限り、防音なんてものは全く意識されていない。
板張りの床を歩けばギシギシと音がなり、階下の人間に筒抜けになる。声を出せば隣の部屋にまで響き渡り、物を落とせば扉越しにでも簡単に察知できるくらいだ。
それをいくら建物の外壁だとはいえ、ピタリと耳をあてた状態で中から何も聞こえないということがあるだろうか?
(メヤ殿の話によれば、男は部屋を出ていないということじゃったが)
考えられるとすれば、部屋の中で椅子にでも腰掛けた状態で一歩も動かず本でも読んでいる場合。それならばこの状況にも説明がつく。
(しかしそれは……)
失礼ながらあまり考えづらい展開だと、男の姿格好を頭に浮かべながら斎蔵は思う。
意を決して中を覗き込もうと斎蔵が窓に顔を寄せようとした瞬間、ドゴン! と、大きな音が室内から響き渡った。
「失礼。《ベステラード・ファミリー》です。扉は後で直します。只今犯罪者を追っておりまして、捜査にご協力を──」
それは斎蔵と同様に疑問を覚えたメヤが、抑えきれずに扉を破壊して強行突破した音だった。
メヤは砕けた扉の破片を踏みにじりながら全く悪びれた様子もなく室内に足を踏み入れると、すぐさまその異変に気づいた。
「サイゾーさん!」
声と同時に窓を突き破り、斎蔵も中に侵入してくる。
着地する頃には背に隠していた槍を抜き放ち、油断なく構える様は、冒険者歴だけで言えば斎蔵の十倍以上のメヤでさえ眼を見張るほどだった。
「大丈夫かメヤ殿!」
玄関先に佇むメヤの無事を確認しつつ、周囲の警戒を続ける。
どうやら自分が立っているのは寝室のようだと斎蔵が確認していると、メヤが玄関と寝室の間に広がる空間を指さした。
「これは……」
吹き飛ばされた扉の残骸の一部が散らばるリビング。
その床の片隅に、ポッカリと大きな穴が空いていた。




