第7話 再会 5
チャンミの開催頻度高過ぎる……!
根性……育成……??? ナンデスカソレ?
「話が纏まってすぐに転送魔法陣でアルラドからここに飛ばされてね。あっという間に怪我も治してもらったのさ。そう言えばユーヤは転送魔法陣に興味があったよね。アルラドのギルドにあるって知ってたかい?」
僕も今回の件で初めて知ったんだけどね~、と楽しそうに笑うスフィに、何と返せばいいのか分からなかった。
重症を負ったらしいけれど、少なくとも目に見える範囲に傷跡はない。ここに来るまでの動きにも違和感はなかった。
スフィの言う通り、その希少な【エリクサー】の効能で完治したんだろう。
けれどもそれはあくまで『身体』の話だ。
今のスフィとダルノは仲間を喪った上に、《ベステラード・ファミリー》という組織に自由を縛られているとも言える。
スフィが生きていることはスラフから聞いていたけれど、まさかそんなことになっていたなんて。
「ニュフ? もしかして同情してくれてる? それとも《ベステラード・ファミリー》は悪い奴らだー、とか思ってる? だとしたらどっちも的はずれだから気にしなくていいよ」
俺たちの顔が曇っているのに気がついたのか、一通り話し終えたスフィが呆れたように肩をすくめた。
「むしろ僕はラッキーだった。世界一幸運なんじゃないかとすら思ってる。ドラゴンと対峙しながら生還、加えてタダで貰えた【エリクサー】のおかげで怪我は治って後遺症もなし。作り話だと疑われても仕方のないくらい都合のいい話さ」
強がりなんかじゃなく、スフィは心の底からそう思っている。
ほんの僅かな期間の付き合いでしかないけれど、その言葉に嘘はないように感じられた。
「……スフィは強いんだな」
改めて思う。
この世界はありとあらゆる面で過酷に過ぎる。
その中でも冒険者という道を選んだ人の人生は殊更だ。
俺なんかじゃ想像できないような辛いことや悲しいことを覚悟し、時に経験している。
今回起こった事件もその中のほんの一例に過ぎないんだろう。
口でいくら調子のいいことを言ってその気になっていたとしても、もし自分が実際に同じ状況に陥った時にスフィと同じように振る舞える自信はない。
「ニュフ? 僕なんかよりユーヤ達の方が凄いだろう? 聞いたよ、あいつを倒したって」
話すべきことは話し終えたということだろう。
僕の方はこれでお終いと、今度はスフィの方が俺たちに話を聞きたがってきた。
俺たち《ファミリー》があのドラゴンを討伐したという話は聞いているらしい。
ただ討伐時の詳しい状況なんかは知らないそうで、それも含めてこの街に来るまでに起こった出来事も全部聞きたいみたいだ。
「いいけど、別に面白くはないと思うぞ?」
特に隠すようなことでもないので、時折姉貴たちの補足を挟みながら今までにあったことをかい摘んで話す。
──魔剣使いのバール達との共闘。そしてドラゴンの撃破。
──アルラドで起こった連続殺人事件に、ポータ騎士団との衝突。
──エンブラ近郊で暴れまわっていたドルン盗賊団との戦いに、奴らの切り札の正体。
話が進むにつれて、ニコニコと笑みを浮かべていたスフィの表情が徐々に引きつっていくのはちょっと面白かった。
けれどもそのおかげで俺たちが遭遇したトラブルの数々が、この過酷な世界でもかなり珍しい部類のものなのだということも確定してしまった。
(まあそもそも、異世界に転移しているっていう事自体が超一級のトラブルなんだけども)
そして今日落ちた妙な落とし穴とダモスの門の前での事件についての話を終えたところで、ようやくスフィの顔に笑顔が戻った。
「……何というか、とんでもない災難が続いていたみたいだね。でも最後の最後に吉兆があったみたいだし、これからはいいことが続くと思うよ、うん」
「吉兆?」
ついさっきよく分からない揉め事に巻き込まれて手に入れた魔石のことだろうか?
確かにあの事件のおかげでスフィと再会できたのだと考えれば、そういう捉え方もできるけど。
「ニュフフ、違う違う。吉兆というのは、その前の落とし穴のことさ。そいつは生まれたての【ダンジョン】だね。生まれたての【ダンジョン】に飲まれるのは、冒険者にとって縁起がいいことだと言われているのさ」
「【ダンジョン】? 生まれたて?」
前にも思ったけれど、スフィの言う【ダンジョン】と俺が思い描いている【ダンジョン】の間には根本的な違いがある気がする。
(これは姉貴の言っていた『ダンジョン=魔物説』が当たりか? でもここの下にあるダモスダンジョンは、まさにこれぞダンジョンって雰囲気だったよな?)
「んー。悪いんだけどスフィ、その【ダンジョン】って奴について詳しく教えてくれる? あたし達ダモスダンジョンについてもだけど、その辺あんまり詳しくないのよ」
折角だしここで詳しく聞いておこうと思っていたのは、姉貴も同じだったらしい。
(って、露骨に態度が違うな!?)
明らかにさっきまでの会話の時と目の輝きが違うし、体もやや前傾気味だ。
私【ダンジョン】に興味津々なんです、という気持ちを隠そうともしていない。
「ニュフフ、そういえばアキナ達は田舎から出てきたんだったね。無理もないさ。僕だって冒険者になるまで【ダンジョン】なんて名前で聞いたことがあるって程度だったからね」
懐かしいな、と呟きながらスフィはこの世界の【ダンジョン】について懇切丁寧に教えてくれた。
それによると、姉貴の予想通り【ダンジョン】というのは【ドラゴン】や【ゴブリン】なんかと同じように、魔物の種類を指す名前なのだそうだ。
個体ごとに様々な姿形をしているが、その殆どが洞窟や洞穴などに擬態して口を広げ、獲物が入り込むのをじっと待つ。そして体内に入り込んだ獲物が死亡すると、その死体を吸収して栄養にしてしまうらしい。
ここまで聞いて俺の頭にぱっと思い浮かんだのは地球にもいる食虫植物なんだが、流石に魔物の一種というだけあって、あれよりももっと凶悪な性質を持っているそうだ。
その中でも最大の特徴が、【ダンジョン】は体内で自分とは全く異なる種の魔物を生み出すことが出来るという能力。
生まれたばかりの小さなダンジョンではゴブリン程度を生み出すので精一杯だが、ここのダモスダンジョンのように長年生きて大きくなったダンジョンはAランククラスの魔物すら生み出すことが可能らしい。
そしてその魔物がダンジョンへ栄養を捧げるために、獲物を殺して回るのだそうだ。
「何それ、危険すぎでしょ。ここの下にいるのも、さっさと討伐しちゃった方がいいんじゃないの?」
姉貴が珍しく至極まっとうな意見を述べたが、その考えには俺も全面的に同意だ。
以前ムグル達が話していた内容から察するに、ダンジョンから生み出された魔物というのは外に出てくる場合もあるんだろう。
そんな危険な生物を放置しておくだなんて考えられない。
「ニュフフ。まあ、そう考えるのが普通だろうね」
スフィが言うにはダンジョンの討伐事例というのは、そこまで珍しいことではないらしい。
方法も至ってシンプルで、他の魔物と同様に体内の何処かにある魔石を破壊、もしくは体から切り離すと内部の異物を全て外に吐き出した上で消滅するというのだ。
(……そう言えば)
俺たちが落っこちた穴も、底の方にあった魔石をもぎ取った途端に綺麗さっぱりと消え失せてしまった。あれがダンジョンの正しい倒し方だったというわけだ。
「でも中々そう簡単にもいかないんだよね、これが」
ダンジョンが生み出した魔物は自然界に生きている所謂天然物と異なり、死後魔石と僅かな部位のみを残してその肉体が消え失せる。しかもその強さは天然物よりも若干劣るとされている。
これはダンジョンの魔物を生み出すという能力が何らかの【スキル】によるもので、魔物自体はダンジョンの魔力によって生成されているからなのだそうだ。
「重要なのはそこなのさ」
本物よりも弱い魔物が、本物と同サイズの魔石を落とす。
加えてそれ以外の部位はほぼ消えるため、解体の手間も必要ない。目当ての部位が残るかは運次第だが、魔石狙いならば何の問題もない。
つまりこの【ダンジョン】という魔物は。
(半永久的に魔石を生み出し続ける、まさに金の鶏ってわけか)
この世界において魔石というのは、ありとあらゆる面で必要とされている。
まさに地球でいうところの電気。いや、それ以上の存在だ。
いくらあっても困ることはない。
そんな代物を永遠に生み出せる存在があるというのなら、どんな手を使ってでも利用し続けるべき──それがこの街を作り、代々管理し続けてきた為政者達の考えなんだろう。
「勿論ダンジョンが危険なことに変わりはないし、やたらめったら増えられても困るからね。通常は討伐することが推奨されている。風の噂ではつい最近、王都周辺のダンジョンはほぼ全て討伐されたと聞くよ」
「安全を考えたら、そっちの対処の方が正しい気がするけどな」
【ダンジョン】についてスフィが知っていることは大体これで全部らしい。
ダンジョン内部にある転送魔法陣については、それも魔物と同様にダンジョンのスキルによって生み出されたもので、獲物をより体内の奥深くに誘い込むためのものなのだそうだ。
仕組みもギルドが使っていたものと殆ど同じらしい。
(んー、じゃあ少なくとも俺たちがこの世界に飛んできた原因とは関係ないってことか)
以前転送魔法陣を使わせてくれたスラフによると、人や物を転送させるときにはその対象物が陣の一部に触れていないといけないらしい。
陣によっては一方通行のものもあるが、例えそうだとしても送られる側にも魔法陣が必要なのはどれも一緒だと言っていた。
俺たちの家にそんなファンタジーな物が刻まれていた記憶はないし、そもそもあの晩寝ていた場所は全員バラバラだったはずだ。
冒険者になったあと、念のためにこっちの世界で目覚めた場所にも行ってみたけれど、特に怪しいものも見つかっていない。
なので転送魔法陣の存在は俺たちがこの世界に転移したこととは関係ないんじゃないかというのが、ここ最近の俺たちの考えだ。
ただ、この転送魔法陣という技術。
現在では人の手で新たに作り出すことが出来ないらしく、ギルドにあるのも遺跡なんかから発掘されたものを引っ剥がして使っているともスラフは言っていた。
全く同じ紋様を真似て描いても効果がないとか何とか。
だとすれば、これも一種の【アーティファクト】だ。異世界という壁を超えて対象物を引っ張ってくる、より強力なものが何処かに存在してもおかしくないんじゃないだろうか。
「ニュフ? どうしたんだい、ユーヤ。難しい顔をして」
「ああいや、ちょっと考え事をしてて……」
俺が考え込んでいる間に他の皆との会話も一段落したみたいで、水で喉を潤しながらスフィが首を傾げてくる。
(これ以上は宿で話し合いながら考えるか)
この世界の人に俺たちが異世界人だということを極力隠し通すっていう方針は、今も変わっていない。
ちょっと転送魔法陣に興味がある、程度ならまだ大丈夫だと思うけれど、あまり執拗にこだわる様子を見せるのはよくないだろう。
「スフィさん、お待たせしました!」
「ニュフフ。いいタイミングだよ、エミール。ちょうど積もる話も一段落がついた……ところ
……さ」
突然後ろから響いて来た声に思わず振り返ると、それに鷹揚に答えていたスフィの声音が少しだけ剣呑な色を帯びた。
困ったように頬をかくエミールの隣には異彩を放つ風貌の人間が立っている。
(人間……だよな?)
頭の先から足元までをすっぽりと覆う黒いローブを着ているのはまだいい。
日本なら不信者扱いで即通報されてもおかしくない服装だけど、この世界の基準ではちょっと珍しいかな、程度だ。
問題はローブの奥から除く顔。
目元も口元も含めて、その全てがローブと同じ黒い布でグルグルに覆われて隠されているという点だ。
しかもその布の下にお面か何かを仕込んでいるせいで、輪郭すらよく分からなくなっている。
おかげで種族は当然、年齢や性別すらさっぱり分からない。
唯一の見た目から得られる情報は身長が俺と同じくらいということだけど、それもローブの下がどうなっているのか分からないのであまりあてに出来そうにない。
はっきり言って怪しさ満点だ。
「あれ、ちゃんと前見えてるの? 息苦しそうだし、飲み物も飲めないだろうし。……ゲームや漫画じゃよくありそうな格好だけど、実際に目の前にいると引くわね」
本人を目の前にして悪いけれど、小声で囁いてきた姉貴に俺は全力で首肯した。




